vsオダワラ(4)
お待たせしました。
バン! と、何かが破けるような音は遅れてやって来たが、膨大な魔圧と共に大きな土煙が上がり、一瞬体が重くなってすぐに元に戻った。その後に轟音が体を揺すった。それは明らかに上級以上の魔法が行使されたと分かるような余波で、もし被害者がいるとすれば、最低でも腕が千切れていたり、全身に火傷を負うような威力の攻撃だったと誰もが考える程の威力だった。
それほどの威力を持つとされる上級魔法は、生半可な魔力障壁では防げない。大抵の人では魔力障壁を張ってすら腕や脚が持っていかれる程の威力がある。障壁が不得手な人だと、死ぬ事も多い。
上級魔法持ちには逆らうな、とはあの国では決められた教育として皆が学校で習うことである。国には逆らうなと教えている社会の授業で。強さには権威があると書かれていた。私は信じてはいないけれど、信じた人もいた。
その上級魔法が行使されたのは明らかに真ん中の戦場。そしてその魔力は、今まで慣れ親しんだ子供が出来て幸せになるはずだったダールグリュン夫婦や、その夫婦に求められて産まれてきた幼い少女ミヤフィの魔力ではないことは直ぐに理解できた。
「ミヤフィ様・・・!」
不安な気持ちになった。早く決めなければ。最早私に敬語でものを考える余裕は無い。日頃は敬語で思考しているが、それはふとした時に間違えて平常語で話してしまうことが無くなるからだ。そこはいいのだけれど、思考をいくらかそちらに割いてしまう。そして、少しでも余計な事を考えている余裕は無い。
今私の右手はお盆でふさがれているので右手は防御にしか使えない。それはいい。利き手である左手でナイフを振るって攻撃しているが、後のことも考えて右利きであるという演技をしているので、わざと下手に振らなければいけない。それに加えて、彼の槍はとても厄介だ。「人形」を根底においた槍だけあって、突かれたものを固定するという特性。肘や膝等の間接部分を突かれると間接が固まったり、胸や鳩尾を突かれたら呼吸ができなくなったりすることは想像に難くない。
あと一突きでもされると、その後すぐに敗北が決定してしまうのは間違いないだろう。余計な思考はできるだけ排除するべきだ。そろそろ左手の本気を出す頃合いだろうか。
「あの爆発、あっちはもう決着がついたかな? ねえ、ラインズィル。今どんな気持ち? 弱いせいでもたついて主人のところに駆けつけられないでいる間に、主人を殺された気持ちは?」
「私はすぐにでも勝ちます! それに彼らは死んでなんかいません!」
たしかに爆発は並の人ならば死ぬレベルだったが、魔道具屋さんという『プロ魔法使い』がそう簡単に魔法勝負で負けるわけがないと確信していた。それに、国や宗教等といった大きな組織に監視されていたにも関わらずあれほどの物資を集められる家族が、そう簡単にやられる筈はない。
そうは思うけれど、どこか不安だ。
「そんなちっぽけな希望も、どこまで続くかな?」
「くっ・・・!」
彼は笑いながら距離を詰め、槍の連撃を繰り出す。対して私は右手に固定された不動の盾となったお盆で何度も弾いては、左手のナイフでわざと緩く切りつけて攻撃を外すということを爆発の前から何回も繰り返していた。
「希望ではありません!」
お盆による全力の薙ぎ払いで彼の体勢を崩し、切り払いをしつつ距離を取った。体制を崩しているにも関わらず、彼は身体をひねって回避、転がって後退した。
「事実です!」
「なら証明して見せなよ! 待っててあげるからさ!」
「後悔しますよ」
不本意だけれど、待ってくれると言うなら、弱気になった自分に気合いを入れ直して、攻撃の布石を打つ。手始めに、立ち上がりつつある彼に向かって、魔力の通ったナイフを投擲。大きく右に外れる。しかしそもそも当たるコースに投げていないので問題は無い。間に髪を入れず空いた左手でナイフを取り出してまた投げる。今度は左に外す。そうやって焦りの表情を浮かべながら、わざとナイフを三本外した。
「やっぱり利き手じゃないとナイフもうまく扱えないんだね! 止まっている相手にも当たらないなんて、君には無理だ、諦めちゃいなよ!」
無視して今度はフォークを三本取り出して投げる。今度はすっぽ抜けたふりをして上に飛ばした。フォークはそれぞれへなへなと山なりに飛んで行き、地面に刺さった。
それでも構わず、私は十本ずつナイフとフォークを投げた。ナイフが一本だけ彼の肩を掠めたが、服が少し破けただけでダメージは無く、他は全く当てていない。
「そんなに投げちゃうと、残り本数は少ないんじゃない? そのバッグじゃさあ?」
先程から棒立ちの彼が慢心した顔で聞いてくる。槍も地面について、体重は完全に左足に乗っている。完全にだらけている体制だ。
「余裕じゃないですか、傷付きますよ」
「当たらない攻撃ほど怖くないものは無いからね」
わざと外しているとはいえ、中々癪に触る表情だ。この顔は一生忘れない!
布石も終えたところで、そろそろ反撃だ。あの爆発の後、二人の魔力は感じるけれど、アルテミア様のが弱くなった。逆にミヤフィ様のは強まっているけれど、戦闘なんて初めてのあの子にはプロ二人相手は荷が重い。急いで助けに向かわないと。
私は戦闘用にと腰掛けのポーチを持ってきていたが、ナイフ、スプーン、フォークが二十本ずつしか入らない。スプーンは相手の魔法を防御するのに使うが、この相手には相性が悪いので使わない。よって残りは丁度半分だ。
「あまり関係無いけど」
小声で呟く。地面に落ちているナイフとフォークにまだ聖属性魔力が纏わり付いている事に気付いているのだろうか?
彼が今最も神経を注ぐべきは、ポーチでは無く、周囲の魔圧だ。『聖銀食器類』は、ただナイフの切れ味を高めるだけの魔法ではないのだから。
「ん?何か言ったかい?」
彼はまだ棒立ちのままだ。
「その余裕もここまでです! 行けっ!」
元々テーブルの上で使うステーキなどを食べやすく切るための魔法なので本来とは異なる詠唱だが、それに呼応して地面に落ちているナイフとフォークが鈍く輝く。それらは浮かび上がり、一つずつのペアになって彼に襲いかかった。
食器に宿る魔力を感じたのか、彼は振り向いた。だけど--
「遅い!」
「ぐあっ!? 何だ、く、首が!?」
ナイフは首の皮を切り裂いただけだった。咄嗟に少し躱していたらしい。そのナイフとペアのフォークは、肩の防具に当たって弾かれたが、通り抜けたナイフの元に合流した。
文字通りそれを皮切りに他のペアも体の各所を狙い切り掛かるが。
「ナイフとフォークが切りつけて来る!? うわっ、危な!」
十組のナイフとフォークで切りつけているにも関わらず、最初の当たり以外は全然当たらない。まるで全身に目があるのかと言わんばかりの回避だ。避けられるものは避け、避けられないものは槍で弾いている。ペア食器は四方八方から襲いかかっているけれど、全て回避または弾かれる。まるで生きたステーキが十人の大食家のナイフ捌きと戯れて情熱的なダンスパーティをしているかの様に回避されている。この技で倒せないとは、矢張り彼は強かった。流石ミラディア最強の部隊の一人だ。
「それでも出血している分こちらが有利!」
さっきは血管に刃は届かなかったとはいえ首を切った。激しく動いているため出血は少なくない様で、今も血が流れて防具の布の部分を少しずつ染めている。このまま時間を掛けて失血で倒すのが確実だろうが、私はすぐにでもミヤフィ様の所に行かなくてはならず、ここで仕掛けなければならない。
「なら今度こそ斬りつける!」
彼が向こうを向いた瞬間、私はダッシュで彼に近づき、背後から背中を刺しかかった。このタイミングなら、気付かれたとしても致命傷を与えることが出来る!
「待ってたよ!」
やはり足音で気付かれたのか、彼は振り向いて突きを放って来た。相変わらずキレがないので、この程度、またお盆で防御して・・・!
だが彼の行動は先程までとは違った。槍に魔力が集中していた。予想外の事態に一瞬動きが鈍る。
「捕まえたよお! 『人形好者の見えない手』!」
慣れてきても本気で気持ち悪いから少し上擦った声でまとわりつくように喋るのは止めて欲しいが、それどころではない。その一瞬で、彼の右手から魔力で出来た槍が「伸びて来て」左太腿を刺された。槍が急に速くなったようだった。
「んなっ!?」
完全にタイミングをずらされて食らった槍によって、左太腿が、空間に固定された。
「トッテオキはここぞという時まで取っておくものだよ?」
先程まで全力で走っていたので、勢いでがくっと腰が折れ曲がった。衝撃で頭が思い切り揺さぶられて意識が飛びかけたが、左足の付け根が捻れた激痛で引き戻された。
「いっ!?」
魔力の槍によるダメージは無いようだ、と一瞬安堵したけれど、視界に入った槍がそのような場合ではないと教えてくれた。
全身の血の気が引き、どうにか避けようともがく。しかし左足は空間に固定されていて、思うように動けなかった。避けられない!
「これで終わり!」
彼は数歩間を詰めて、私の胸目掛けて突きを放つ。動く槍は、先端が不気味に輝いていた。全てが減速し、ほとんど止まった世界の中、生まれてからはじめて、死を意識した。私は、ここで、死ぬのか? 世界で最も優れたメイドになるという目的も果たせず?
・・・いや、それもいいのかも知れない。所詮、メイドなんて言い方を良くした小間使いだ。その辺の商人の家にもいる。それが主人のためなら死線だって余裕で掻い潜れて、主人を守る、なんて出来ないのだ。修行上がりの初めての実務に、力のある家で高い給料で働くのは失敗しそうで怖いから、と何で貴族になったかも分からない家に安い給料で勤める様な気弱なメイドには。私は主人一家は大好きで、お金なんて関係なくここで働けて良かったとは思えたけれど、それだからか、自信は付かなかった。それでもアルテミア様、シルヴィア様、ミヤフィ様の助けになりたかったがために、ここまで付いてきて・・・
「ミヤフィ・・・様」
子供特有の無邪気な笑顔が、張り裂けそうな衝撃と共に脳裏に浮かんだ。初めて会った時、既に知的な表情だった彼女が、時折見せる子供らしさ。私がここで死んだら、それは永遠に失われる。
体中に、雷魔法が走った気がした。
「まだ死ねない」と思った。「死にたくない」もあっただろう。
理由は分からないけれど槍が短くなっていて、彼は私のナイフが届く位置にいた。
そして私の左手は死の間際の恐慌に衝き動かされ、利き手の発揮できる最大限の速さと正確さで動き、俯く視界の外にある彼の喉を切り裂いた。
そこで意識が途切れた。彼の短い槍がどうなったかは、目覚めなければ分からないだろう。いや、前提として、目覚めることは出来るのだろうか?
この世界の人々は戦闘民族なんでしょうか。




