vs.オダワラ(2)
今年もよろしくお願いします。
魔圧にやられない方法は自分の魔圧を高める事だけじゃないの。他にもあるわ。例えば今私がやっているように・・・。
「っしぇいこらああ!!」
おっと、敵が迫ってきているわね。彼女今なんて言ったのかしら。よだれがいっぱい出てそう。
「あの男の人程じゃあないけれど、相当な魔圧ね、私、ちびっちゃいそう」
そう冗談を言っている間も武器を取り出す。戦闘の準備は怠らないのが鉄則よ。ミヤフィちゃんにも教えておけばよかったわね。
「はっ! 誰があいつより弱えだ! それにあんたみたいなババアがチビっても誰も得しねえよ! あたいの魔剣『不死牛』の錆にしてやんよ!」
「あら、その剣って人を切ったくらいで錆びちゃうの? 情けない剣ね?」
表面上は余裕をこいているけれど・・・魔剣持ちとは厄介ね。何らかの能力を持つ場合が多いし。あれは名前的に厄介な気がする。
「うるせえ! 死ね!」
「語彙が少ないのね? 後で小説でも買ってあげましょうか?」
「うるせえよ! くそ、ペースが乱される! こうなったら耳栓だ!」
そう叫んで鞄に荒々しく手を突っ込んで耳栓を取り出した。戦闘において一番大事な五感を封じるなんて、よっぽど強さに自信があるのか、それとも。
あ、先に聞いておく事があった。聞こえなくなる前に聞いておきましょう。
「どうしてミヤフィちゃんを狙うの? 前の魔力流からして、勝てないって分かりきってるのに」
耳栓を手に持って彼女は答えた。
「私達はあんな魔力が多いだけのガキンチョに負けねーよ! それに、実働隊がそんな事知ってると思うか? 教皇様の命令だよ! 堂々と戦わしてくれて、全くありがたいもんだぜ!」
言い切って彼女は耳栓を嵌めた。ペラペラと色々喋り切ってくれた。正直すぎるし、挑発が簡単すぎないかしら?
「私だって、魔法器は持ってるのよ? 魔拳『大地の絶対手甲』」
聞こえていないだろうけど喋る。剣には拳で対抗ね。そして私はまだババアじゃない! 装着して魔力の道を開くと、手甲は緑色に光り出して全身が薄いオーラに覆われた。
この手甲は、勇者召喚の光がミヤフィちゃんに来た時に私のすぐ側に落ちていて、どう見ても唯の革手袋だったんだけど、着けてみると実は手甲だった謎の魔法器なの。見た目がそれだから出産用具的な物と間違われて接収されなかったのは幸運だったわね。出自は多分勇者関係なんだけど、性能が凄くて、勝手に自分で動いてくれるの。
魔法器は魔法を使いやすくするための器で、魔法を使いやすくする、という意味では魔法器械と一緒なんだけど、動く原理が分かってないのが魔法器で、分かってるのが魔法器械。
この手甲は普通の魔法器とは違って勝手に動く。普通の魔法器は「魔力を流し、魔力を魔法器と同調させて、出力を決める」という三段階を踏むと後の魔法部分、例えば火を出すとか、風を吹かせるとか、魔力の弾を撃つとかをやってくれるという便利なものなんだけど、この手甲は、「発動する魔法の出力に応じて装者から魔力を自動的に引き出す」ことで魔法を発動しているの。
この手袋の内包する魔法は、手甲から受ける力を無効化する魔法。もちろん強い力を受けるほど魔力を多く消費するけど、魔力が続く限りは手甲で受けた攻撃はほぼノーダメージなのだ。
互いに準備が整ったところで場が動いた。実際は早く終わった方が先に動いただけだけど。私も急いだのだけど手甲を起動するのに時間がかかったので、先に動いたのは剣を抜くだけの相手の方だった。
「食らえや!」
不規則な軌道のダッシュからの袈裟斬り。刀身が濁った輝きを放ち肩口に向かってくるが、私は横にステップを踏みつつ全力で剣の腹を殴る。うまく剣を弾けた。そのままカウンターで脇腹を殴ろうとしたけれど。
「ラァッ!」
弾かれた衝撃を回転力に変え素早くターンし、反動で上段から斬りつけて来た。カウンターの為に踏み込んでいた私は、剣を真っ向から受けるしか無かった。
「やっ!」
仕方なく真っ向から叩く。ガォン、という重たい音と共に剣と拳が衝突した。腕に衝撃は伝わってこないけれど、それなりに魔力を持って行かれた。貰った、という顔の相手。思ったより魔力を削られたけれど、大したことはない。
「はっ!!」
このまま鍔迫り合いにならないように、魔力任せのデコピンで剣を上に弾いた。
相手は剣を弾かれて体制が崩れた。この手甲でないと出来ない芸当だ。体制が戻る前に胸を殴り抜く。それなりに魔力を削られたけれど、貰ったわ!
ドンッ、という胸を強打した時の音と共に、彼女から息が漏れる。
「かはっ・・・!?」
そして驚愕の表情と共に吹き飛び、少し離れた木に激突した。べゴォッ!! と凄い音がして、少しめり込んだけど、私はこんなに怪力だったかしら?
――物を殴るとき、拳の速度は対象に当たると一度落ちる。対象に衝撃力を与えた反作用でだ。だがこの手袋の機能は反作用の力の効果を魔力的に打ち消すこと。拳は減速しないので対象は一瞬で加速する。その間拳は変形しないので、力で相殺している訳でもない。見かけ上、反作用の力が「消えている」のである。何故それが出来るかという理由だが、未だこの魔法を解析した者はいないので、理由は分からない。解析した者がいたとしても分かっていなかっただろうが。
そして反作用が無く拳が減速しない分、殴られた部分のダメージは大きい――
「ゲホッ、テメエ、何をしやがった!? なぜ切れない!! この剣は全てを絶つんだぞ!? クソッタレ、もう一度だ!」
ダメージはある様だけれど、元気に立ち上がってまた突っ込んでくる。今度は直線的で、全体重を乗せた一撃みたい。
「また同じ様に返り討ちにしてあげる!」
今度は剣を掴んでから何発か叩き込んでやる。アル君相手じゃ本気で殴れないからね。ちょっとずつ本気を出していこう。
「まずはちょっと強め!」
「オラァッ!!」
「あっ」
剣筋だけフェイントをかけてきたのでちょっとタイミングをずらされた。躱せそうだと思っていて拳を入れようとしていたのでまた軌道を変えてそのまま殴るしかなかった。今ちょっと強めとか言ったばかりだけど、魔力の下限の調整は自動でされるらしく、勝手に割と本気の魔力消費になった。
「・・・また切れねぇ。その手袋、魔法の手袋か?」
この剣は何でも切れるのかしら。それが能力でいいのかな? ありがたい情報をくれたお礼に返事を・・・返してあげないけど、言ってもどうせ耳栓してるから聞こえないと思うんだ。なので黙って剣を押しとどめる。押し合いで魔力の消費が結構速くて、剣が重い。この子、やっぱりとても強い。
またデコピンからのパンチと行きたいけれど、剣の重さもあってデコピンでは弾けそうもないし、同じ手が二度も通用するとは思えない。作戦通り剣を掴むために手を開こうとしたところ、異常に気付いた。
「・・・あれ? 重さを感じる?」
この手甲から伝わるダメージや力は全て無効化される。激突の時に出力が足りなくて重さを感じることがあっても、瞬間魔力が足りる押し合いでは絶対に重さは感じないはずだ。
この手甲は絶対なのだ。魔力が続く限り、他者からの干渉は受けないはず。それは熱であっても、雷であってもそうだ。純粋魔力に関しても、その例に洩れない。まして重さを感じるなどありえない。
「ぐぬぬ・・・お、重い・・・」
魔力は真っ当に消費しているのに押し合いが重い。ちょっとずつ重くなってきた。筋力で対応できなくはないけど、さっきまで魔力に頼りきっていたので急に腕を使うのは精神的にきつい。
「さっきは驚いたが、その顔、そいつはかなり魔力を食うらしいな? ならずっと押し合おうじゃあねえか!」
手甲から出る魔力の光と表情でばれたのか、更に剣を押し当てられる。確かに、もう二割位魔力を使っていたけれど、困惑の理由はそっちじゃない。
しかしさっきの魔圧への対応を考えるに、私の魔力量はこいつに比べて少ない。見た感じ群を抜いて多いのがミヤフィちゃんで、二番目が眼鏡、三番目がアル君、四番目がこいつ、離れて私を含む後全員だった。
しかも相手は魔力を余り使っていない。
剣を振る筋力と魔剣の魔力に対して、こちらは全て魔力で対抗しているから消費が早く、このままだと先に魔力が切れるのは私だ。
さっきから思っているのだけど、この手甲は性能過多で、戦闘ではあまり使い勝手が良くない装備なのかもしれない。どんな攻撃に対しても動かないというその性質上、全ての攻撃を真っ向から受け止めてしまって受け流せないので、無駄に魔力消費が大きい。そして重さを感じてわかったけど、重いはずの攻撃を受けて重さの感触がないというのは気持ち悪い。
何より、私の戦闘スタイルに合わない。さっきまでの攻防は、私の戦闘スタイルを無理矢理手甲に合わせて組み立てた感じで正直難しかった。
それに敵の狙いは魔力切れによる無力化だ。このまま掴んでしまうとその後殴った時にその反動でどれだけ魔力を使うか分からない。他には魔法なしの武器しかないし、これしか魔法器ないし、どうすればいいの・・・?
「何がベストマッチングよ・・・終わったら一発お仕置きしてやるんだから!」
ぼやく間も、魔力は削られていく。もうそろそろ二割五分の魔力を使い切りそうだった。