鏑矢
二章です。
やっと戦闘に持って行けた!
秋桜によく似た花が満開で咲いている。辺り一面の白い花びらに、小さな黄色い点の数々が確かなアクセントを演出していた。幻想的な、天然の花畑だ。だがよく見ると、一輪だけ枯れかけた花があった。
よく手入れされた牛皮のブーツが、そのしなびた花を踏みにじる。わざわざ親指の付け根でこねくり回し、踵で完全に潰してしまった。
「花も、人も、散るときは呆気無く、みすぼらしいもんだァ! ここに咲いている花のようになァ!」
そいつは、両手に握った二本の片手直剣を軽々しく振り納刀して、こちらを挑発してくる。
「ほら、言えよ! 最後のお別れって奴をよおッ! その後この剣で殺してやんよッ!」
どうやら今は攻撃をしてこないようだ。調子に乗って・・・。とどめを刺すなら今だろうに。
花畑を赤く染め上げた、もう一つのアクセント。そちらも花を踏み倒しているが、わざとではない。
「二人とも、しっかりして!」
私が呼びかけたのは、パパとママ。二人はあいつの攻撃で致命傷を受けていた。どうしてあんな奴に二人が殺されないといけない!?
「満開の花は、時期に枯れるのよ・・・? 貴女がいて、幸せだったわ」
「そうだぞ、君と出会ってから、僕たちはこれまでの人生で一番幸せな時間を過ごせたんだ」
違う!
「どうして!? まだあなたたちは満開なんかじゃない! まだ、二十ちょっとじゃない!」
「そういう君はまだ四歳だ・・・。どうしてかな、大人びて見えてたけど。まだ蕾の君からしたら、僕達は十分満開だ」
「違うよ! あなた達が満開になるのはこれから! これから、私と、リタさんと、ずっと幸せに過ごすの!」
二人は困ったように微笑んだ。
◇
パパの亡命宣言から二日後、私達は準備を確りと済ませ、パパが裏ルートで入手した丈夫な馬車に乗って出発した。行き先は隣国、『マシュロ共栄国』だった。
「よくこの国を捨てようと思ったね、パパ。それにリタさんも、一緒に来てくれてありがとう」
「元々ミラドの政治には嫌気が差していたんだ。僕達が貴族になったのだってクソみたいな理由からだし」
「そうですね。私も本当にそう思います」
いきなり爆弾発言だ。リタさんまで。
「ダールグリュン家って元々貴族じゃなかったの?」
「ああ、そうだよ・・・ミヤフィには一から説明しないといけないな」
五年と数ヶ月前の話である。
パパは『魔力灯ダールグリュン』という店で街の魔力灯を管理する仕事をしていたらしい。腕のいい若者がいると人気だったとか。
ある時、買い物をしている時に人とぶつかってしまった。その拍子に魔力灯の魔法陣のインクを相手に擦りつけてしまい、相手が光る。その相手がママで色々あって結婚。私が産まれたらしいのだが。
「丁度その時勇者召喚の儀式をしていたらしくてな? 勇者が降臨する時には光柱の中から出てくるらしいんだが、それが曲がってお前に落ちてきたんだ。当然役人が来て、お前を宮殿に差し出せ、と命令された。僕たちは当然拒否した」
ミラドはとても宮殿の権力が強い国家なのだという。
「私達は元は庶民で、貴族の生活なんて堅っ苦しくてしたくなかったんだけど・・・」
しかし、パパママの必死の説得に、宮殿側としても私に綺麗に育って欲しかったため承諾した。ただし、二人を無理に貴族にして監視したのだそうだ。
「僕は監視をごまかすために周りの全てを騙してミラディア教徒の振りをしていた。そして亡命の用意もだ。当然貴族との繋がりもないし貴族区のご近所さんとも仲良くない。友達を作ってやれなくてすまなかったな、ミヤフィ」
「いいんだよ、パパ」
「きっとお前の魔力が多いのも勇者召喚が関係してて、学校を断られたのも本当は都合よく教育するためだろう」
演算はこの世界で一番出来る自信がある。
「そうなんだ、まあ、これまで一通りの教育は受けたから大丈夫だよ・・・?」
こっちの言葉で科学ってなんて言うんだっけ? 科学という概念が存在しないのかもしれないな。
「どうした?」
「何でもないよ」
「そうか、じゃあ行くか」
◇
その後、私達は国境近くまで来ていた。今いるところは私の腰くらいまでの背の草が生えた草原で、北側には森が広がり南側には崖がある。森は大きな木ばかりで、その隙間を馬車でも通れそうだった。というか木が大きすぎる。これは小学校の楠の五倍以上だ。物理法則とは何だったのか。
そして西側には、四つの影が佇んでいた。全員が同じマントを羽織っているが、その中に着ている装備は個人個人で違う。
見るからに怪しい集団だったが、隣国に続く街道はこの道しか無かったので、そのまま通り抜けようとしていると。
「待てや!」
右から二番目の男がそう叫んだ途端、そいつから膨大な魔圧が放たれた。圧されないように、私も魔圧を高めた。あまり上げ過ぎると魔力を余計に使うので同じくらいにしておく。魔圧は魔力の電圧のようなもので、掛けるだけで魔力が流れ出してしまう。また、電圧と同じく点から放たれる魔圧は距離の二乗に反比例するので弱まっている。しかし、ママとリタさんは対抗できるレベルにまで魔圧を高めることができなかった。
「なんだ、大人の方がビビってんじゃねーか! 情けねえ! 張り合いがねえよ!」
一番右の女が叫ぶ。言葉遣いの荒い奴だ。四年ちょっとで丁寧な言葉遣いを学んだ私を見習え!
「・・・・・・」
一番左の奴は何も喋らない。ただ、槍を構えて、リタさんに向けた。
「どうやらみんなの中で決まったようですね。では、始めましょう」
そう言って左から二番目の男はメガネをスチャる。この集団の司令塔なのだろうか。一番達が悪そうだ。
始めるって、いったい何を始める気なんだ? 一瞬、あの集団は中二病か何かかと思ったが、どうやら違うらしい。
だけどさっきからひしひしと感じる。あいつらはヤバい。日本のヤクザでもここまで凄くは無かった。こいつらは、ヤクザとは違ってどこか頭のねじが飛んでいるのかとすら感じられる。たったこれだけの一方的な会話で。
「あいつらは・・・皆、身構えろ!」
だが、パパは負けていなかった。ママとリタさんも圧迫感は押し返せていないが、心では負けていなかった。私はその逆だった。
リタさんも含めた三人の明らかな敵意にはっとして、私も身構えた。
やっと質問されたか、等という顔はせずに、左から二番目の男は呼びかけてきた。
「一応忠告しておきます。そこの子供、ミヤフィ=ダールグリュンを渡してください。そうすればあなた達に危害は加えません」
こういうのは大抵嘘だよね。言う通りにすると多分私以外殺される。
「やはりそう来たか、皆いいか? こうなった以上逃げ切るのは不可能だ。相手はミラディア最強の部隊、『オダワラ』だ。連携を取られると勝ち目は無くなる。ミヤフィ一人だと不安だから僕とミヤフィで中二人をやる。リタは左の槍の奴、シルヴィアは右の女を担当するんだ。多分、これがベストマッチングだろう」
パパが小声でつぶやいた。向こうには聞こえていないはずだ。
「断る! 貴様らみたいな下郎に娘は渡さん!」
「じゃあ行こか! 一人一殺! 各個撃破や!」
その言葉を合図に、敵が分散しつつ襲い掛かってきた。奇しくも互いにベストマッチングは同じらしかった。