温度差の逆転
一章終わり。ダールグリュン家の皆様は随分とお気楽なようです。地中海性気候等の明るい気候では人々の心も明るいと聞きますしね。来年の夏は晴れ晴れしますように。
読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
かなり遅筆ですが、これからもこの作品をよろしくお願いします。
記憶の世界から帰ってきた。少し視界が歪んでいるが、少しすれば治るだろう。
「ミヤフィ、大丈夫か?」
パパが私を心配している。魔王と同じ私でも心配してくれるあたり、きっと大丈夫な事だったのだろう。やっぱり確証が無いと不安だ。悪い癖だな。
でも言わないと。今度は正直に話すって決めたから。
「・・・大丈夫ですパパ、いえ、お父様」
パパの目を見て口にした。そういえばお父様って父親に言うのは初めてだな。まさかこんな日が来るとは思ってもみなかった。アニメのキャラにしか言ったことなかったよ。
パパも私の目を見て話を聞いてくれていた。そう、真面目な話だった。お父様がなんたらとか考えている場合じゃない。
「大事なお話があります」
パパは私の態度に応えたのか、確りとした態度を取った。
「うむ」
汗がもみあげ辺りを流れる。耳の近くがキュッと冷えた。そして顎まで流れ落ちる。冬なのに汗をかくとは、私は相当緊張しているらしい。
今度こそ声が出るかどうかが不安なのか、パパに嫌われるのが不安なのか、勘当されるのが不安なのか、何に緊張しているのかは分からなかった。
同様に、ママとリタさんも緊張しているらしかった。二人とも息を呑んでいる。集中力が高まっているこの状況では、不思議と周りの状況が把握できてしまった。
「私の固有魔力は『領域』と『収束』の二つです。お父様がどうお考えになるかは存じませんが、これは事実です」
今度はすんなりと声を出すことが出来た。さっきの反動か、それとも経験か、滑舌もこれまでで最高だ。
「ああ、そうか」
そう言うとパパは何かを深く考え始めた。一体何を考えているのだろう。うーんうーんと唸っている。
何かリアクションが薄くない? 頑張って言ったのに、私ぷんすこだよ。
インパクトが無かったので、ママとリタさんはどんな様子だろうと目を遣ると、二人とも口を押えていた。
一人は両手の指のあたりで口を押え、もう一人はハンカチで口を押えている。後者は泣きたくなるのを抑えているように見える。無言だ。ママって意外とメンタルが弱いのかな・・・? あ、あまりひどい顔じゃなかった・・・って鼻かんでるだけかよ。
そして前者は驚きの呟きを漏らしていた。
「ミヤフィ様がちゃんとした言葉遣いをしていらっしゃる・・・」
心外だなぁ・・・って、いや、論点が違うでしょ。あんたらさっきまでのシリアスはどこに行ったの。
しばらくして、熟考に沈んでいたパパが口を開いた。
「・・・実はな?」
へ、パパからも何か言うことがあるの?
「実はな、この国には、学校というものがあるんだ。五歳から通うことができる。しかしな、ミヤフィ。お前の魔力量は最近とても多くなっただろう? 通えないんだ」
「へー」
学校あったんだ。
「学校は宗教と密接に結びついていて・・・つまり教会が学校をしているんだ。僕はミラディア教会系の学校に通わせようと思っていたんだが、魔力量が馬鹿でかい子は、居るだけでその魔圧で他の生徒が怖がるから来ないで欲しいと言われた。固有魔力の事があっても、どっちにしろ行けないから関係ないな」
「あー、は、はい、そうなの、パパ?」
学校に行けないとは言ってもどうリアクションしていいか分からない。優秀な家庭教師がいるし。
「かなりの名門校だったんだが・・・残念だ・・・ま、問題ないね」
そう言うと、パパはお祈りを済ませて食事を始めてしまった。え、それだけ?
他の全員が何事もなかったかのように食事を始めたので、仕方なく私も食事を始める。
「・・・どうか今までのシリアスを返して、いや、何事も無くて嬉しいけどね・・・?」
緊張の中で発した言葉だったが、軽くあしらわれた感じだ。何だこの温度差は。正直、呆気に取られすぎて何だか現実感が湧いて来ない。最早本当に本当のことを言ったかどうかすら怪しくなってきた。
ママを見てみると、嬉しそうな顔をしていた。まるで、今まで何で緊張してたのか分からない、と思っている顔みたいだ、というか絶対その顔だ。
もしかして私だけ一人でものすごくシリアスになって一人でポカっただけなのか。
そう結論づけるのは何だか癪にさわるので、最後の希望に縋る。リタさんはどんなリアクションをしているのか。これでママと同じだったら泣ける。
彼女は目に涙を浮かべて・・・いなかった。どう見てもほっとした顔だ。如何様に見てもママと同じですどうも有難う御座いました。
あんたらさっき凄くビビってたじゃん、切り替え早すぎでしょ!
本当に涙が出てきたよ。シーンが違うけど、涙腺が弱いのは相変わらずだな、私。
その後はそれなりに会話しつつのいつもの食事が続いたが、食事も終わりかけ、私も平静を取り戻してきた頃、ママはやっとこささっきの感想を口にした。ラグか何かですかね?
「それにしても、パパに固有魔力の事を話しても何事もなくてよかったわね。ミヤフィちゃん? 私、一時はどうなる事かと変な事考えちゃったわ」
「そうです。私も本当に心配しました。幾らアルテミア様が寛大な方だとはいえ、いきなり本当の事を仰るのですから。さっきは人生を半分諦めましたよ」
何だか今言ってることとさっきのリアクションがπラジアン程違うような気がする。格別甘めな判定をして、パパを信頼していたから不穏な事を考えても何とか大丈夫だったんだな。私の信頼が足りなかったんだな。うんうん。位だな。
二人の言う通り、我々家族の生活はこんな事で変わったりしない筈だ。私は何でもない事であんなに悩んでいたのか。私も気分が段々持ち直してきたぞ!
「いやいや、何事もなくないぞ?」
「「「へ?」」」
その認識は一瞬にして崩れ去った。
「固有魔力を理由に熱心なミラディア教徒がミヤフィを狙ってくるかもしれないので、明後日隣国に亡命する。ついでに僕はミラディア教徒をやめる!」
「「「なっ」」」
明後日って急だな! まあ別れを告げる友達も居ないし、ご近所さんともそこまで親しくないし、そもそもあまり好きな人種じゃなかったし、短い期間ではないかな。
「ほら、さっき言った通りこの国の学校に行けなくても全く関係ないし、問題ないだろう?」
いやそうだけど。生活どころか国籍まで変わるのか。齢四にして亡命か。中々波乱万丈な人生だ。
しかし、娘の為に信教まで変えるとは。小さい女の子がニコニコと「パパと結婚する~」と言う心理が分かったような気がした。