ダールグリュン家の夜備え
ダールグリュン家の一日はとても長い。
シリアスな茶会の後、ミヤフィ達は夜の準備を始めた。ダールグリュン家の夜の準備は早い。
始めに行うのは、照明の用意だ。昇日の街の夜はとても暗い。昼が明るいからだ。日が暮れてしまうと何も見えなくなるため、それぞれの家で照明を点ける。
照明には大きく分けて魔力灯と燃料灯があるが、ダールグリュン家の照明は魔力灯だ。
魔力灯の最大の利点は煤が出ない事だ。煤の汚れは結構酷いもので、燃やす木によっては一ヶ月でスイートルームが真っ黒になる。それを防ぐため、主な行政機関やホテルなど、高級な建造物には多く採用されている。
しかし最大の欠点として、要求する魔力量が膨大であることが挙げられる。光魔法はとにかく効率が悪く、現行の術式では発光に使われている魔力は発動に使用した魔力の一割ちょっとだ。どの世界でも言える事だが、科学技術を示すことは国力を示すことに繋がるため、光魔法器械の研究は、時折各国家の覇権争いの面を見せる。
そんな光魔法器械だが、ダールグリュン家の人間は魔力量が多い方なので問題なく使える。
とは言っても、平均的な成人女性五人分の魔力量を持つシルヴィアですら照明一回で一日分の魔力の半分を使ってしまうので、便利に使っているとは言えなかったが。
そんなことは全く気にせずに、ミヤフィは魔力チャージを終える。
「ふう、やっと終わった。余裕だけど、やっぱり時間がかかるな。相変わらず〈MPS〉の小さい魔法器械だ」
初めはそうではなかったが、ミヤフィの魔力量は今ではシルヴィアの魔力を遥かに凌駕している。そのためこれだけの魔力を使っても全く疲れておらず、少し散歩をした程度の疲れしか感じていない。
そして彼女は貯蔵できる魔力量だけでなく、短時間に放出できる魔力量の、瞬間魔力量(命名:ミヤフィ)も多いため、魔力チャージは一瞬で終わるはずだが、実際にはそれなりに時間がかかっているのである。
それは魔法器械には、ある一定のキャパシティーがあるからだ。
魔法器械に使われている魔石には、瞬間的な魔力吸収量と魔力放出量に限界がある。魔力を留めるには魔力の移動に対する抵抗が必要で、必然的に抵抗が魔力チャージを邪魔しているのである。
因みに限界を超えて魔力を一気に込めようとするとその抵抗が壊れてしまう。そうなるとチャージされた魔力が一気に放出され、魔石の容量によっては街が滅びる程の爆発が起こる。
照明の魔導具に魔力を入れた後は料理の手伝いをする。ミヤフィは寒くなり始めた廊下を通って炊事場へ向かった。炊事場ではシルヴィアとリタが夕飯を作っていた。
「ミヤフィちゃん、今日も明かりありがとうね〜」
「いやーそれほどでもー」
「ミヤフィ様、褒めてはいますが返し方が違います。これは後でもう一度礼儀作法の練習ですね」
「・・・はい」
リタは内心溜め息を吐いた。
どうしてミヤフィは魔法の覚えは早くて礼儀作法の覚えが遅い両極端なのだろう、と思ったリタの思考は、どんな連想の順でも最終的にはどうしてもミヤフィの魔力の異常さに行き着いてしまう。
照明に魔力をチャージする仕事は結構きつい。魔力が多めの人でも一日の魔力の半分を使ってしまう程の重労働を、世間一般だとまだまだ魔力量が少ない年頃のミヤフィが一年半で何の苦もなくこなすようになったのである。
既に人族レベルの魔力量を遥かに超えていた。
天才だ、と思ったこともあった。しかしミヤフィはやはり異常だとしか思えなかった。彼女については謎ばかりだ。
今日分かったことだが、どうして二つも固有魔力を持っているのか。どうして三歳まで魔法が使えなかったのか。どうしてたった一年半の訓練であれほどの魔力量がみについたのか。どうして四歳ちょっとにもかかわらず(礼儀以外の部分は)大人びているのか。
いつもそんなことを考えるが、答えは出ない。
それに、そんな彼女をよそにいつも繰り広げられる母娘の仲睦まじく微笑ましい光景を見ていると、次第にどうでも良くなってくるのである。
「それに、こんなに可愛らしい子の不利益になることができましょうか・・・」
感傷的な表情でそう言う彼女だが、口元は幼いミヤフィの可憐さに緩んでいた。
口とは裏腹に、お口は正直だった。
◇
日暮れ直前で空は赤いが街が輝いているのでそれほど暗くはない。夕方は建物に反射された光が炊事の煙に当たる。霧が屋根のすぐ上を覆っていた朝とは輝きの高さが違ったが、朝日が綺麗な街は、夕日も綺麗だった。
街灯が整備されていないので、日がある内に殆どの仕事は終わる。終わらない職種もあるが、アルテミアは公僕の一人。労働時間がきちんと守られていることは当然だった。
家敷を見るに、夜の準備は終わっている様だ、と急ぎ足で帰ってきた父を、メイドが出迎えた。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ、アルテミア様。 夕食の用意が出来ております」
着替えてから居間に着いたアルテミアを迎えたミヤフィ達。いつもならにこやかな食卓なのだが、今日はミヤフィ以外は少しだけピリピリしていた。
「ところでシルヴィア、ミヤフィの固有魔力は何だった? ミラド様からの授かり物だからな。しっかりお祝いしないと」
いきなりクリティカルヒットな質問を投げるアルテミア。一瞬だけ空気が凍りついた。
この世界におけるさまざまな宗教で共通して、神からの授かりものは『神授』と呼ばれている。ミラディア教の聖典では『固有魔力』が彼らの唯一神『ミラド』からの神授だとされていて、神授は宗教ごとに違うが、どの宗教でも神授はおめでたいものだとされている。
アルテミアは『ミラディア教徒』だった。
シルヴィアは違った。彼女は精霊を信仰する『マシロン教』を信仰している。神授は『継臓』である。リタによると、魔王に悪感情が無い教えだった。リタもマシロン教徒だ。この国ではミラディア教の次に多い宗教であり、神授が近いためか、宗教観の対立は殆どない。
ただ一点、勇魔獣伝説の解釈を除いては。
さて、アルテミアは敬虔とは言いづらいが一端のミラディア教徒である。
リタとシルヴィアが恐れている最悪の状況は、アルテミアがミヤフィを魔女狩りに掛けることだが、日頃溺愛しているのでその可能性は低いだろう、とは思っている。
ーーアルテミアに固有魔力が二つだと言うべきか、言わざるべきかーー。
そう彼女たちは迷っていたが、無駄に終わった。
「パパ、私ね、固有魔力が二つもあって、『領域』と『収束』なんだよ!」
「「「なっ・・・!?」」」
すごいでしょー! と言うミヤフィをよそに、今度こそ食卓が凍りついた。




