ダールグリュン家の午後
昼食はいつもリタが作っている。洋食風のメニューに、今日は魔大豆団子のスープが添えられていた。
ダールグリュン家が住む街、『昇日の街』の周辺では、主なタンパク源として、牛のような姿の『突牛』、豚のような姿の『豚』、ダールグリュン家の好物、魔大豆が食されている。
魔大豆はその中で一番安い。
昼食後、ミヤフィとリタは魔法の練習のために庭に出た。
二日に一回は近所の公園に遊びに行くのだが、今日は家で魔法の授業の日だった。
「・・・ミヤフィ様、本当に三歳になるまで全く魔法を使えなかったのですか?」
「使えませんでしたけど、どうかしました?」
「はい。先程のミヤフィ様の魔力操作はもはや神の域でした。あれほどのものは見た事がありません。それに無属性魔法なんていつ覚えたのですか」
「そんな事を言われても、魔力の練習を始めたのは三歳からだって、リタさんも知っているでしょう? というか無属性魔法なんて使って・・・」
「矢張り不思議でなりません、四歳ちょっとなのに変に大人っぽいですし・・・まあ良いでしょう」
リタは顎に手を当て小声で呟き、一人で納得した。
・・・納得してくれたならいいや、面倒事が減ってラッキー、とミヤフィも自己解決した。
そして話は本題に戻る。
「今日は改めてミヤフィ様の魔力量を計ります」
リタは手のひら大の白く濁った水晶を取り出した。魔力量を測る水晶だ。
「これに魔力を流してください」
「はーい」
「返事は伸ばさない!」
ペシッ!!
「いたっ」
ミヤフィの返事が適切でなかったのでリタは罰のデコピンで叱った。魔法の授業だからと言って、礼儀を疎かにしてもよい理由はなかった。
ミヤフィは両手の先でおでこを抑え痛そうにしている。
つい甘やかしたくなる感情とにやけそうになる顔とヨダレを必死に抑え、リタは再び指示をした。
「魔力を流してください?」
「はいっ!」
「はい、よろしい。よく出来ました」
そう言ってリタはミヤフィの頭を優しく撫でた。ミヤフィの頬が緩み、リタは何とかニッコリ笑顔を取り戻す。
当然だが、リタのミヤフィへの接し方は、ほんの少しの幼女趣味を除けば小さな子供に対するものだ。
ミヤフィは撫でられる度に母親にいいこいいこされているような錯覚を覚えていた。
―――そして毎回ハッと我に返り、恥ずかしさで赤面して静かに悶えるのだった。
三歳の誕生日を境にミヤフィは素直で明るい女の子になった。
素直だということはこの年代の少女としては普通なのだが、日本での生活を忘れていない彼女は、素直でいることに対して、時々我に返り恥ずかしさに悶えることを繰り返していた。後悔はしていないらしい。
少女はこうして大人になっていくのだ。
彼女は『今度こそ』女性の身体に性格が引っ張られていると思っているが、その要素は湖に垂らした一滴の絵の具程度のもので、実際は本来の性格に素直さを付け足しただけであった。救い様は無い。
だがそんな彼女に、ミヤフィの第二の母とも言える女性が救いの手を差し伸べる。
「ミヤフィ様? もっと甘えて下さっても結構ですよ?」
しかし客観で救いの手に見えるそれは、嘗てしっかりと親離れを済ませた青年の常識が未だちょっぴり残っている彼女にとってはとどめの一撃だった。
「は、はい~」
彼女はへなへなとへたり込み、フリーズしてオーバーヒートした。
◇
恥ずかしさからの思考停止から回復した私は、魔力測定を始めた。リタさんの意図は、これまでの魔力生成の授業で魔力量がどれだけ上がったかを見ることだろう。
「それじゃあ、いきまーす」
水晶に手を置いて魔力を流す。水晶が光った。
「もっと全力で流してください!」
「はい!」
そう答えて魔力を全力で流す。身体の力が抜けていく感触がさっきより明確になってきて、だるくなって来る。それに伴い水晶の輝きが増していった。もう目をつぶっていないと目が痛い。
「すごく明るい・・・ミヤフィ様、流石の魔力量です」
そう言うリタさんもまた、眩しそうに顔をしかめている。
魔力量を見ることはできたはずだし、そんなに眩しそうにするなら早く終わらせればいいのにと思っていると、彼女は突然、思いもよらない行動に出た。
「ひゃっ!?」
徐に私の背後を取り、わき腹から手を出して私の胸にあてたのである。
「な、何をッ!?」
あ、あれなの!? 彼女は幼女が好みなの!? 実は教育係メイドの振りをして幼女を自分好みに教育する系女子だったの!?
「ミヤフィ様? どうされました? お顔が真っ赤ですよ?」
彼女はさも当然であるかのように澄まし顔を崩さない。
・・・いや、よく見るとほんの少し、ごく僅かに口角が上がっている。やっぱりそういう趣味だったの!?
「それでは行きますね」
イクって何をする気なの!? ちょっと怖いんですけど!? と戦慄していると、意外にも彼女の魔力が体内に入ってきた。
「きゃああああ・・・・って、あれ? リタさんと私って、魔力の質が一緒なんですか?」
そう、リタさんの魔力が体内に入ってきたはずなのに、違和感が殆ど無い。つまり魔力の質が同じってことになるけど・・・?
「いいえ、違います。魔力生成をする時に、ただ魔力を身体の中に蓄えるだけだとこの魔力が体内に蓄えられます。ですが無理やり継臓の真ん中を通すように魔力を吸収すると・・・」
彼女はスゥーと息を吸い込んだ。彼女の指から流れ込む魔力の質が変わる。
「ヤぁ!? く、くすぐった・・・ひゃっ・・・やー!!」
リタさんという存在そのものにくすぐられている感覚。やり方は分かったから、早く魔力止めて!
「はい、ミヤフィ様もやってみて下さい?」
「ひゃ、ひゃい」
彼女の口角が更に上がったが、私に気にする余裕は無かった。
継臓のど真ん中は魔力がすんなり通る部分では無かったので、てっきり魔力の生成には使わないコア的なものだと思っていた。しかし、そこには真の意味の魔力生成、大気中の魔力を個人の魔力に変質する働きがあるらしかった。
中心を通して魔力を生成する。日頃の練習の成果か、少しの抵抗を感じながらもすんなりと魔力が生成できた。
水晶に流れる魔力の質が変わる。これが私の真の魔力だ。何だか水晶の光り方が変わったような気がする。なんだか少し銀色になったような、なってないような? あ、少し紫になった。
「そうです、ミヤフィ様。やっぱり初見でもできてしまうのですね・・・私もう教えることが少なくて悲しいです・・・。えと、色は少し艶のある紫・・・目と同じでとても綺麗です。それでは魔力を引っ込めてください」
言われたまま魔力を引っ込めて手を離すと、数瞬して水晶玉から魔力が放出された。
その魔力は水晶玉を中心とした球形にパッと広がった。いきなり魔力が出てきたから少し驚いてしまった。
「わっ、これはなんですか?」
「これはミヤフィ様の魔力特性が現れているのです。形態からして・・・『領域』ですかね? 魔法を広域的に発動することが出来ます」
へー。
十秒くらいすると、魔力が水晶に戻った。
「リタさん、まだ何かあるんですか?」
「・・・分かりません、普通とは違う動きです。普通なら魔力特性を表すとすぐに魔力が持ち主に帰っていくのに」
「・・・分からないんですか?」
持ち主が知らない機能? 普通とは違うらしいので故障か何かだろうか。
「ミヤフィ様、一応離れてください」
危険を感じたのか、リタさんは水晶と私の間に割り込んだ。
水晶から魔力が再び放出される。今度は一度拡散した魔力が一か所に集まった。
「これは、『収束』!? まさか、ミヤフィ様は、二つ・・・」
そしてその魔力は一筋になり、リタさんを避けるように回り込んで私の胸に入りこんだ。
「大丈夫ですか!?」
不快感は無い事を伝えると彼女はホッと息を吐いた。
「どうやらミヤフィ様には魔力特性が二つあるみたいですね。なので水晶は得意分野を二回見せした、と。とりあえず怪我がなくて良かったです」
「はい!」
「ですが、二つ、ですか・・・」
リタさんは複雑そうな顔をして私の魔力特性について語り始めた。




