蛮行回覧
【川島の話】
そりゃあなにもなかった、って里香は言ってたよ?映画見て、食事しながらその映画の話して、帰ってきたって。でもさ、あいつの様子見てるとどう考えても最近ちょっとおかしいんだよ。妙によそよそしい感じ? そう、そう。鈴村も知ってるだろ?こないだまでは教室だろうが道端だろうがおかまいなしにいちゃついてきてたのにさ。いやまぁあれはあれでこっ恥ずかしいとは思ってたけど。
映画?あぁ、なんだっけな。人間失格、とかいうの。なんか有名らしいよな。俺、活字アレルギーだから知らないんだけど。でも里香はさ、なんか好きじゃん? そういうの。いっつもよくわかんない文庫本持ち歩いてるし、カラオケに行ったってよくわかんない曲ばっかり歌ってるんだ。ノベンバーズ? いや知らんし。Mステ出たことあんの? 俺? あぁ、やっぱ『女々しくて』かな。なんか歌詞が身に沁みるんだよなぁ。俺ってもしかしてものすごく女々しいんじゃないかって、そんな気がしてくる。
木暮ってさ、なんかキモいんだよね、オーラが。なに考えてるかわからないって感じの。そう思わん? あんな奴と一緒に行ったってのが許せないんだよね。別に他の男なら許せるってわけでもないけどさ。ヤッたとかヤッてないとかは置いといて、さ。だってあの前髪とか、ありえねーって。あんな伸ばしたら前見えねーじゃん。ゲゲゲの鬼太郎かっつーの。いやあいつの場合両目覆ってるから鬼太郎よりひどいな。今度ハサミ持ってきて切ってやろうかな。でもあいつの髪なんか切ったらそのハサミもう汚くて使えなくなっちゃうな。消毒してもなんか奴のエキスみたいなの? 残りそうで。
俺もさ、別れようって気はないんだ。ただ、なんつーの、その、お互いにワダカマリってやつを作りたくねーんだよ。そこで、親友であるお前に一生のお願いをしにきたわけさ。
そうそう、フランス語の授業。奴と一緒だろ?それとなく聞いといてくれないかな。
【木暮の話】
なんだ鈴村、珍しく話しかけてきたと思ったら、そんな話か。
あぁ、確かに俺は、桜井と一緒に映画に行ったよ。そう、人間失格。酷かったね、あれ。原作レイプも甚だしかったよ。太宰もあの世で肩を竦めてるんじゃないかな、フフ。
桜井は、なぜか泣いてたね。どのへんに泣きどころがあったのか、一周まわって文学的な問いですらあるよ。なんてね、俺は知ってるよ。彼女、生田斗真のファンなんだろ? いや、彼女から直接聞いたんだ。映画の後のファミレスでね。こっちから訊きもしないのにペラペラ次から次へと内容のない話を繰り出すんだから、参ったよ。品性のかけらもない女だね、桜井は。
え? ヤッたかヤッてないか? ぷっ。それ川島に訊けって言われてるのかい? あいつもほんと、低俗極まりないなぁ。ある意味、お似合いの二人だよね。いや、俺がヤるわけないっしょ。あんな奴とヤッたら変なビョーキでも移されそうだからね。そうでなくても、セックスは神聖な儀式なんだ。サルみたいに次から次へとパコパコハメるのは無能のすることさ。君だって発展途上国でどうして人口が増え続けるか、そのメカニズムくらいは知ってるんだろ?
童貞かって? ったく残念だよ。君は奴らに比べれば話せるし、理知的だと思ってたのに、俺の買いかぶりだったかな、そんな愚かな質問をするなんて。
あぁ、確かに俺は童貞だよ。で、それがどうかしたかい? いや、君たちみたいにヤッた人数で人生の価値を決めるような連中からしたら、俺は天然記念物モノの落ちこぼれなんだろう。興味ないから、そういうの。
さぁ、もう君が知りたかった情報はすべて明け渡しただろう? 満足したらもうこれくらいにしてくれないか。これ以上話してると俺の心の純度が下がりそうなんでね、フフフ。
【桜井の話】
お、鈴村じゃん。久しぶりー。相変わらずニヒルな顔してんねー。彼女は元気? そう、元気かぁ、それはよろしいことです。うち? あぁ、なかなかね、難しいよね。
鈴村はさ、彼女のこと束縛したいと思う? だよねー、鈴村、ドライだもんね。いや、包容力があるっていうのかな。うちの健治に爪の垢でも呑ましてやりたいよ、ホント。
あ、聞いてる? 小暮君とのこと。うん、そうなんだよ。二人で映画、見に行ったんだ。私だって、彼氏と映画行きたいよ? 行きたいけどさぁ、『人間失格』なんて絶対健治の琴線に触れないじゃん。せっかく一緒に行っても、隣で寝られたらムードも台無しだよ。
あとさ、映画のあとってやっぱり感想とか語り合ったりしたいわけよ。映画ってそこまで含めてのエンターテインメントだと思ってるんだよね、私。そうなるとやっぱり健治じゃダメなんだわ。誰か、私と深く深ーく語り合ってくれる人、いないかなーって。そこで小暮君に目をつけたわけ。
彼、いっつも難しそうな本読んでるじゃない? 私、本はそこまで読まないんだけど、あ、太宰と中島らもさんだけは別格ね、なんだけど、彼なら私の語り欲求を満たしてくれるんじゃないかって、直感で思った。なんかアートの木下さんみたいな陰がある感じ? いいよねー。え、木下さん知らないの? 鈴村も勉強不足だなぁ。
とにかくまぁ、そういう相手としては小暮君はうってつけだったわけ。え? そういう相手って言ったら、そういう相手だよ。夜通しだって語り明かせそうな。
え? ヤッたかヤッてないか? うわ、そういうこと訊く? どうせ健治から頼まれたんだろうけど。わかるよ、それくらい。鈴村がそんな質問する意味もメリットもないでしょ。ほんと、健治は直截的なんだよなぁ。
この際ハッキリ言っておくけど、小暮君とは一切、そういうことはしてないから。これ、ちゃんと伝えておいてよね。小暮君にも失礼だし。
なに、その目。ほんとだって。私、ああいうタイプは生理的に受け付けないんだから。友達にはなれても、それ以上は絶対無理。健治? あいつはバカだけど、やさしいところもあるんだよ。なんでかな、上手く言えないけど、付き合うならやっぱり健治なんだ。
だから、今のちょっとぎくしゃくしてる関係、なんとかしたいんだよね。ちゃんと、健治と向き合いたい。どうしたらいいかな? 鈴村なら、健治とも仲いいし、私たちのこと、導いてくれるような気がするよ。
ねぇ、相談に乗ってくれる? うん、じゃあ、今度、駅前のミスドで。
【鈴村の話】
おぅ川島、待たせたな。
うん、しっかり話、聞いてきたぜ。木暮とちゃんと喋ったことなかったけど、あいつ、マジでキモいのな。喋ってる間中口元に唾が溜まっててさ、それが言葉と一緒に飛んでくるんだよ。鳥肌立ったね、あれは。あいつと話すときは一定距離を置くことが必要、ってことを俺は学習したよ。
まぁまぁ、そう急くなって。ヤッたかどうか、の話ね。実はさ、そのことなんだけど、ちょっと言いにくいんだよ…。
いや、聞いたよ? 話はちゃんと聞いた。で、奴は桜井とはヤッてないって言ってた。言ってはいたんだけど、な…。
正直、俺の話した感触としては、なんとも言えない。彼女と事に及んだかどうかって話になった途端、奴はもごもごしだしたからさ。言葉では否定してるんだが、態度が…なんていうか、これはなんか隠してるんじゃないか、って感じで。
うーん、わからないな。俺の口からはなんとも言えない。
しっかりしろよ、お前、桜井の彼氏なんだからさ。お前が彼女のこと信じてやれないでどうするんだ? 大丈夫、まだクロと決まったわけじゃない。ちゃんと話し合ったほうがいいと思うぜ、彼女とは。
まぁ人間、一度や二度の失敗はあるさ。それを許すことも必要なんじゃないかね。俺は話を聞いてやるくらいしかできないかもしれないけど、逆に言えば話を聞くことならいくらでもするから。
うん。陰ながら応援してるよ、健治。