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おもちゃ箱

約束の地

作者: kuroneko

お祭りの日がやって来ました。街中が賑やかです。

大通りにも広場にも、出店や屋台が出て、様々な出し物があちこちで繰り広げられています。


その若い男女は、二人でお祭りを楽しんでいました。

出店の一角に、占いくじの自動販売機がありました。ガラスケースの中にたくさんの紙片が詰め込まれ、看板には「あなたの未来が分かる!」と書かれています。


二人はそのくじを引くことにしました。

コインを入れ、ダイヤルを回すと、1枚の紙片が受け取り口に落ちてきました。


紙を広げてみると、そこには「東へ向かって街を出て、川を渡り、その日の夕暮れまで歩きなさい。そこがあなたの約束の地です。」と書かれていました。

二人は顔を見合わせて笑い合い、お祭りの続きを楽しみました。


翌日、男は身の回りの物を小さくまとめて、女を迎えに行きました。やはり小さな荷物を持った女が出てきました。二人は東へ向かって、車を走らせました。街を出て農村地帯へ、そして草原へと、車の外の景色は変わりました。


しばらく進むと、大きな川がありました。橋を渡ったところで男は車を路肩へ止め、二人は車を降りました。そして、占いの紙片に書かれたとおり、歩いて東へ向かいました。


やがて背後から朱色の光が差す頃、二人は歩くのをやめました。そこは、いくらかの雑草が生え、大きな石が転がる荒れ地でした。そばに、随分と古い小屋がありました。


二人は小屋を訪ねました。

小屋は、随分長いこと使われていないようで、埃だらけでした。扉からは、鋤や鍬など農作業の道具や、縄、バケツなどが見えました。


二人は中へ入ってみました。置いてある物はどれも古いけれど、壊れている物はなく、手入れをすれば使えそうでした。それらはまるで、二人のために用意されたようでした。


埃まみれの毛布も見つけました。一度外へ持ち出して思い切り振るうと、埃が煙のように広がりました。二人はせき込みながら笑い合って、小屋へ入ると一緒に毛布にくるまって眠りました。


朝が来て、二人は車を引き上げるため橋へ戻りました。

車で一度街へ戻ると、ポリタンクに水をたっぷり、ガソリンの入った携行缶、それから水質検査キットと汚水濾過器を用意しました。


もう一度川まで来ると、二人は車を降りました。川辺へ降りて水質検査をすると、川の水は危険物を含んでおらず、濾過器を使えば充分飲めそうでした。二人はまた、顔を見合わせて笑いました。


二人は小屋まで戻ると、小屋の掃除を始めました。


そしていくつかの道具を持って川へ向かい、川から荒れた土地へ水を引くための水路を作り始めました。慣れない作業で二人の掌にはまめができ、いくつかはつぶれていました。


二人は互いに掌を見せ合い、「痛い、痛い」といいながら、相変わらず笑っていました。


何日も何日もかけて、二人は水路を作りました。

手足には何度もまめができてはつぶれ、日に晒された顔も腕も日に焼けて痛み、肌は次第に硬くなっていきました。


それでも二人は毎日、その日どれだけ作業が進んだか、これからどれだけ進められるかを笑いながら話しました。あと何日であの岩を過ぎる。それから何日で黄色い花を咲かせる草まで。


二人にとっては、日々の苦労も楽しいことのようでした。


何日も作業を続けて、ついに小屋のそばに小さな池ができあがりました。池に少しずつ水がたまる様子を固唾をのんで見つめ、池に半分ほど水がたまったときには、抱き合ってはしゃぎました。


水路ができて作業が終わり、というわけではありません。これから二人は、荒れ地の雑草を抜き、石を取り除き、土を耕すのです。


その間も、二人は毎日言葉と笑顔を絶やしませんでした。


それは二人で充実した時間を持てればそれでしあわせだ、というようでもあり、そうして過ごしていなければ、占いの効果が無くなってしまうことを恐れているようでもありました。


毎日が重労働でしたが、少しずつ二人が耕す土地は畑らしくなりました。


やがて畑が豊かな実りをもたらすようになった頃、二人の間に、初めての子供ができました。男の子でした。


家族が増え、二人はこれまで以上に熱心に働き、笑い、子供を育てました。やがて子供は畑仕事を手伝い、実りは更に豊かになりました。


三人は畑の作物を大切に育てました。天候は思い通りには行かず、雨ばかりで根腐れを起こす年や、日照り続きで作物のほとんど収穫できない年もありました。


それでも二人は少ない実りを笑って受け入れ、不満をこぼす息子にも、笑いかけました。


二人の間には、三人の息子ができました。三人は、二人を手伝ってよく働きました。

遠い農村の学校へ通うことにも、不満は漏らしませんでした。

そして家族は、毎晩笑って、食卓を囲んでその日あったことを語り合いました。


時が経ち、やがて息子達は広い世界を知りたいと、街の学校へ通い、そこで伴侶や仕事を見つけ、独立していきました。


年を取った男と女に、二人だけの時間が戻ってきました。

これまでのように賑やかではありませんでしたが、二人は静かに微笑み合い、語り合い、日々を穏やかに過ごしました。


ある日、老人は胸の不調を感じました。

街の病院へ行くと「心臓が弱っている。入院した方がいい」と医師に告げられました。


老人は入院を拒み、妻と暮らすことを選びました。妻は、それを当然のこととして受け止めました。老人は「心臓が重い」といいながら、やはり静かに笑っていました。


数ヶ月の闘病の末、ある朝、老人は息を引き取りました。大きな発作もない、穏やかな死に顔でした。妻は最期の瞬間まで夫と一緒にいられたことを幸せだと思いました。


夫婦が切り開いた畑のそばに、老人の遺体は埋葬され、小さな墓が作られました。


夫を失った後も、老婆は孤独ではありませんでした。

一人になった母親を心配して、三人の息子達は、それまでより頻繁に実家の老婆を訪ねるようになりました。


老婆は週末ごとに、息子やその妻や孫達の誰かと過ごすようになりまた。


それに何より、この家には夫と子供達と暮らした、楽しい思い出が詰まっていました。

どこを見ても家族で笑い合った時間が蘇り、寂しいと思う事はありませんでした。


三人の息子とその妻たちは、母親が少しずつ変わってきていることを、密かに話題にしました。名前を呼び間違える、物の名前が出てこない、父が生きているような口ぶりの時がある、などなど。


老婆は、加齢と共に呆け始めていました。

心配した子供達は、母親に街で一緒に暮らすよう呼びかけましたが、彼女はそれを断り続けました。


ある日、老婆はいつもと同じように午後の農作業をしていました。

そしてふと、夫はどうしたのかしら、と思いました。

顔を上げ、辺りを見回したとき、街の方から車が近づいてくるのが見えました。


ああ、そうだ、彼は街へ買い出しに出かけたんだった。

あの車には、少しの薬と衣服、それにガソリンの入った携行缶が積まれているはずです。

老婆は夫を迎えにいくため、笑顔で道路へ向かい、その途中、畑の中で倒れました。


車に乗っていたのは、三男でした。畑にいた母親が倒れる様子を車から見つけ、慌てました。車を降りて駆けつけたときには、母親はもう事切れていました。その顔は幸せそうで、いまにも再び笑って起き上がりそうでした。


三男の知らせを受けて、長男と次男もやって来ました。長男が医師を呼び、母親の死を確認しました。


三人の息子達は一度街へ戻り、それぞれの家族を連れて、再び実家を訪れました。

幸せそうな寝顔の、でも二度と目覚めることのない老婆が、ベッドで皆を迎えました。


三人の息子達は、慎ましい葬儀を執り行い、母の遺体を、両親が切り開いた畑のそば、父の墓の隣に埋葬しました。

小さな墓が二つ、仲良く並びました。


三人の息子達は、それぞれの生活の中で、少しずつ両親の墓から遠ざかっていきました。


人の住まない家は短い時間で傷んでいきます。

家の中には埃が積もり、蜘蛛の巣がいくつもできました。


かつては畑だった土地も荒れ、雑草が茂りました。

やがて草は二人の墓の周りにも生い茂り、まるでそこが始めからただの荒れ地だったかのように、その存在を覆い隠してしまいました。



何年経っても、街にはお祭りの日がやって来ます。

今年も、大通りや広場に、様々な出店が立ち並び、大道芸や音楽の演奏が繰り広げられています。


出店の一角に、小さな占いの自動販売機が置かれていました。ネオンで飾られた箱の、ガラスの窓からは、いろいろな運命が書かれた紙切れが詰まっているのが見えました。


若い男女がその機械を見つけ、笑いながら一枚の占いくじを買いました。

出てきた紙片を広げると、男はそこに書かれた文字を、声に出して読み上げました。


「東へ向かって街を出て、川を渡り、…」


男の腕に自分の腕を絡めて、女は楽しそうに笑いながらそれを聞きました。

男は占いを読み終わると、紙切れを上着のポケットに押し込みました。


そして二人は、お祭りの続きを楽しみました。

あの日の二人のように。

お楽しみ頂ければ幸いです。

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