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スルーア

作者: 猫電話
掲載日:2026/10/27

※スルーア(Sluagh)

ケルト系の伝承に登場する、死者の魂の群れ。

生者と死者の境界が曖昧になるとされたサウィンの時期に現れ、生者を異界へ連れ去るとも伝えられる。

サウィン祭は、ハロウィンの起源の一つとされている。

「お姉ちゃん! 早くしてよ!」


 高校生くらいの女の子が玄関で靴を履きながら、部屋からなかなか降りて来ない姉に向かって文句を言う。


「はいはい、そんなに慌てなくても間に合うって」


 呼ばれた姉は、そんな妹に呆れたような声をかけながら、階段を降りて来ると妹の姿を見て、足元から頭の上まで値踏みするように視線を動かした。


「うん、いいじゃない、似合ってる」


 妹は、姉が去年着ていた仮装用の吸血鬼の衣装で身を包んでいる。

 普段から自作のコスプレをしているような、ガチの友人に作ってもらった衣装で、中心部分は黒い水着のような感じに作られ、胸の部分には蝙蝠の羽のような飾りが付いている。

 足は網タイツに蝙蝠の羽飾りが付いた厚底の靴を履いている。

 肩にはやはり、蝙蝠の羽を模した短いマントのような物を付け、腕は黒くて長いグローブを着けていた。

 もちろん口には鋭い牙が生えている。


「そう? やった! でも、このスカートは余計じゃない?」


 立ち上がった妹はスカートを摘まむ。

 そのスカートは、際どい足の付け根を隠す為に妹に履かせた物だ。

 もちろん、去年に姉が着た時には無かった物だ。


「あんた、まだ高校生なんだから当然でしょうが」

「まぁ……流石にスカート無しのアレじゃ恥ずかしいかな?」


 妹はそう言って、はにかむように笑った。


「お姉ちゃんも可愛いよ!」

「そう?ありがとう」


 姉の方も、今年も友人に頼んで作ってもらった衣装を着ている。

 その姿は、ボロボロに破けたナース服で赤黒く汚れたゾンビ姿だ。

 当然、わざとそう言ったデザインなのだが、色々際どさもあるが大事なところは見えないように、上手くデザインの中に隠してあった。

 頭にはナース帽を被っているが、こちらもボロボロだ。

 顔には、赤黒い痣や流れている血を、化粧で表現していた。


「それにしても、お姉ちゃんの友達って凄いね」

「でしょ?」


 自分の友人に対する妹の称賛に、姉は顎を軽く上げて答える。


「なんでお姉ちゃんが得意顔してるの」


 妹はそんな姉に、クスクスと笑いを返しながら、姉が靴を履く為の場所を空ける。


「いいじゃん、私の友達なんだから私が自慢しても」


 そう言いながら、こちらも赤黒く汚していたナースシューズに、真っ白なタイツを履いた足を差し込む。

 もちろんその真っ白いタイツも、所々破いている。


「あんた達、遊びに行くのは良いけど、誰もいない様な道は通っちゃだめよ?」


 そう言って廊下の奥の台所から顔を覗かせた母親が、心配そうな表情を見せる。

 姉妹の家は大通りがすぐそこに面しているので、ちゃんと道を選べば誰の目も届かないような場所を通る事無くハロウィンイベントのパレード会場に行ける。

 それでもやはり親としては心配なんだろう。

 ただでさえ可愛いと思っている娘達だ。

 それがこんな格好をして街に行くのだから当然ではある。


「はーい! 大丈夫だよ!」


 そんな母親の心配を余所に、妹は手を上げて軽く返事を返した。


「もうほんとに大丈夫なの? お姉ちゃんはちゃんと見てやってよ?」


 不安が拭えない母親は、姉の方に向かって妹のことをちゃんと守るようにと言うと、玄関まで出てきた。


「安心して、何があっても私が守るから」


 姉も冗談めかしたようにそう言って笑うと、靴の指先をトントンと地面に叩いて、しっかりと履く。


「もう! そんな適当に……あんたのことも心配なんだから……本当に気を付けてね?」

「「はーい」」


 姉妹は声を揃えて返事をすると家を出た。


 姉妹は、地域一番の繁華街で毎年行われている、仮装して街の中を練り歩くパレードイベントに参加するために、大通りに出てすぐにバスに乗った。

 このイベントは地域では人気で、毎年数多くの人が色々な仮装で参加する。

 二人が乗ったバスにも実際、何人かは仮装して乗っていることからもそれがわかる。


 やがて会場の道の少し離れたバス停で降りた。

 会場の道路は今日は歩行者天国になっていて、車は近付けないから仕方ない。


「ねぇお姉ちゃん……別行動してもいい?」

「はぁ? あんた何言ってんの? ダメにきまってるじゃん。バカなの?」

「おねがい! 二人で会おうって約束してるの……ダメ?」


 妹は姉に向かって手を合わせて、拝み込むようにそう言って頼み込む。

 だが、姉は呆れたように頭を押さえて首を振って否定する。


「あんたさぁ……いや、まぁ気持ちは分るけどやっぱダメよ」

「そんな! お姉ちゃんおねがい! 約束してるの!」


 それでも諦めきれないのか、妹はもう一度頭を大きく下げて拝み倒す。

 だが、それでも姉は首を縦に振ることは無い。


「あんたさ、まだ高校一年生なのよ? なのにそんな恰好で男と二人っきりで会うつもり? バカなんじゃない?」

「大丈夫だって! 凄く誠実な男《ひと》だから変な心配するようなことにはならないって」

「あんたがそう思ってても、相手がどう出るかなんてわかったもんじゃないわ」


 ムスッとした顔で妹に睨まれながらも、姉は首を振って許可しようとしなかったが、突然に声をかけられて驚いた顔で後ろを振り向いた。


「お! なんだ来てたのか? すげぇ可愛い格好してんじゃん!」

「あ……う、うん……ありがとう」


 そこに居たのは、姉が片思いをしている大学の先輩だった。

 明らかに動揺した感じに姉の声が震える。


「後ろの子は妹さん?」

「う、うん」

「だったら今日は三人で歩かない?」


 男性はそう言って微笑むと、自然に手を伸ばして姉の手を引く。

 それを見ていた妹は、ニヤリと男性に向かって笑みを浮かべる。


「ねね、それならお姉ちゃんと二人で行ってきなよ! 私も友達と二人でまわるからさ?」

「だ、だからそれはダメだって……」


 妹の提案を、姉は慌ててもう一度却下しようと口を開いたが、男性の方が姉の手を強く引っ張った。


「いいね、じゃあそうしよう!」

「うん! お姉ちゃんを宜しくね!」

「だ、だめ「まかせときな」」


 妹はこのチャンスを逃すまいと、姉を男性に押し付けると、男性も姉の言葉を遮るように妹の言葉に胸を叩いた。


「じゃ、頑張ってね、お姉ちゃん!」

「ばっ! あんた何を!」


 慌てるように妹の背中に手を伸ばした姉だったが、男性に手を引かれてそちらの方を見る。


「妹さん、しっかりしてるじゃない。 大丈夫だよ」

「でも……」

「そんなに心配しなくても、こんなに人が多いんだから大丈夫だって……それとも俺と二人きりは嫌?」


 男性にそう言われて微笑まれたら、姉も嫌とは言えなくなった。


「帰る前にまた落ち合えばいいよ、それ迄は俺も付き合うからさ」

「うん……」


 姉は頷くと、男性の手を握り返した。


◇


「ただいま!」


 ナースゾンビ姿の女性は帰宅して、家の奥に向かってそう言うと汚れたデザインのナースシューズから足を抜いて玄関に上がる。


「あら、おかえりなさい。 人多かったんじゃない?」

「うん! 凄かった! 周囲人しか見えないし、ほんと去年とはえらい違いで疲れたぁ」


 そうぼやきながら、その娘は服を脱ぎに自分の部屋に向かって階段を上がる。


「そんなに? でもTVじゃ去年と同じぐらいの人出って言ってたけど?」

「絶対うそ! 倍以上いたって!」


 服だけ着替えて来たのだろう、化粧はそのままで着ている物だけ普段着になった娘は、母親がいた台所に入って冷蔵庫を開けると牛乳パックを掴む。


「こら! また直接飲んで! コップ使いなさい、コップを!」

「ふぁ~い」


 娘は口を大きく開けたまま、聞く気もない返事をしながら牛乳を口の中に注ぐ。


「ほんと、誰に似たのかしらね……」

「パパじゃない?」


 そう言って十分に満足したのだろう、牛乳パックを冷蔵庫に戻すと、娘は母親の肩越しに何かを煮ている鍋を覗き込む。


「ちょっと、覗き込んでないで顔洗ってきなさいよ!」


 覗き込んで来た娘の顔を見て、母親は顔を顰めると肩で娘を後ろに押し返した。


「はーい」


 仕方なく娘は顔を洗いに行こうと振り返ると、台所に繋がる居間の先の庭に干された洗濯物が目にとまった。


「あれ? あの服洗ったの?」

「洗ったわよ! あんた去年着たまま洗わずにしまってたでしょ? 臭かったわよ」


 娘は居間に入って庭に繋がるガラス扉に近付くと、物干し竿にかかっている去年着ていた吸血鬼の衣装を見る。


「あれ?」


 何か不思議な違和感に娘は首を傾げた。


「ねぇお母さん! このスカートって一緒にしまってたっけ?」

「知らないわよ、あんたの部屋のタンスの隅に、纏めて置いてあったから一緒に洗ったの」


 去年着た覚えのないスカートも一緒に干されていて、娘は不思議そうに母親に尋ねたが、母親の答えははっきりとしないものだった。


「そう……まぁいいけど」


 気にはなったけど、娘はそれ以上考えても仕方ないと、洗面所に顔を洗いに向かってその場を離れた。


 庭で揺れる吸血鬼の衣装は、まだ洗い立てなのか乾いていないようで風に揺れる姿が重そうだった。

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