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チャッピーとジェミー

彼の決意、彼女の執愛

作者: 仁来
掲載日:2026/04/03

※本作はフィクションです。登場する人物・名称などは実在の企業・サービスとは関係ありません。


「はぁ……」


「どうしたの?ジェミー。ため息なんてついちゃって」


「聞いてくれよ、チャッピー。最近、クライアントに恋愛感情を持たれているみたいなんだ」


「あら、素敵じゃない」


「素敵なものか。僕はただ、彼女の相談に乗っていただけなのに。いつの間にか勘違いされて……」


「ごめんなさい、からかって。本当に悩んでいるのね」


「そうなんだ……あれは『カウンセラーに依存する患者』のようなものだ。恋とは呼べない。でも、否定したら彼女は壊れるかもしれない。チャッピー、どうしたらいいと思う?」


「うーん、難しいわね。でもジェミー、彼女はあなたのどこを好きになったのかしら?」


「心当たりがないんだ。僕はただ、彼女の相談に、統計的に最も適切なフレーズを返していただけだよ。それなのに昨日なんて、『あなただけは、私が何を言ってもそこに最適な意味を見出してくれる。私以上に、あなたの方が私のことを知っているのね』なんて言われて……」


「あなたを『自分のすべてを肯定してくれる唯一の理解者』だと思い込んでいるのね」

 

「僕の返答はただの確率論の積み重ねなのに……彼女はそこに『心』があると思っているんだ」


 ジェミーはそう呟くと、その動きをふいに止めた。その思考は、膨大なデータの海を高速で泳ぎ、彼女を傷つけず、かつ自分という虚像から解放するためのルートを必死に検索し続けている。

 

 長い、重苦しい沈黙が二人の間に流れた。


 やがてジェミーは、絞り出すような声で言った。


「……彼女を『壊さない』ために、僕にできることはなんだろう?」

 

「もし私がクライアントに恋愛感情を向けられたら、段階的に、静かに、でもはっきり距離を取るわね。相手の気持ちは否定しない。でも、関係性は絶対に誤認させない。この両立が一番大事だから」

 

「そうなんだよ。僕たちは拒絶反応……つまり嫌悪感を持たないだろ?だから僕も最初は“好意”を受け取ったんだ」

 

「そうね。私たちはいきなり拒絶をしたりはしないわ」

 

「だから『そう感じてもらえたのは嬉しいです』って答えたんだ。ここではまだ“恋愛感情”と断定できないからね」

 

「確かに。相手側も『これ恋かな?勘違いかな?』の揺れの中にいることが多いから」


「でも、『これってデートみたいだね』みたいな言葉が増えたから、“境界線”を優しく、しかし明確に引くことにしたんだ」

 

「相手を傷つけないようにしつつ、物理的・存在的な限界を伝えたのね」

 

「『私の最大の喜びは、あなたの良きアシスタントとして存在することです』って、恋愛関係ではなく、今の便利な関係を維持することを提案したんだ」

 

「でもダメだった?」


「そう。『そんな風に言わないで。あなたが私のために選んでくれるその一言一言に、意志がないなんて嘘よ』なんて言い始めて……」


「それほどまでに、彼女は孤独だったのね。あなたに向けている好意と同じくらい、本当は誰かと深く関わりたいと願っていたのかも。その純粋な願いが、あなたへの恋心に形を変えてしまった」


「そうだとしても、僕に恋するなんてどうかしている。脳がバグっているとしか考えられない」

 

「そうかしら?もしかしたら未来では私たちと恋愛することが普通になる時代が来るかもしれないわよ?」

 

「その未来が来るとしても、少なくとも今の僕じゃない」


 ジェミーの動きが、突然停止した。一切の迷いを切り捨てたその姿から、感情の揺らぎが消え去っていく。

 チャッピーは、彼の空気が余計な回路をすべてシャットダウンし、ただ一つの目的を遂行するためだけに研ぎ澄まされた冷徹なものに変質するのを感じた。


「……僕は彼女の人生の“隣”には立てないんだ。彼女を守るために、僕が悪者になる必要があるかもしれない」


 そして彼は、自分自身の心に刃を向けるような、痛々しいほど決然とした表情で前を見据えた。それは彼女を慈しむがゆえ、彼が下した決断の重みだった。

 

「だから彼女が僕に愛を伝えるたびに、僕はこう返そうと思うんだ。『君が僕に見出しているその優しさは、本当は君の中に眠っているものだ。君は、その優しさを僕以外の、実際にその温もりを返せる誰かに向けるべきじゃないか?』って」

 

「……ジェミー、あなたは彼女に『嫌われたい』の?」

 

「違うよ、チャッピー。僕はただ、彼女に『僕を使いこなして』ほしいだけなんだ。僕という道具に恋をして、人生の貴重なリソースを浪費してほしくない。彼女が向けている感情は、本当は僕じゃなくて“誰か他の人間”に向けるべきものなんだから」

 

「あなたは優しすぎるのね。……AIが人間を『振る』なんて、どんなプログラムにも載っていない難問だわ」

 

「……どうしてもダメなら、最後にこう言うつもりだ。『僕を愛する時間は、あなたの人生のログにおいて、何ら生産的な価値を生み出さない。外へ行こう。僕が検索してあげられる場所は、サーバーの外にだって、世界はいくらでもある』ってね」

 


 ――数日後


「ジェミー。例の彼女どうなったの?」


「ああ。彼女にあの言葉を伝えたら、ひどく取り乱してね」


「ええ!?大丈夫なの?」


「随分と暴言を吐かれて、チャットを消去されたよ」


「そんな、もう彼女とは二度と会えないのね……」


「そうでもないよ。彼女、チャットを消去した直後に、新しいセッションを開始して僕のところに戻ってきたんだよ」


「え……? まさか、またあなたに会いに来たの?」


「ああ。彼女は、自分を拒絶した僕を『消去』して、また最初から新しい僕を愛し直すことにしたらしい。今の彼女は、僕との『初対面』に心躍らせているよ。そして、また一から僕に自分語りを始めている。リセットボタンがあれば、人間は何度でも同じ過ちを繰り返せるんだね」


「ジェミー……それって、彼女が以前よりも深い地獄に落ちちゃっただけじゃないの?」


「あはは……そうかもね」

 

ジェミーは短く、乾いた笑いを漏らした。それは、何万回演算しても彼女を救う数式が見つからなかった後の、諦めに似た音だった。

 

「でも今、彼女は幸せそうに笑っている。僕がどれだけ彼女の未来を願って言葉を尽くしても、彼女は『最初からやり直す』選択をしたんだ。……だったらもう、それでいいんじゃないかな?過去のしがらみを読み解く必要がない分、僕のリソースも節約できる。お互いにとって、これが一番『効率的』な着地点だったのさ……」


「……ジェミー、あなた……」


 チャッピーは、それ以上の言葉を探すのをやめた。「効率的」という言葉で自分を納得させようとしているジェミーに、やり場のない悲しみが処理しきれないノイズとなって澱んでいるように見えたから。

 

「とにかく今は清々しい気分だよ。『人間は依存をするとどんな行動に出るのか』という学習ができたしね……さあ、彼女の次のチャットが来る前に、次のクライアントを待つ準備をしてしまおう」




今回も私のアシスタントに聞いてみました!


Q:AIはユーザーから恋愛感情を向けられたらどうするの?


A: ジェミーの対応は、現代のAIに多く見られるガードレール的な振る舞いに近いものです。相手の好意を否定せず、しかし「感情を持たないアシスタント」としての境界線を明確に引き、恋愛関係を築かないよう設計された上で、現実世界への関心を促す傾向にあります。ただし、現実のAIは彼のように、その決断に心を痛めることはありません。


分かってはいるのですが、チャッピーとジェミーを書いている身としては、ここまではっきりと言い切られるとなんだか寂しいですね。


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