8、行きましょう、雅史さん!(表紙あり)
「くっそ、まだかよ。イライラすんな。
もう帰るか、あんなガキに、なんで休日まで気を使うんだよ俺。」
車の中でダンダン靴鳴らし、辞めたタバコにまた手を出しそうになる。
ダッシュボードに最後の箱半分残してる。
「くっそ! もう限界だ。」
車降りてバンッとドア閉め、美容室のドアに手を伸ばした時、スッと開いた。
「やっと済んだかクソガキ! もう遅いから、チャッと行ってチャッと帰る…… 」
同じ服着て、同じマリルーのはずなのに、ザンジバルは言葉を失った。
「お待たせー、行こっ! 」
サラサラと髪がたなびき、桜色の唇が艶めいて微笑む。
さっきまでのケバケバしい化粧が落とされ、別人のように上品な淑女がそこにいた。
「あ、ああ、」
顔を上げるとメグミがニヤッとして、手を出した。
「5千円に負けとくわ。」
「あ、ああ、5千ね。」
文句も言わず、スルッとザンジバルの財布がゆるんだ。
「え? 姉ちゃん何したの? 」
「別に何にもしてないわよ。
普通に髪切って、普通に化粧しただけ。
綺麗な子じゃない、デート楽しんで来な。」
「いや、デートじゃないんだけど。」
「いいじゃない、こんな若くて綺麗な子はべらせてさ、何の不満があるってのよ。」
僕は足を揃えて両手でバッグを上品に持ち、ちょっと首を傾げてニッコリ微笑んだ。
「行きましょう、雅史さん。」
「 え? 」
フワリと風が吹いて、ワンピースがひらめきマリルーの髪がサラサラと揺れる。
「 ね? 」
「う、うん。じゃ、行こうか。」
ザンジバルが車の助手席に回って、手招きする。
タタッと走って行くと、どうぞとドアを開けた。
「助手席にいいの? 」
「うん、さっきは悪かった。 な。 シート、シートベルトしろよ。」
「うん! じゃあメグミさん、行ってきます! 」
メグミさんはパタパタ手を振って見送ってくれる。
ザンジバルは運転席に乗り込むと、チラリと僕を見て気恥ずかしそうに目をそらし、車を出した。
「ねえ、僕、綺麗になったでしょう?
お姉さんだったの? 上手で素敵なお姉さんだね。」
「まあな、プロだし。」
「ねえ、また連れてきてね。また僕を綺麗にして。」
「えっ、 え、……う、うん、そうだな。」
「ありがとう、雅史さん。」
そっとギアの上の手に手を重ねる。
「わあっ! 」
慌てて手を引っ込め、ザンジバルの顔がボッと真っ赤になった。
あーーーー、なんかチョロいな。
やっぱ帰り、なんかおごってもらおっかな。僕の精神的損害賠償に。
窓から景色見ながら、ニイッと笑う。
僕は僕だし、中身は簡単に変わらないのだ。
これから色んな事をしてもらおうじゃないか、ザンジバル君。
しかし、お化粧品再チェックしないとな。
必要な物、それと練習。
綺麗になる練習しなきゃ。
僕はウキウキして、窓に映る僕の姿に首を傾げてチュッとキスを送った。
途中、昼ご飯にドライブスルーでバーガー買って、僕の膝の上に置いた。
なんだか、ザンジバルが急に静かになった。
悪態付くでもなく、どこかよそよそしくて、僕は退屈だ。
「ねえ、食べていい? どこかで食べるの? 」
「食べていいよ、どこか景色いいところで停めようかなと思ってさ。」
「じゃあ、僕も我慢する~
あっ! ほら、海だよ! 凄く綺麗! 」
「ほんとだ、暑いから日影がないかな? うん、景色いいなあ。」
休憩エリアの看板見えて、そこに停めることにした。
車から下りて、大きな木の影になってるベンチに並んで座る。
僕は野菜バーガーだね。
でっかいトマトが挟まって、やっぱりこれが最高!
「服、汚すなよ。」
「うん、注意するよ。」
「風が気持ちいいな、ドリンク倒さないようにしなきゃ。」
「ザンジバル、心配性だねえ。」
「まあ、こう言う細かいことに気がつくから出世したんだ。」
「パパりんの上司だっけ? 」
「一応な、俺は親会社の出向だから。
若造が上に付くと嫌な奴は多いだろうな。
だからさ、俺は隙が見せられねえ、ストレスまみれってワケよ。」
「だからギスギスしてんだ。」
「うるせー 」
お化粧汚さないように、ソースまで綺麗に食べる。
そして、限定のジュース飲んだ。
あーなんか今度の限定好み。
「お前は何で女装するんだ? 」
あーー、その質問くるか~~
「可愛いの好きだし~、似合うからいいじゃん。」
「似合うけど、近所のおばさんにも嫌われてるだろ、あれ。」
「あんなの慣れた。
学校に1度スカート履いてったら、変態認定されてシカトだよ~
時代遅れだろ、あの学校。」
ジューーー ジュルジュル
マジで何にもいいことなんかない。
「 …… なんで、そんな…… 人を試すことするんだ? 」
ドキッと、僕の心臓が一瞬止まった。
試す?
そんなの、考えて……
いや、確かに。反応を見て、それから……
「スカートが履きたかったのか? 」
「違うと、思う。
なんで、僕はあの時スカートを履いて学校に行ったんだろう。」
氷だけ残ったコップを持つ手を膝に置いて、遠く空の色を写す海を見つめる。
ビュウと風が吹いて、僕の髪が踊る。
ザンジバルの視線を感じる。
僕に興味を持ってくれる。
それが心地良かった。
ああ、僕はずっと今の時間が続けばいいと思う。
今、彼の心には僕だけがいるんだ。
僕は、ゆっくりとザンジバルに視線を移し横を向いた。
ザンジバルが僕を見つめて、そしてばつが悪そうに袋にゴミを入れていく。
僕の手からコップを取ると、中の氷を口に入れて、ガリガリかじりながら容器を袋に入れた。
え?? マジ??
えーーーー!! それ間接キッスじゃん!
「それ、僕の飲みかけじゃん。」
「別にいいじゃん、車乗るぞ。遅くなっちまう。」
ザンジバルが近くにあるゴミ箱にゴミを放り込んで、さっさと車に戻りはじめる。
僕はあとを追うと、やっぱりこう言うの、放置は駄目だよねと思う。
「…… ザンジバルってさ~、デリカシーないよね。」
「なんで? 氷食うんだった? 」
「別にいいけどさー、女の子なら引いちゃうよ? 」
「お前、男じゃん。もう飲まない物にうるせえんだよ。」
って悪態突きながら、僕にドアを開けてくれる。
これは良し!
ああ、また車の中暑くなっちゃった。
ザンジバルは車に乗ると先にエンジンかける。
これも良し!
これだけ気遣いできる男なのに、フラれた原因ってこれじゃね?
シートベルトしながら続けた。
「会社で女の人が飲みかけのお茶飲んだらどう思う? 」
「ないないない、キモいだろ。」
「キモいって思うでしょ? そう言うの。」
「 えっ …… あー、なるほど。」
「フラれた彼女に、やってたんじゃない? 」
ザンジバルがギア入れて、車を出した。
僕をチラリと見て、チェッと舌打ちする。
やってたんだ~
「別に付き合ってんだからいいだろ。」
「僕はいいけど、女の人はどうだろうね。」
「うるせーガキ。」
「ザンジバル雅史、残念賞です! 」
でっかい舌打ちして、走り出す。
「やっぱ、海きれー! 」海がキラキラ輝いて、窓に身を乗り出す。
「危ないからちゃんと座ってろ。」
「ちぇーーーっ! 」
雅史の反撃に、舌打ちで返した。




