7、美容室のメグミさん
「下りて。ソーダ持っていっていいから。」
駐車場に車入れて、車を降りた僕の手を引き美容室のドアを開けた。
表で看板出して、若い女性が開店準備してる。
「いらっしゃ~い。あら、雅史じゃない、どうしたの? 」
「急ぎでこの子の髪、何とかしてくれ。」
そう言って、ドアを開くと背中を押して中に入れた。
そう! 美容室の中に!
僕は、信じられない顔でそこに立っていた。
手に持ったソーダを握りしめ、ボッサボサの頭で店内を見回す。
美容室だ!
いい~~ 匂い~~
「まあ! ひどい髪ね、あんたまた意地悪したんでしょう。
まさか、暴力振るってないでしょうね?! 」
お姉さんは、なぜかとっさにスマホを取って、電話アプリを立ち上げる。
ザンジバル雅史は、慌てて首を振った。
「違う違う! 運転席の窓開けてただけなんだよ、こんなになるとは思わなくて。」
「助手席ならここまでならないでしょ? 」
「後ろの席…… 」
ばつが悪そうにザンジバルが顔を歪めた。
「窓開けて走ったの? ここまで?!
ちょっと信じられない。こんなオシャレしてるのに、ひどい男!
ほら、こっちに座って。
あんた、表掃いてきて! 店の周りぐるりよ! いいって言うまで入らないで。」
「え~~、暑いのに。うん、うん、わかった、頼むよ。」
彼がホウキ持って出ていくと、ちょっとホッとした。
「ひどい目にあったわねえ。」
髪留め外して何か吹き付けて髪を解いて行く。
わぁ~、何もかもがいい匂い
時々引っかかるけど、魔法みたいにさっさとほどけて行く。
しっとり濡れた髪からは、パパりんがやってくれた、くるりんが取れてしまった。
真っ直ぐに顔を上げて、鏡を見る。
美容師さんは、30才台くらいかな。
結い上げた髪は金髪で、それが荒れた感じじゃなくて、とても綺麗だった。
「男の子の髪は久しぶりだわ。どうしようかしらね。」
「やっぱり男ってすぐわかりますよね。」
「わからないわよ、小柄で可愛いし。ね、可愛いのが好き? 」
「はい、可愛い目指していっぱい着飾るのに、やっぱりなんか違うのかな。
みんなの見る目がとても冷たいんです。
最近はキモいってしか聞いたこと無い。」
「まあ、ひどい。そうね、ほら見て。
あなたはほっそりした顔で、顔のパーツがとても綺麗よ。
可愛いって言うよりも、綺麗。
年、いくつ? 」
「高2だけど、実は…… 18なんです。受験に失敗みたいな感じで。」
「そう。きっと、可愛い時期を終わって、綺麗な時期に入ったのね。
髪、切って揃えていい? 」
「もちろんです。」
さっとケープ広げて、僕に着けると颯爽とハサミが踊り出す。
シャキシャキシャキ
僕は楽しみで、目を閉じた。
「いつもどこで切ってるの? 」
「パパりんに、家で切って貰ってます。へたくそなの。
ほんとは美容室行きたいけど。」
パパりんはいつも知り合いのところで、僕だけは、なぜか近所の床屋に連れて行く。
だからね、おっちゃんに勝手に短く切られそうで怖いんだもん。
「まあ! うふふ、そうでしょう、そろってないもの。
優しいパパね。
服、とても素敵よ。落ち着いて、派手さを押さえて上品な色。
あなた趣味がいいわ、オシャレの方向性がバラバラって言うだけね。」
「方向性? 」
「そうね、どんな姿を思い描くかの方向性。服とバッグは落ち着いて上品だけど、メイクがギャルだわね。どちらを目指したいの? 」
「わかんない、可愛いって思ったの、どんどん足していくだけだから。」
ふうんと言いながら、お姉さんは髪を整えていく。
誰かに助言もらいたい。
何をどうすればいいのかさっぱりわかんない。
「パニエ、ボリュームがあるわね。一枚? 」
「いえ、2枚重ね履き。」
「そう、髪を切ったら一枚脱ぎましょ。ボリュームがありすぎるわ。」
「はい。」
「お化粧もしてあげるわね。」
「えっ、ほんとですか?! 」
「ええ、あなた素材がいいから、やりたいのよ。
綺麗な顔だもの。パパとママ、美男美女? 」
「あはは! そっかなあ、毎日見てるからわかんないけど、そうかもしんない。」
うふふって笑う声に、思わず目を開けた。
わあ、ほんとに美容室だ。
少しずつ髪上げて、それを一つ一つ下ろして切ると、魔法みたいに綺麗にそろって行く。
美容師さんと目が合って、ふふって笑い合った。
「いつまでも可愛いだけじゃ駄目よ。
綺麗も勉強しないとね。みんな綺麗は大好き、見る目も変わるわ。」
「はい、美容師さん。」
「メグミよ、いつでも来なさい。あいつに連れてきてもらえばいいわ。
うんとこき使って、振り回せばいいわ。どんどんのめり込むくらいにね。」
「うふふ、はい。」
僕は、ここに来てよかった。
自分に何が似合うのか、今の自分がどう変わったのかが自分でわからなかったから。
ドライヤーをかけながら、ブラシで髪がまっすぐに伸ばされていく。
軽く内に巻いて、綺麗にボブに整えられると、何か、鏡に映る僕はすっきりしてどこかのお嬢様のようだ。
前髪をピンで上げてリムーバーで化粧を落とし、熱いタオルで顔を拭く。
基礎化粧品を塗り、ファンデーションを薄くのばす。
あれ? いつものファンデーションより一つ明るい。
白塗りみたいになるのかなと思ったけど、こんなに明るくなるんだ。
「少し上向いて。」
メグミさんが僕の顔をキャンバスに、手際よく化粧をして行く。
くすぐったくて、気持ちいい。
桜色の口紅引いて、チークの位置も、濃さも全然違う。
「付け睫毛なんていらないわ。あなたはマツゲが長いから、マスカラで十分よ。
アイラインはこんな風に、目に入らないようにね。
あなた切れ長で素敵な目だわ。
目の下にハイライトはいらないわね。
眉は太いと男らしくなっちゃうから、細く、上品に、ね? 」
「はい」
僕は、自己流の化粧が、今の自分の顔に合っていなかった事を教えてもらった。
僕の化粧は、中学校の頃からあまり変わってない。
いや、どんどん足し算していった。
駄目なんだ。ただ足していくだけじゃ。
やること増えるたびに、綺麗になっていくんだと勘違いしていた。
お姉さんが、僕の化粧を根元から変えて行く。
僕は今まで、観葉植物なのに花を付けなきゃ駄目だと思ってた。
観葉植物は、葉を美しく見せればいいんだ。
それで十分だし、それが観葉植物としての生き方だったんだ。
僕は、この一時で生まれ変わったような気がした。




