10、僕を大切に思ってくれる人
僕は、ザンジバルと手を繋ぎたくて、その機会をうかがっていた。
信号待ってると、彼がのんびりあくびして手首を持つ手が緩む。
今だ!
サッと手を引き抜いて、手の平返すと手を繋いだ。
「わあっ! 」
ビックリして、ザンジバルが手を離そうとする。
僕は負けじと握り続けた。
「な、な、なんで手を繋ぐんだよ! 」
「色気のないつなぎ方って、なんかやだもん。」
「こんなの、仲いいみたいだろ! 」
「仲いいじゃん、僕ら恋人だし。」
「ウソ言うな! お前だって恋人とか思ってないだろ! 」
「うるさいなあ! 恋人に恥かかせて何が面白いんだよ! 」
「お前恋人じゃねえし! 」
ふうん、そんなこと言うんだ。
顔真っ赤にした相手に~
「じゃあ、僕って何なのさ。」
「部下の息子。」
「ふうん、」
面白く無い。
僕はパッと手を離して、車が来るのも構わず赤を渡って車の方へ歩き出した。
「あぶなっ! おい! え、えと、ま、 マリルー! 」
マリルーなんて、僕の名前じゃない。
彼は未だに僕の名前さえ知らないんだと思うと、胸が痛くて悲しくなってくる。
僕を大事だと思う人は、この世のどこにいるんだろう。
パパりんは、僕を大事だと思っているのかも怪しい。
そりゃあ定時で帰るけど、ご飯作ってくれるけど、
小6でママと別れてから、僕をどこにも連れてってもくれなくなった。
車を手放すとき、ママいないから、もう使わないねって言った言葉がショックだった。
僕なんか関係ない。ママがいたからドライブしてたんだ。
あんなに楽しかったドライブは、パパりんとママ、2人だけのドライブだった。
はしゃいで懸命に2人の気を引こうとしてた僕は、ただの邪魔な騒音だったと思い知らされて、悲しくて身体中から力が抜けた。
パパりんは僕を見て無い。
休日はすぐいなくなる。
エサとトイレの世話しかしないペットと一緒じゃん。
熱出して学校休んだ時も、中学生だからってあれはないよ。
タクシーで病院に行きなさいってパンとお金だけ置いて会社に行って、結局病院の先生に電話で怒られた。
ほんとに馬鹿、馬鹿野郎だ。
バーカ! バカ、バカ、僕なんか、なんで生きてんのかこれじゃわかんな……
パシッと手を握られた。
振り向く僕が泣いてるの見ると、ザンジバルが少し驚く。
視線を泳がして、何言っていいのか探してる。
「車…… そっちじゃないから。」
そう言って、ポケットからハンカチ出して僕に渡すと、手を繋いで歩き出した。
「悪かったよ。…… 名前、なんて言うんだ? 」
「海って書いてマリン。
ママがキラキラネーム付けちゃって。」
「いいじゃないか、マリンか。それでまーちゃんなんだな。」
「違うよ、パパりん、この名前嫌いなんだ。
お爺ちゃんもお婆ちゃんも、誰1人僕の名前は呼ばないよ。
恥ずかしいんだってさ。」
「なんだ、それでまーちゃんか。クソ野郎だな。」
「だって、パパりん、ザンジバルと同じ種族だから。」
「何だよ、それ。」
「変なとこばかり気が利くのに、人の気持ち考えるのが下手くそな ダサ男族。」
「悪かったな! 」
ドアを開けて、僕を座らせると自分も乗り込んだ。
もう帰っちゃうのか。
短いなあ、こんなに綺麗な1日なのに。
今日だけのシンデレラなのに。
寂しい気持ちを知らないザンジバルは、とうとう家へと車を発車した。
車の中で、しばらく黙ってた。
窓から見る景色は、色が陰って重く見える。
来るときあんなにキラキラしていた海は、どんより白波立てて、キラキラが消えてさび色の空を写してる。
信号で止まると、ザンジバルがラジオを付けた。
丁度音楽が鳴って、昔の歌が流れる。
ザンジバルが、合わせて鼻歌歌った。
『 ラブリー ラブリー デンジャラス、
氷のようなヤイバを手に、君のために、血を流す
Only love will save you 』
「くっさい歌、古すぎ~ 」
「ばーか、このグループ流行ったんだぞ~
でも、あっという間に引退して、余計人気が上がったんだけどさ~
引退は引退だもんな。その後なーんも出ない。」
「ふう~ん」
「なあ、兄弟とかいないの? 」
「いないよ、だってママは僕1人でキャパオーバーしちゃったんだ。」
「離婚したんだったっけ? 」
「そ、ママはまだ遊びたいギャルで、遊びたいのに遊べないから、いつもイライラしてた。
ママはパパりん大好きで、でも家事が下手だったから、パパりんは一生懸命家事してたんだ。
僕が小学校に入学して、ママは毎日オシャレして町に遊びに行くようになったんだ。
高学年になると、僕はパパりんが帰るのを待つ毎日だったよ。」
ああ、僕は何でこんな事喋りはじめたんだろう。
ママの話なんか、誰にもしなかったのに。
「ふうん、若い奥さんだったんだな。」
「逆、2才上だよ。パパりんは17、ママは19で結婚したから。」
「高校生で結婚か〜 」
「パパりんは通信制の高校だったんだって。もう中卒でお勤めに入ったらしいから。」
「中卒で勤め?! 家が貧乏だったとか? 」
「そんな感じ、だから僕にはちゃんと学校出て勉強して欲しいんだよ。」
「17と19ねえ…… はじけてんなあ。だからお父さん、若いのか。」
「パパりんは誕生日が12月なんだ。
だから、ママは一つ違いだって言い張ってたけど。
だから、若いからさ、いっぱいまだやれることがあるんだよ。
だから……
僕とパパりんはさ、油断しちゃったんだ。
外出すると、凄く機嫌が良かったし。
でも、小6の時、学校から帰ったら、あっさり離婚届置いてバイバイって出て行っちゃった。
パパりん、衝撃だよ。
ああ、やっぱり~~って。
でもさ、これがママのためだからって、二人で頑張ろうねって。」
「ひでえ母ちゃんだな。今どこにいるんだ? 」
「知らない。年賀状だけ来るけど、住所がないんだ。
生きてるよー! ピースピース! って、毎年書いてある。
時々海外のハガキなんだ。
何してんだろ、ギャンブルかな? あはは! 」
「なんだそれ! あははは! 変な母ちゃん。」
変じゃない、きっと、遊びとかじゃ無くてママは自分のやりたい事してる。
「変じゃないよ、ちゃんと仕事してるんだと思う。
僕は遊びに行きたいんだと思ってたけど、ママの視線はもっと真っ直ぐしてた。
きっと、パパりんのために辞めたお仕事に戻りたかったんだ。
ほんと、ママはさ、それでも僕を小6まではきちんと我慢して育てたんだよ?
中学の学生服姿見て、ビューティフル!って、ギュウッと抱きしめてくれた。
もうさ、十分だよ。
どっかで幸せなら、それでいいやって感じ。」
「ははは…… 物わかりいいガキ。」
「でしょ?! ねえ、いい子って頭なでて! 」
「はあ?! 」
「ねえ、おねが~い! 」
えいって頭を肩に寄せたら、あー、もう~とか言いながら、いい子いい子してくれた。
こんなに、自分の話聞いてくれる。
いつの間にか心の中にいっぱいたまっていた物を、僕は雅史に吐きだして、気持ちが軽くなっていくのを感じていた。




