3.女塾
──「何ですの? じっと見て? 何か変で御座いますか?」
朝から殿下がじっと私を見ている。
「あ、いや、すまぬ」
殿下が珍しく俯き加減で謝ってきた。
「何かやましいことでも? おありなのですか?」
「違うわ! そっちは絶対ない! 一生ない! お前以外を俺は抱くことはない! 安心しろ!」
ちょ、朝から何を……堂々と恥ずかしいことを宣言してるんですか……
「いや、綺麗だなと思って」
「は?」
「は? は無かろう。折角褒めたのに、しかも容姿をだぞ?」
何かちょっとトゲがある言い方のように思えたのは私だけかしら?
「いや、元々可愛いとは思っておったぞ? それが何か最近可愛いより、いや可愛いは今も変わらんが、綺麗になったような……」
何を朝から言っているんだこの男は。そりゃあ、可愛い、綺麗って言ってくれる旦那様は嬉しいですよ? でもね、それ貴方が言うと……嫌味か? と凡人は思うのですよ。寝起きだと言うのに、その辺の美女より美しい男性に言われてもねぇ……
「何だ? 気に入らんのか?」
「いえいえ? 嬉しいですよ? でも目の前の美男子には、まだまだ及びませぬゆえ」
「あーーこれか? 切ろうかなあ?」
殿下が自分の髪を掴みじっと見ている。
「待って! 駄目駄目! 駄目って!! 私が皆に殺されるわ!!」
「は? 何でそうなる?」
「何ででもです! 絶対勝手に切ったりは無しですからね!! 絶対ですよ?」
「まぁ? お前がそういうなら? って、お前長い髪の男が好きなのか?」
危な。皆の非難を受けるとことだったわ。麗しの君の代名詞とも言える、その綺麗な紫かかった御髪をですよ? こともあろうか切るだなんて。ありえませんし!! そもそも民だけじゃなく、最近では武官達でさえ、紫の君は厠に行かない伝説が真しやかに囁かれはじめていると言うのに。
「あ! そう言えば! 殿下! わたくし背が少し伸びておりました!」
そうなのだ、自分でも驚いている。成長期はとっくに止まったと思っていたのに、大器晩成でしたのかしら? ふふふ。
身長が実は伸びていたのだ!
まぁ三センチちょっとではあるが……。
「測り間違えでは?」
「違います!!」
そう言って殿下の目の前に立つ。
殿下が上から見下ろす。
「変わらんぞ?」
くそう! その差三十センチ!! 三センチの誤差など微塵となり消えていった。
「それよりこっちのほうが? 育ってきたのでは? 腰も細くなったようだし?」
そう言って殿下の手が私の小ぶりだった双頭の丘と、腰に手を回す。
「ちょ、と……殿下!!」
「これも一重に俺の精進のお陰だなぁ?」
「もう!! 貴方!!」
「お早くお仕度下さい!! 遅れますわよ?」
「はいはい。では後程な」
そう言って彼が頬に口づけして去って行った。
「うーーん? やっぱり毎日のこの甘やかされた生活のお陰なのかしら? でもやっぱり旦那様の為にも綺麗にならないとね? 結! 手入れをお願いしてちょうだいな?」
「承知しました」
最近私達は、年頃の侍女も多いと言うこともあり「美」の研究、いや勉強に熱心に励んでいる。
それもこれも三木堂からの「白珠油」こと「真珠エキス」の化粧水と乳液や、美顔エステ、痩身エステを互いの身体で行っている。
白粉を使う化粧ではなく、日焼け防止対策だけはしっかりして素顔に近い美肌を目指していた。
「御方様、御用意が整いました」
「有難う」
私は殿下の寝所のとなりに誂えた私の個室の寝台に寝そべり、慣れた側近の侍女に痩身とツボ押し、血行をよくするマッサージを全身行ってもらっていた。
「昨夜はずいぶんと……でいらっしゃいましたのですねぇ」
「……コホン」
そう、殿下がたまに身体につける痕によって慣れた侍女でないと、恥じらい逆上せてしまうのだ。
「最近如何ですか? ちゃんと?」
「……え、ええ」
「ならば良いですが、我慢は宜しくないですしねぇ?」
「は、はい……」
「妃殿下、ちゃんと相手が気持ち良くなれるように努めておりますか?」
「え?」
「妃殿下? もうその辺の童女ではないのですよ? 殿方を喜ばせることも妻としての努めですよ」
「……すいませn」
「最初は余裕もなかったのは仕方がありませんが、いつまでもそれでは殿方だって興が削がれます」
「え?」
「当たり前でしょう? 何も努力せずしてずっと同じ寵が? と? そんな甘いことを本当に信じておいでですか?」
「え?」
私はあまりにもこの女性の明け透けと言う本音を聞いて、ちょっと心配になっていた。
この女性実は、本来の職は私の医官として宮に雇われた。
本業は勿論、医師であるが、こうしてツボ押しや痩身、マッサージや灸など含め、私の健康管理だけでなく「美」にたいしても師の存在だった。
そして最近は、夜の事の師でもあったのだ。
「勿論殿下の、妃殿下に対する愛は本物で御座いますよ? だからと言ってそれにあぐらを掻いている女をずっと何十年も抱いて、満足すると? 義だけで寵を受けることに意味が御座いますか?」
最もな意見である。ましてや相手は引く手あまたの地位も名誉も容姿も頂点に立つ御方。いくら生涯後宮を持たないと言っても、それはあくまでも私への寵愛が続いたらの話しだ。
彼の性格上、一度自分が宣言したことを違えることは絶対しないだろう。
側室を持たないからと言って、なら私への寵愛がずっと今と同じである? と言う意味ではない。
改めて現実を言い渡された気がした。
世の中レスの夫婦なんていくらでも存在していることを私は頭の中から、勝手に消し去っていたのだ。
「で、では……医官殿……わたくしはどのように、努めたら?」
ちょっと怖い気もしたが、背に腹は変えられない。この女性に恐る恐るたずねた。
彼女は医官とは言え変わった経歴の持ち主だった。
元々は貧しい家に産まれ、口減らしの為に遊郭に売られていた。だが、そこでの才女を見初められ、大店の妾として身請けされた。
が、旦那になった主人が早くに亡くなってしまい未亡人となった彼女は、手に職と勉強し、産婆の免許を取得した後、店主の遺産でなんと外国に留学し、医術を学び、国内に戻り医官の試験に合格した、国内初の女性医官殿だ。
「では、此方へ」
そう言って私達を手招きした。
少し若い侍女を寝台に半ば無理やり乗せ、なんと自分が覆いかぶさり、色々と手ほどき説明していく。
おいおい……。何を朝から……
「御自身も腰を使い相手の流れを受け入れながら、そして時には自分から大胆に。このように」
「い、医官殿」
寝台の侍女が艶かしい声を上げる。
こらこら、何を教えてるんだ。彼女はまだ生な娘ですからね?
だが、皆の目は真剣に医官殿の「講義」を聞いている。
そして終わりに医官殿が私の耳元で小声で呟いた。
「彼君は、あっちの方もお強いですので、しっかり精進なさいませ奥様」
「………」
それから、侍女達のたっての希望でこの指南の日を定期的に開催されることとなり「女塾」と秘密裏に彼女らが名前をつけたことはまた、別の話




