2.神の悪戯か?
──「お前さあ、職権乱用だろ? これ」
ある日の午後、殿下の執務室に一人の男が、主からの呼び出しを受け、馳せ参じていた。
ちゃんと上掛けを羽織り準備万端で望んだ。
交換条件と、新案を持ち。
「何で詰所にお前単独の部屋が必要なんだ?」
「太政大臣としての職を全うする為で御座います」
男は悪びれもせず、寧ろ当然でしょう? と、でも言うが如く飄々と答えた。
「何故、なら単独に?」
「機密事案や、官らの個人資産の管理、健康診断やら個人情報を扱う資料を伴う為の、やむを得ない処置で御座います」
男は尚も真面目に飄々と答えた。
「それは職場で行えば良かろ?」
「資料の保管は職場に。ですが、官達には周りに知られたくない案件の相談がたまに御座います。殿下もよくご存知かと」
そう、悩みもあれば、内宮だけでも何千と働いている者が居る。
当然表に出せないような案件は沢山ある。
支宣が、赤子のまま左大臣家門前にわざわざ置かれた理由他、太政大臣と言えば表舞台の総括者と捉えがちだが、その仕事は、裏の仕事を含め多岐に渡る。
冷静沈着、頭の切れ、決断力、行動力お上への忠誠心、全てをとってもこの職を、残念なことに目の前の男以外この国に任せれる者が居ないことに、彼は天を仰いだ。
彼の負けである。いや彼の諦め?
なんだかんだで、可愛いのだ。
「なら単独で別棟を護衛長と同居で建てるが良い」
支宣の完成勝利だった。
「有難き幸せ。殿下此方をご覧頂きたいのですが」
支宣は、大きな紙を机に広げた。
「ん? これは? 御所の?」
「現在の建築予定地を倍に広げ御所内に御料地畑や、親王殿下らの遊び場や遊戯場の場を設けます。有事の際は軍の夜営地に転換出来るので」
「親王殿下って……」
「いずれを考えての用意で御座います」
「御所内に畑を?」
これには殿下も驚きの表情をした。
「親王殿下に果物や野菜を収穫したりする体験と、豊穣を感謝することを幼少期より教育する為と」
帝の仕事は国の泰平。
泰平には色々あるが、一番は食の安定だ。それが安定しないと、争いになり治安も荒れる。
この時代、富国強兵が理想像であった。
「有事の際用に現在の朱雀門の倍の門、鳳凰門を建設します。光潤陛下の御威光を内外に示す為現在、国中から真鍮を集めております。柱は御影で作成します」
「は? 真鍮? 柱は木ではなく御影を?」
今日一番の驚きの声が上がる。
御名を口にしたことや、陛下と呼んだことを問われなかったことに、男は安堵していた。
「不滅の鳳凰が斬られることは決して許さませぬ故。我々臣下の覚悟の象徴を光潤陛下には背負って頂きます!」
そう言って男は片膝を付き、臣下の最敬礼の姿を取った。
「良かろう。しかとその役目受けよう」
◇
「これ要るか? これ完全にお前らの職権乱用だろ?」
「一応念の為に? 備えとして?」
新しい建築予定地には、現在における釣り堀や、バーベキュー施設、ミニサッカー場や、乗馬場等の建築予定案が記されていた。
後宮を併設しない分、小さめになる予定の新御所建設案は、本日を持って、建国以来最大の御殿、御所になることに決定した。
「で、お前これ金大丈夫なのか?」
真面目な顔で彼は男に聞いた。
「あ、人足賃は陛下と皇后陛下の人気のお陰でかなり安くなりましたし、寧ろ無賃でもとの参加希望者が連日たえません」
男は相変わらず、淡々と語る。
「足らずは国債を発行する予定です」
「は?」
「あ、ご心配なく。利息を払えなくなるような下手はしませんから、一次的に利息の良い物を発行して、金を集約するだけで、五年で全額回収してみせます」
「担保は?」
流石殿下。やはり気づくか。
支宣は、この時の為に真夏だと言うのに厚着をして来たのだ。
「……金山を五年程、御貸し願えませんか?」
「お前!!」
雷が落ちたのは言う間でもない。
この国の財政は比較的潤沢だった。
その背景には気候風土の安定もあるが、一番は、金山の保有だった。
数カ所の金山はあるが、国内最大の金山は代々皇家、天皇陛下の個人所有である。その売買の収益で皇家の生活費他は殆ど賄える程の資産だった。
それとは別に、当然陛下や皇后にも給与は支払われている。
その最大の財源を、国債がもしもの際は担保にしてくれと、この男は言ってきたのだ。
今より五年内で金の価格が上がれば何ら問題ない。多少利息を払ってもお釣りが出る。
ただ、国債が下がれば担保にした金山を下手したら手放すことになる。皇家所有から国の資産に切り替わる。
「絶対に死守します!」
いつになく本気の目をした、目の前の男の商才に俺は掛けてみることにした。
これはある意味博打だ。
自分の資産を掛けて、国を護るのであるなら。
「良かろう」
「え?」
あっさり許可してくれた主に驚きの表情を見せた。
「え? ってお前! 守るのだろうなあ? あ、一つ条件がある! 連帯保証人に、藤の家三人の名前を入れてこい。それが条件だ」
「え?」
「あたり前だろ? 無条件で貸す訳がなかろう?」
「半分でいけるか? 再度再計算しても?」
「殺されたいか?」
既に主の手は腰の物に。やめて下さいよ。今日は誰もいないのですから……
支宣が小さくなっている時に、荒々しく執務室のドアを叩く音がした。
──ドンドンドンドン
「緊急事態で御座います!!」
声の主は裕進のようだった。
「何事ぞ? 入れ」
殿下自らが答える。彼は幹部であるので入室には問題ないのだが、その慌てよう。
支宣は嫌な予感がした。
「大変で御座います!!! 新たに東の地に金脈が発見されました!1」
『は?』
二人は互いに顔を見合わせた。
「何で今?」
支宣はたずねる。
元々東の地は金脈が多く、殿下の資産の金山も東の地にある。それ以来あの辺りは過去にも何度もくまなく調べているはず? 今更何処に?
「開墾を進めるにあたって水路建設を新たに行うのに、何箇所か地層を調べるのに掘り進め、その一箇所から金脈が発見出来ました!! かなりの広範囲と予測されます!!」
「は? 地下から?」
支宣は驚いた。
「あの辺りは温泉も出ておるしのう。まあ火山岩層であるなら、地下に宝が眠っていてもおかしくはなかったな」
「米どころではなくなったの? 支宣よ、そして余の資産も安泰になるかのう?」
そう言って殿下は高笑いした。
まさに持ってる御方である。
建国以来の美丈夫と言われる容姿。誰もが認める剣の腕。頭の良さは言わずもがな。
人を惹きつける人望と、その男気に彼を神の子と崇める者多い。
それに加え、この強運である。
金鉱石山の発見ですら、建国以来初なのに、加えて金山まで見つかるとは。
正に神の仕業か、悪戯か?
支宣は目の前の主に、本当に人間なのか? 改めて疑惑を感じていた。
──湯殿での姿は……そりゃあ綺麗ではあるが……変わりは特に。
「おい! 今、何を考えた? おぬし?」
絶対人間じゃないわ……この人。
と、改めて思った支宣であった。




