15.命の重さ
結局「はじめての旅行」は来月行うことになった。
それより今日は朝から皆がバタバタしていた。
「結~~支宣様の烏帽子の簪これにして頂戴。殿下が御用意されたのを」
「承知しました」
今日はこの国初になる、褒章の授与式であった。
一般の論功行賞の後、行われる。
「支宣様! 動かないでください!!」
うん。うちの精鋭達は厳しいのですよ。支宣くん。
「御方様、準備が出来ましたでしょうか?」
「はい。大丈夫です」
「では、後でね? 支宣様」
そう言って私は先に会場へ向かう。
既に会場内には武官、文官共に整列していた。
「では、御方様」
結に手を取られていた私は、その手を裕進様と替わる。ここからは侍女である結は入れない。
最初に、宰相である惟光様が論功行賞の該当者に目録を授ける。
「では次に、新設された紫綬褒章の授与に入る」
司会役から促され、受賞者が一列に並ぶ。
一人一人に殿下が御声を掛けながら勲章と賞状記念品を渡して行く。
「次に、桜綬褒章の授与に入る」
支宣様が通路の真ん中を歩いてくる。
白地に薄紅色、薄紫、藍色とグラデーションに染めた衣に、左大臣家の「花」藤の柄を背にあしらい、袴は藍色を選んだ。五つ紋には桜の紋を入れた。
烏帽子の簪にも桜の銀細工を用意した。これは殿下が自らデザインしたものだった。
殿下の意向で、桜の紋が入った正装は二度と作られることはない。
最初で最後の姿である。
支宣様が近づいて来るにつれ、皆がざわつく。
「お、おいあれ……」
「桜?」
「あれって御方様の??」
「なんであいつが??」
支宣様は長く殿下の側近を努めていたが、彼は無冠であり出自においても彼が養子であることは、知っている者が多かったと聞いた。(私が知らなかっただけであったのだ)
その為、影でかなり虐めを受けていたと聞いた。
今でも高位官僚には軽視している者もいると。
そんな話しを聞いていても殿下は何も彼に言うことはしなかった。
また、支宣様も殿下や左大臣家の者を頼ることはなかった。十二の終わりに家を出て以来彼は一度も実家には帰っていない。
「──ここに桜綬褒章を贈ります。おめでとう。支宣様」
そう言って私は彼に勲章と賞状、記念品を授ける。
そして、彼を軽く抱きしめた。
「良く頑張りましたね。これからも殿下をお支えくださいね?」
「はい。御方様のお力にも必ずや」
これくらいは良いですよね? 貴方?
「お、おいあれ……」
「御方様が……」
「あいつに付いたってことか?」
「静まれ!! 御前であるぞ!!」
裕進様の怒号が響いた。
ここに彼の後見人が皇太子妃殿下であると言うことを、皆に私は知らしめたのだった。
「過保護よの」
殿下がポツリと言う。
「可愛い息子ですからね?」
「要らぬは、あんな面倒な男」
そう言って殿下が支宣様を優しい目で見ていた。
──でも、そうすることを望んだのは貴方でしょう?
結局は過保護ですわね? 父様?──
私は敢えて口にしなかったけれど、彼のこういう優しさが人を惹きつける魅力だと改めて思った。
そんな中、人目を憚らず泣いている者が二人いた。
◇
『おめでとう!!』
殿下の執務室に帰って来た支宣様は、皆からお祝いの言葉を受けていた。
「あ、有難う御座います」
恥ずかしそうに答える支宣様が、小さな子供のように見えた。
「殿下、これってまた背が伸びたら、同じ意匠で作り直しても良いですか?」
「駄目に決まっておろう。一着のみと申したろ? 阿呆か!」
「ええええ? どうしよう。なら毎日着るか? あ、いや、そうしたら痛むしなぁ……」
真面目に悩んでいる支宣様を見て、私は笑いそうになった。
こんな子供の顔をした彼を見たのは初めてだったから。
「支宣様。此方へ」
「何でしょうか? 御方様?」
「よく今まで堪えましたね? 偉かったですね」
そう言って私は彼の頭を撫でた。
「お、御方様……御手を、御は、なし……う、後ろ後ろ!!」
「え?」
振り返った時には既に遅かった!!
「宣よ? 斬首と絞首どっちが良いか? 選ばせてやるわ特別に。申してみ?」
「殿下? まぁまぁ。今日はめでたい席ですしね?」
「あん?」
やばい、結構怒ってるかも!!
そそくさと皆が部屋から出ていく。
私は惟光様の方を向く。
彼は首をブンブン振っていた。
裏切り者め!! トイプー!!
私は支宣様の背中を掴み二人で同時に頭を下げた。
『申し訳ございませんでした!!』
でも支宣様は何も悪くないですけどね? 寧ろ被害者かも?
「凛花。立場をわきまえろ少しは」
仰る通り。今回は私が悪いです。
「申し訳ございませんでした」
私は目配せして、支宣様も退出させた。
「ごめんなさい。浮かれておりました」
「支宣は臣下であるぞ。その意味を考えろ」
珍しく殿下が私にキツめに言った。でもそれは正しい。彼の生い立ちはどうであれ、彼は息子ではなく臣下だ。その彼を皆の前で特別扱いするのは、公人である私がするのは許されない行為だった。
「申し訳ございませんでした」
「二度目はないぞ?」
先程までの硬い表情はとけて、普段の殿下に戻っていた。
「すいません……」
「国母となるには、時には鬼にもならねばならん。その覚悟がなければ民を守ることは出来ん。わかるな?」
殿下は諭すように私に言う。
「もしもの時は俺の命と引き換えに盾となる。それが例え、支宣や惟光であってもな。それはお前にも同じだ」
「はい」
「国を治める者とはそういうことだ」
あまりにも重い言葉だった。
分かっていたようで、私は全く分かっていなかった。逆に彼らを盾にしてでも私達、いや、殿下は絶対に生き残らないといけない存在なのだ。
命の重みは同じだが、実際は臣下と天子。その間にある壁は決してなくなることがあってはいけない壁だ。
「浅はかでありました」
「徐々に分かっていけば良い。まだ期間はある」
そう言って殿下が私の頭を撫でた。
悔しかった。殿下に諌められたことがではない。
そんな当たり前のことさえ気づかなかった愚かな自分に、私は悔しかった。
帝に嫁ぐ者、その心得が私にはまだ足りていなかったのだ。
「ごめんなさい。化粧を直してきます」
子供じみていると思われても良い。私は一人になりたかったのだ。
愚かな自分に許せなくて。
「ちょっとまだ早すぎたか……」
彼は彼で、産まれながら皇族として育った自分とは違い、民間、しかも異世界からたった一人で誰にも言わず、自分だけが頼りの愛する妻に、少し言いすぎたかな? と反省していた。




