14.良妻と少年
「流石にそれは……いくら御方様の御願いでも……私が許したとて、父上が……」
私は今、惟光様と話しをしていた。
「為時様に話しをさせて下さい!!」
私は惟光様に頭を下げる。
「お、お止めください!! 妃殿下!! そのような、臣下に頭を下げるなんて……」
惟光様が急いで私を制した。
「私には臣下はおりませんよ? 皆、私の子ですから」
そう、私は国母になるのだ。
「一応は父上には話してはみますが……ご期待は」
「御願いします」
私は惟光様に頼んだ。
──「いくら御方様の願いでも、この為時、承服しかねます」
でしょうね。だからと言って引き下がるなら、最初から口にしてないのが私です。
「では為時様は殿下に一生、国の為だけに生きろと?」
「誰もそんなことは!!」
「言わなくてもそう言うことではないのですか? 彼は外の風景を見ることさえ許されないのですか?」
「それとこれとは別で御座います!」
為時様が激高するが、そんなことで引き下がれない。
「そんなことは私も存じております! それをどうするか考えるのが、あなた方臣下の仕事ではないのですか? あれは駄目、これは駄目と言うだけなら、その辺の老害と何ら変わりませぬ!! その頭は飾りものですか!」
「ろ、老害……」
「お、御方様……」
「り、凛花様……」
犬兄弟が、ポカンとした口を開けている。
「別に何日も! などとは申しておりません! せめて半日だけでも彼に十九の青年らしい時間をお作り願えませんか? 為時様。どうか御願いします」
そう言って私は為時様に床に頭を付けるぐらい頭を下げて御願いした。
「お、御方様、お、お止めくだされ。頭をお上げください!!」
「父上! 私からも御願いします!!」
「父上! できる限り協力しますので何とかお考えください!
兄と、弟も一緒に私の横に並び左大臣家当主に懇願した。
「……。善処はしますが、お約束はできませんぞ? 御方様」
「はい」
「惟光、案をねるぞ! 宣も付いて来い!」
そう言って為時様が、息子二人を連れて自分の執務室へと向かった。
◇
それから数日が経った朝、殿下の執務室には人払いの札が掛けられていた。
「これは?」
「書いてある通りで御座います。御承認を戴きたく」
「どういうことだ?」
「良い伴侶と出会えましたな光潤様。反対するだけならその辺にいる老害だと言われましたわ。ハハハッ。ただし、これが限界の案で御座いますよ?」
殿下に少しばかり嫌みを言ってみた。
「ハハハッ。流石の跳ねっ返りだな」
殿下は珍しく声を上げて笑っている。今まで御誕生の時からずっと殿下に仕えてきたが、こんなにも人目を気にせず、幸せそうに破顔して笑われた殿下の御姿は初めて見た。
常に全てが完璧で冷静沈着。誰にも頼ることはせず、その全てを御一人で背負ってこられた。「辛いや淋しい、苦しい」など一度も漏らすこともなく、忍耐強くその御立場を努めてこられた。
だが今、目の前にいるこの御方は紛れもなく十九の青年だった。
あの娘の言うように、ほんの少しの我が儘を聞いてやっても良かろう。
若干、十五の頃より彼は常に我々を引っ張ってきたのだから。
為時は、自分のしてきた愚かさを反省していた。
「為時、一つ我儘を言ってよいか?」
「なんで御座いましょう? 内容にもよりますが?」
「馬車ではなく騎馬隊で行きたい」
殿下がとんでもないことを言い出した。
「は? いくら何でもそれは、殿下のみならまだしも、御方様もおられますし」
「ハハハッ。心配ない。あれの乗馬の腕前は宣以上だ。いや、その辺の武官より上だな」
「え??」
「あの駿蘭に初めてで乗って走っておったわ」
「ええええ? あの気難しい駿蘭にで御座いますか?」
何ともまぁ……な夫婦であった。
駿蘭とは、殿下の愛馬のひとつで、少し小さめの白馬だ。元服前に殿下が狩りの際に好んで使っていたが、賢い馬ではあるが気性が非常に荒く、自分が認めた者以外を絶対に背に乗せないと言う伝説の名馬だ。
「念のため二手に団を分ける。影武者を頼むぞ」
「御意」
行き先は、都の田舎町に左大臣家が代々所有している別荘で、町の者も左大臣家ゆかりの者が多く、為時様の甥がその地を任されている。
温泉も出て風光明媚な場所だった。
◇
「まさか御方様がここまで乗馬が御出来になるとは夢にも思いませんでした。我々に一歩も遅れず付いておいでになるとは……」
為時様が、私の方を見て驚いた顔をされる。
そう、実は今日は「秘密の旅行」に先立ち、乗馬の腕前を確かめる為に宮に近い御料地に来ていた。
急ぎ同行する面子を決めたのだった。
殿下が移動手段を騎馬でと提案したのは、決して我儘からではない。馬車を連ねてゆっくり移動すればするだけ時間を要し、当然道中のリスクが何倍も上がるからだ。
精鋭の騎馬隊で一気に走り抜ければ、もし盗賊などに出会っても国内最高峰の騎馬隊が負けるようなことは決してないからだ。矢などに当たる可能性も猛スピードで駆けるので限りなく減る。
「それに比べ……どうしたものかのう」
為時様がポツリと呟いた。
結と私の両親、殿下と為時様で、遠くに見える馬に目を細める。
うん。乗馬としては悪くないですよ? ただねぇ流石にそれでは周回遅れになりますよ? 支宣くんや?
「宣はお留守番で良いだろ?」
殿下が笑いながら言う。
『殿下!!』
左大臣家二人が同時に声をあげた。
この日以来毎日厳しい特訓が、兄と父そして結によって行われたことは言う間でもない。
そしてその中でも一番厳しかったのは結であったと皆から私は後で聞くことになるのだった。
頑張れ息子よ!
◇
「あ、兄上……兄上の恋愛に口出しをするつもりはありませんが……あ、あの女は……鬼で」
「何かおっしゃいましたか? 支宣様? 休憩終わり! 行きますよ! 早く!」
自分が恋心を抱き始めた女性が、弟を、問答無用で無惨にも引きずって行く姿を兄は見ながら何を思ったのかは?
それはまた別のお話。




