13.母
「支宣様、動かないで下さいませ?」
「いえ……視線が……」
実は今、支宣様の式典用衣装を仕立てる為に採寸してのだが……
その様子を見守る保護者が集い……
「いやぁ、我が国初の紫綬褒章の受賞者が、我が家から出るとはなあ、わしも感無量だ!」
「いえ、父上、桜綬褒章で御座いまして……」
支宣様が少し恥ずかしそうに父上である為時様に言う。
紫綬褒章は殿下より論功として授けることとなり、主に長年国に仕え退官する者や、国に対し大きな貢献をした者を個人や団体に与える名誉褒章として新たに設けられた。
それに対し、桜綬褒章は民間も含め、同じく国益に貢献した者を対象に設けられた。
芸術や文化、学問、医学などの功労者も此方に含まれる。
あくまでも名誉褒章の為、金子や土地などの褒美はなく、勲章と感謝状、記念品に殿下より金杯が贈られることに決まっていた。
勲章のデザイン、金杯のデザインは御身自らがされる。そして、全員分の賞状は一枚ずつ殿下の御手によるものだった。
息子の晴れ舞台の衣装を作ると聞いて、為時様が飛んできたのであった。
良いお父様で本当に良かった。
「お前、また背が伸びたのか?」
殿下が採寸が終わっている部分のメモ書きを見て言う。
「成長期でして」
支宣様が恥ずかしそうに言った。
「また冬衣の作り直しかぁ……」
そう、少し前に殿下が一年分の衣装を用意したところだった。
「すいません……」
小さな声で支宣様が身体を小さくした。
「殿下! 次はわたくしめが!」
身を乗り出し気味に為時様が申し出た。
「う、うん? ならばそうするかの?」
これには殿下も押され気味な様子で苦笑いされた。
「凛花、桜の紋を入れてやれ」
『え?』
全員が驚いた顔をした。
支宣様は、養子とは言え左大臣家の次男、左大臣家と言えば花紋は「藤」の花である。
為時様も惟光様も、今着ていた支宣様の衣も襟に藤の紋が入っている。
「生涯でたった一枚のみ余が臣下に許す」
臣下である者が皇太子(生誕と同時に花は決まる。九月生まれの殿下にちなんで竜胆とされた)と同じ紋を受けることは絶対にない。使用も当然許されない。
皇后の御花もそれに準ずる。内親王が生まれた時のみ降嫁するまで、まれに母の紋様を使用することはあった。
それを臣下に授ける意味とは……
「で、殿下……流石にそれは……」
為時様は事の重大さに、殿下に臣下の礼を取ったままで進言した。
「構わん」
殿下が支宣様の顔を真っ直ぐに見る。
そして支宣様が両膝を床に付け、最敬礼を殿下に取った。
「有り難き幸せ」
彼の想いに対する、最大限の愛で応えた殿下に俺は心から感謝した。
「ご配慮有り難く頂戴させて戴きます」
惟光様も両膝を床に付け礼をした。
「まぁ、これで我慢しろ。凛花、桜はお前が刺してやれ」
殿下は支宣様と、私の顔を見て言われた後、何事もなかったかのように席を立ち、扇子で自分の顔を扇いでいた。それを見た、為時様がすかさず殿下に近寄り風を送った。
弟の恥ずかしそうだけど、嬉しそうな顔を見て、安堵した兄だった。
◇
「有り難う御座います。貴方」
私は二人きりになったところで殿下に礼を言う。
「ん? 何がだ?」
少し驚いた顔を私に向ける。
「支宣様です。彼の拠り所を御与え下さったことで御座います」
「気づいておったのか?」
殿下が驚いた顔をした。
「いや、何となく? ですよ?」
「信じられんな。俺があれだけ想っていたのは気づかんかったくせに?」
殿下は少し呆れた顔と、少し怒った顔をする。
「違いますよ。殿下のは……私が考えまい! と自分から逃げていただけで……」
「よう言うわ」
そう言って殿下が私の額に軽く指でコンとした。
「でも、好きになったのは私のほうがきっと先ですよ?」
「よう言うわ。呆けが」
またもや、殿下が呆れた顔をした。
「本当ですってばぁ!」
私は殿下の頬を掴もうとして手を伸ばすが、身長差の壁で玉砕した。
そんな殿下が私の両手を取り、少し背を曲げ頬にあてた。
「浮気は許さんからな?」
「ありえません。こんなに大好きなんですから」
そう言って彼の唇を自分から塞いだ。
「仕事中だぞ? 凛花さんや?」
殿下が少し意地悪そうに言う。
「では、宮に戻りますか?」
私は少し意地悪な顔で殿下に言ってみた。
「お、おい!! まだ、日が高いぞ? ま、まあ? なぁ何だ? お前が望むなら俺は別にそりゃあ」
「仕事しますか?」
私はもう一度ちょっとだけ斜め45度下から殿下の顔をのぞいてみた。
「戻るぞ!」
たまにはこんな日もあって良いですよね? 貴方?
色々な人の生活や心を御一人で背負うのを、たまにはお休みしても誰も貴方を責めたりはしませんよ。
◇
「なぁ、二人で旅行にでも行かんか?」
ポツリと殿下が言う。
「旅行ですか?」
私だってそれが叶うのであれば、それは行きたいけれど……
「難しいのでは??」
外宮に出る際でも、あれだけの変装と影の数を用意したのに、旅行となると流石に護衛を考えたら?
「うーーん……為時が絶対発狂しそうだな……」
でも殿下の思いをなんとか叶えてあげたいのだけれどなぁ……
多分この人は生まれてから一度もこの宮と、御料地から出たことはないだろう。
たった一度だけ出たのは例の戦の時だけのはず。
考えてみれば、国に一度人生を歪められ、そしてその尻拭いの為に国に縛り付けられた人生を送っておいでだ。
十九の青年なら、もっと色々自由に楽しみたいはずだ。何とかならないのだろうか……
「くだらぬ話をした。気にするな。此方へ」
そう言って彼は飲みかけの杯を寝台の横の机に置いて、そのまま誘う。




