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はじまりの刻 ~堅物姫と麗し皇子の秘め事の始まり〜甘美な世界でイケメン皇子に溺愛される〜美しの君は実はドS皇子でした〜  作者: 蒼良美月
第七章 はじまりの刻編

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10.男の矜持(2)

 ──パチパチパチ、ワァーー

 何処からともなくそれは自然な流れだった。

 次第にその音は大きくなり、観衆の感嘆の声がいつしか割れんばかりの歓声と変わっていた。


「これでまた明日からの大きな目標が出来ました。有り難う御座いました」


「俺を超えてみろ!」


 ──そう言って背を向けた主の背中はいつもより大きく見えた。友であり、親友であり、常に憧れであった存在。誕生日こそ少しばかり俺のほうが早かったが、常に俺の一歩前を歩いていた。その隣に立ちたくて俺はずっと走ってきた。


 ああ、これか。宣が焦がれる理由は。


 惟光は少しだけ理解した気がした。血の繋がらない弟は、自分達とは常に同等ではなかった。

 三歳の差。少ないようで大きかった。


 彼が初めて木刀を手にした頃には、既に俺達は軍の上層部の者と対等な修練を毎日受けていた。

 その頃から、弟は木刀を持って遊ばなくなった。彼は追い続ける兄や姉達に並ぶことではなく、居場所を求めていたのだ。両親のかわりの愛情を。──




「惚れ直したか?」

 そう言って殿下は少し汗が滲んだ顔で私に聞く。その顔はいつもより自信に満ちていて、夏の暑さを感じさせないぐらい爽やかな笑顔だった。


 こんな姿を目の前で魅せられて、惚れない女なんていないだろう。私は皆から隠したい気分になっていたのだから。


「此方をお使い下さいな?」

 そう言って私は彼に手ぬぐいを渡し、茶筒に入れた檸檬の果汁を搾った檸檬水を洋杯に注いだ。


「答えを聞いてないがな?」


「皆に隠したくなるぐらい素敵で御座いました」

 私はそう言いながら、彼が汗を拭いた手ぬぐいを受け取る。


 私は知っていた。彼は毎日どんなに忙しくても必ず寝る前に剣を握ることを。

 彼に以前聞いたことがあった。何故そんなに頑張るのかを。


「臣下に焦がれられる存在を維持することが軍の育成に繋がる。そしてそれは俺にとって代え難い財産だ」


 最もな彼らしい答えだった。自己陶酔や、自己向上が目的ではない。全ては国の強化の為。


 その為なら、どんなに高い壁でも超えることを絶対諦めない。後に続く者への希望でなくてはいけないから。

 生まれながらの頂点に立つ者の精神をもった御方だった。


「しかし、もう少し俺も鍛錬を増やさねばならんな。惟光にあそこまで時間かかるようでは……」

 殿下は既に先を見ていた。


 この後、武官達は日々の鍛錬を、より一層励んだのと、殿下のファンが一層増えたことは言う間でもない。





 ◇



「殿下、また修練の見学に来て欲しいとの依頼です」

 裕進様が、申し訳そうに書状を持って来た。


「余はそこまで暇ではない。それはお前の仕事だろ? 裕進?」

 殿下が少し困惑した顔で答えた。


「勿論で御座います!! わたしとて、皆に何度も言い聞かせております。ですが、こうも毎日文を預かるのも、捨てる訳にも参りませんし……」

 そう言って、箱一杯に溜まった文を困り果てた顔で殿下に見せた。


「まぁ! 凄い数の恋文ですわね?」


 それは全て男性武官からの熱烈なラブコールだった。

 勿論純粋に殿下に一目でも良いから、修練を見て欲しい! と懇願する内容が殆どではあった。中には……な内容も含まれてはいたようだが。


「何だこれはぁ!」

 流石にその量に呆れた声を上げた殿下はすっくと立ち上がり、その箱を傍に控えていた小姓に渡した。殿下はこういうのは、必ず後で一枚一枚御自身で全て読む。そして誤字脱字があれば訂正して本人に返すのだ。


「凛花、絽目の短衣を用意しろ」

「承知しました」

「え? まさか??」

 裕進様が驚いた表情をされた。

「肌を晒すと五月蠅いのがまたやって来るからなぁ」


 いや、裕進様が驚いたのは()()ではありませんよ?


 こういう御方なのだ。本気で自分に教えを請う者には、自分も本気でとことん付き合う人だ。


 私は直ぐに結を呼び、持ってくるよう指示した。

 ついでに、侍女に大量の檸檬水と手ぬぐい、湯の用意と湯殿の準備、大量のおにぎり、と念のため救急箱を用意させた。あとはこの暑さである。今日は比較的涼しいとは言え、熱中症対策に塩と水飴も至急用意するように頼んだ。


 今日は長い一日になりそうな予感がした。




 ◇



 女人禁制と大きく掲げられた門の中に、私は殿下に手を取られ今、彼の髪を束ねていた。

「ご無理はなさらないで下さいよ?」


「その前にお前が止めろ」

 そう言って殿下は笑いながら、修練場の真ん中へ颯爽と歩いて行く。


 若い武官達がざわつきはじめた。


 そりゃそうでしょうよ。皇太子殿下、いやもうすぐ天子様になられる御方。神に等しい存在が御身自らが、指南してくれると言っているのだ。


 既に向こうでは順番決めのくじが行われている。


「ちょ、待て待て。流石にこの人数全員一人ずつはしんどいぞ? 三人。あ、それだと長くかかりすぎるか。五人まとめて来い」


『え?』」

『まとめて?』


 流石にその申し出には皆驚いた顔をした。

 一人を除いては。


「久しぶりに殿下の多人数掛けが見えますな。殿下の剣術で一番秀でているのは、その絶対的感と反射神経です。一対一でも卓越した腕を御持ちですが、複数での剣捌きはとても美しい」


 そっと横に座られたのは為時様だった。

 元太政大臣宰相様、その前は禁軍を率いた国内だけで無く諸外国にも恐れられた猛将為時様だ。

 そして幼少期から嫡男惟光様と殿下の剣術を指南していた師であった。


「まだ影相手の修練は?」

 為時様が小声で私に聞く。

「殆ど毎日欠かしておりません」

「ほう。それは楽しみですね」

 為時様は嬉しそうに顎髭を触っていた。



 ──カラン

「参りました」


 あっけない終わりだった。


 五人がかりで殿下を囲んだ若い武官達が次々と木刀を四方八方から打ち込む。

 が、全てをいとも簡単にかわし、順に切っ先を喉元に向けた。


『有り難う御座いました!!』

 若者達は揃い臣下の礼をとるが、殿下は皆を立たせ再び木刀を手に取らす。

 何と一人一人に、細かく剣筋の指南をしている。


「それでは右が全て空いておろう? 前に出るばかりでは隙だらけだぞ? 隙を作るならその防御も頭で考えながら空きを作ると見せて、そこに誘わねば」


 若い武官達は真剣な眼差しで頷きながら、中にはメモを取っている者もいた。


「ってもう面倒だわ。十人でも十五人でも良いわ。まとめて出てこい」


 その声を聞いた若者達は我先に! と、走って行った。



「綺麗……」

「今日は良い物が見えました。冥土の土産に」

「為時様!」


 目の前で舞う鳳凰に私は心を奪われていた。

 それは剣術ではなく、まるで剣舞のようだった。


 呼吸をするかの如く流れるように身体を(しな)り、華麗に身体を自由に反転し、相手の剣を避けると同時に急所に確実に入れていく。

 一連の動きに全く無駄はないのに、全てが流れるように繋がっていて、まるで音楽を奏でるかのように、彼の動きに合わせ風さえも支配していた。

 鳳凰が大空を舞っていた。


「裕進よ、よく見ておれ。これが当代一の剣士、いや、至宝の剣舞だ。まさに神の領域である」

 そう言われた裕進様は口をポカンと開けていた。


「これでまだその実力の半分も御出しになっていないのだから、正に神の業。神の子よの」

 そう言って為時様が目を細められた。


 汗だくの武官達とは違って、殿下の御顔は汗一つ無い、綺麗な爽やかな御顔のままだった。

 その後も熱心な殿下の剣術教室は行われていた。


「え? 半分も?」

 裕進様は驚いた顔をして、かつての猛将に顔を向けた。

「本気になれば、わしらに剣筋など見えんよ。そして我々が立っていることも出来んぐらいの鬼神となられる」


 為時様は以前の戦のことを言われているのだろう。かつて大国から一度だけ攻められたことがあったと聞いた。まだ為時様が軍を率いていた時代。その時、元服前の若干十三の若者が軍の前線に立ち、軍神となったことを。それ以来一度も戦は無いと聞いた。



 そろそろ休憩でも? と思っていたら支宣様が数名の文官を従えて「差し入れ」を運んで来てくれた。


「私も剣術をもう一度やってみようかな……」

 若い武官達に熱心に指導している殿下の御姿を見て、羨ましそうな顔をした支宣様が、ポツリと呟いた。


「おお、宣! たまには家に帰って来んか! 剣術の相手ならわしが!」

「遠慮しておきます……父上様では、まだ今の私では到底……」

 支宣様は俯き加減で小さな声で答える。

「何を申すのだ! 良いから明日から習いに来るのじゃ!! 分かったな? 宣!」

「……」

「否は認めん! 左大臣家次男としての務めとして当主の命令は絶対である! 分かったな?」

「……」


 良かったね? お父さんに愛されてて。

 私は支宣様に笑みを浮かべた。


「…………」

 支宣様は恥ずかしそうに下を向いていた。







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