9.男の矜持(1)
「なぁ……やっぱりいいわ」
「え? 何ですか? 朝から? 何か悩み事でも?」
「いや、何でもない」
そう言って彼が背を向ける。
「殿下? 思っていることは口にする! のではなかったのかしら?」
私は殿下の背中をツンツンしてみた。
「格好悪い男に成り下がりたくないから言わない」
殿下が背を向けたまま、ボソリと言う。
ちょっと今までにない? 雰囲気だったので私は驚いたが、そんなことで諦めるような女ではありませんわよ?
「でんかーーーーーーー!!」
大きな声で後ろから叫んでみた。
「ちょ、いきなり何だ?」
やっとこっちを向いた。
私はその顔をじっと見る。
「分かったって……俺はお前が思っている程、出来た男でも何でもないってことだ。お前に嫉妬もすれば、不安にもなる、出来ることなら、ずっとこの部屋に閉じ込めておけるならどんなに楽か? なんて考える小さな男だってことだ。いいぞ、笑っても」
小声でボソボソと言う目の前の美丈夫に、私は本当に笑ってしまいそうになる。
何をこの人は朝から言っているのだろう? と。
どれだけ私が貴方を好きで、貴方に焦がれ、貴方を慕い、そして私だけしかその美しい瞳には映らないでと本気で思うぐらい私も嫉妬深いと言うのに。
「その御言葉そっくりお返ししますわ。貴方のその瞳に映るのは私だけじゃないと嫌です。貴方のそんな可愛い顔を見るのは私だけじゃないと駄目です。貴方を愛して良いのは私だけじゃないと駄目です。何を言っているのやら?」
「阿呆」
恥ずかしそうに小声で呟いた。
「なんでそうなるのですか?」
「言わすなよ」
「言わさないで下さい」
「なぁ? 今日仕事休むの駄目?」
「駄目!」
「って、俺格好悪!!」
そう言って殿下が頭を抱えていた。
たまにはそう言う日もあっても良いと思いますよ? 全てがいつも完璧だと、壊れちゃいそうで心配です。
「たまには宜しいのでは?」
「恥ずかしいからこっちを見るでない」
そうやって、照れた御顔を見せてくれる貴方が私は大好きなのですよ。
「凛花、今日は一緒に出るぞ」
「はい、貴方」
◇
「ちょ、ちょっと殿下……」
「たまには汗も流さないとな、身体がなまる」
「い、いや、そうではなくてですねぇ……流石にそれはでは皆、剣術に集中できませぬ……」
「今日は女人禁止としておるではないか? 何が駄目なんだ? これで、お主らと変わらぬだろ?」
「……いや、流石にそれは違い過ぎましょう?」
裕進は、困惑していた。突然剣術の修練を修練場でやりたい。相手をしろと言ってきたと思えば、見学を申し出る武官が続出した。そこまでは問題なかったのだが、なんとこの御方、暑いからと言って先程、あろうことか片袖を脱ぎだしたのだ。
確かに剣術の際、修練では、途中脱ぐ者もいるが、それと、この方のそれは
全く違い、月とスッポン、いや、道端の雑草と、大輪の蘭のように、男が見ても見惚れてしまうぐらい、艶かしく妖しい程の色気を放っていた。
「殿下……武官達が練習になりません!!」
惟光が慌ててやって来た。
「いいですか? 殿下? 御自分の存在が御分かりですか? 皇太子殿下が臣下の前で肌を晒すとは、もってのほかです!!」
──こいつ最近、宣に似てきたなぁ。って違うか? 為時か!! まぁ同じ親に育てられている訳だから似ても仕方ないか……血は関係ないのか……
怒り狂っている目の前の親友の言うことは何処吹く風? の如く、まったく違うことを考えていた御方は、遠くで自分の様相を少し頬を赤らめて潤んだ目で見つめる若い剣士達を見ながら、なんと御手振りをしたのだ。
「殿下!!」
まぁ何だかんだ言って、この御方も無類の負けず嫌いの上、一番が好きなのである。
先日の嫁の人気振りに根っからの闘志が沸いてきたのか? それとも支宣の納得のいかない告白を受けてモヤモヤする気持ちをスッキリしたかったのか?
理由も本人には分からないが、彼の気まぐれとも言えるこの行動に、惟光と裕進は朝から頭を抱えていた。
「分かったって……朝から騒ぐでないわ」
仕方なく肩を袖に通しながら、面倒くさそうな顔で惟光に言う。
「騒ぐなではありません!! 二度と駄目ですからね!! 今度したら御方様に言いつけますよ?」
「……お前それは卑怯だろ?」
「卑怯も何も御座いません!!」
この勝負、惟光の完全勝利だった。
「惟光、相手をしろ」
そう言って、木刀を惟光の前に差し出す。
「はっ。御胸をお借りさせて頂きます」
一瞬修練場がざわついた。
国内最高の剣士二人の剣術が目の前で見れるのだ。
若い武官達は噂には聞いていたが、実際、光の君の剣捌きを見た者は居なく、それはその様相からくる御伽話のようなもの? と考えている者も多くいた。
その見た目から、周りが勝手に妄想し文武両道の麗しい貴公子と。
右大臣中将を長年努めていた惟光の腕前は先輩武官から耳にタコができるぐらい聞いていたので、実際の二人の剣術が披露されると言うので、続々と見物人が集まっていた。武官だけではなく、文官達も。
噂を聞きつけた侍女達も然り。女人禁制は既に意味をなしてなかった。
「はじめ!」
裕進の合図で二人の剣士が同時に剣を交じえる。
──カンカン。カンカン。カン
カン。カン。カンカンカン。
一進一退の互角だった。
打ち合いが続くとあれば、間合いを取り再度打ち合いになる。
もうどのくらいの時が経ったであろうか?
ざわついていた修練場が、今や静まりかえり誰ひとり声を発する者は居なく、息を呑むのも幅かるぐらい張り詰めた異様な空気に包まれていた。
──カンカンカン。
──カランッ。
「まだまだよのぅ」
勝負がついた瞬間だった。
一瞬後ろに下がった惟光の隙を殿下が見逃すことは無かった。すかさず首元に剣先を向けた。
「有難う御座いました」
男同士の真剣勝負。両膝を付いた臣下を殿下は自ら立たせ、自分の木刀を渡した。




