2.烙印と贖罪
※少し重い内容になります。苦手な方は飛ばして下さい。
私は湯浴みを済ませ、彼の寝所で帰りを待った。
ずっと気になっていた彼の行動の起源になるもの。
普段は滅多に見せることはないが、ほんの少しだけたまに垣間見る激情。
最初はそれは、彼の中にある本能の部分だと思っていた。いくら女性よりも美しく、綺麗な様相をしていても健康な年頃男子である。
でも、最近ちょっと違うのではないかと? 感じてきた。
今日の彼の行動も然り。多少意地悪な態度を取ったりすることは普段でもある。
でも、あのような笑みを浮かべる姿を私は初めてみた。
怖いとかではない。何処か泣いているように彼は笑った。
──「待たせたな」
「いえ。お帰りなさいませ」
私はそんな思いを隠し、何も無いように極めて普通に笑顔で迎えた。
「……何だ。思いがあるなら言え。先程のことなら謝らんぞ」
こんな時、察しが良すぎる夫を持つのは辛い。なんて切り出せば良いのか分からない。
でも彼は言った。私達は夫婦だと。思っていることは口にしろと。全て受け止めるからと。
ならば、私も同じだ。全て私が受け止める──
「私達は夫婦では? あなたの中にあるものはわたくしでは支えれませんか? そんなにわたくしは頼りないですか?」
そう言って私は彼の胸に手をあてた。
──言った……もう引き返せない。
彼は無言で私の手を振り払うように背を向けた。
そのままの状態が暫く続いた。
どのくらいの時間が経過したか? がわからない時、ポツリと彼が呟く。
「昔一人の気の弱い男がいた。その男は自分のおかれている宿命に堪えきれず、周囲の期待に答えられない自分に葛藤し、自分の心を閉ざす道を選んだ。最愛の人に愛されたい一心で彼女の人形になる道を自ら選んだ。だが、彼の想いは徐々に強くなり他の物で紛らわすことで、満たされない気持ちを誤魔化した」
殿下は一瞬話すのをやめたが、その後、意を決したように続けた。
「そんな時、事件が起きた。彼は病を煩い熱にうなされる夜、意識が朦朧とする中、最愛の女性を求めた。現実と妄想の狭間の中、禁忌をおかした。それで産まれたのがこの俺だ。紫の目が綺麗? こんなものただの罪の烙印だ! この目を見るたびに反吐が出る!!」
殿下が壁に拳をぶつける。鈍い音がした。
「光様、もういい、もういいです! もう! もう一人で泣くのはお止め下さい」
私は彼を抱きしめた。彼の頭を撫でながら。
「もう、苦しまなくて良いのですよ。貴方は、罪の烙印なぞでは決してありません。だって貴方が産まれた意味はあったのですから。わたくしに出会い、わたくしと繋がり、わたくしと共に生きる為に、貴方は生を受けたのですから。それ以外に何も必要ありません。ね? そうでしょう?」
私は彼の顔を見る。涙が溜まった瞳を軽く指で拭い続けた。
「貴方の苦しみ、悲しみの半分を私に分けては貰えませんか? 私にも半分背をわせて下さい? ね? 私達は夫婦でしょう?」
彼が忌み嫌う継承の証。その美しい紫色の瞳から雫が流れ落ちる。
「こんな綺麗な瞳に生を与えた神にわたくしは感謝しているのですよ? 貴方は誰の子でもなく神に選ばれし子なのですから」
その瞳から止めどなく溢れる雫を私は何度も何度も指で拭い、口づけした。
「よく、御一人で堪えてこられましたね」
膝の上に小さく丸まって肩を震わせながら泣き続ける紫色の髪の少年の、頭と背を何度も何度も撫でた。
暫くそのままの時間が続き、彼が膝から降りようとした時、私は引き止めた。
今しかない! と私は思ったからだ。
「では、私も寝物語をお一つ。あるところに一人の勉強熱心な娘がいました。彼女は皆の期待通りに難しい試験に合格、する予定が失敗してしまい衝撃のあまり気を失って倒れてしまいました。そして目が覚めて見ると、そこは見たことも無い全く違う古の世界。そんな彼女を拾ったのは気のいい料理屋の夫婦でした」
そこまで話すと殿下は飛び起きた。
殿下は私の目を真っ直ぐにみた。
私はその問いに静かに頷いた。
「ま、さかとは思ったが……違う、ありえないと否定してきたのが……」
流石の殿下も少し頭が混乱しているようだ。
そりゃそうだ。本人の私でさえ、原因がわからないのだから。この世界の理では言い表すことが不可能な現象。
「両親は?」
「何も聞かないので言っておりません」
「なるほどな……」
「ね? 私達は出逢うべくして出逢ったのですよ?」
そう言って私は再度彼の首に手を回し、額に口づけた。
「お前は強いなぁ……」
殿下が、少し悲しそうな顔をした。
「そうですか?」
「たった一人で……」
違うよ? 私には貴方もいるし、みんなもいるし。
「一人ではありませんから。私には皆が側にいてくれますから」
そう言って私は殿下に微笑んだ。
貴方に会えて本当に私は感謝しています。
その後、私達は布団に包まり互いのことを話した。
殿下は私がいた世界の話しを熱心に聞きながら、時折目を輝かせて質問してきた。
殿下も初恋のこと、安岐様のことなど色々と話してくれた。
「帰りたいと思うか?」
「ん? 彼方にですか? いいえ。だって私の居場所はここですから」
そう言って私は彼の胸に抱きついた。
「もし? 何らかでそういうことが起きても私は殿下と一緒です」
「行って見たい気もちょっとだけするけどな? その時は帝としてではなく、もっと自由にお前と何処にでも行けたら良いな?」
「帝でなければ、例えばどんな?」
「そうだなぁ? 絵師でもやるか?」
そう言って殿下は笑った。
この人はそう言う人だ。
奇異な目で見たりせず、目の前の物が全て真実で、全てを受け入れ貪欲にそれを自分の糧とすることが出来る人だ。
その夜は互いに身体を重ねることはせず、手を繋いで遅くまで色々と話しをした。




