7.化身
「そんなに沢山は着れないですよぉ~」
「ん? なら一日に二回着替えると言うのも一興だぞ?」
「殿下!!」
朝から私達は、殿下の執務室で小さな言い合いをしていた。
あれ以来、私の着る服のデザイン、生地、色、全てにおいて、なんと全て殿下がしているのだ。
殿下の画才は国内最高といえる程の腕前だし、それはそれで有難い話しではあるが。
が! しかしだ! 毎日のように新作! と言ってはデザイン画をサラサラと描き「お針所」へ発注をかけている。当然殿下が指定してくる布地は最高級の絹地だ。それに金糸や銀糸を惜しみなく使い、贅の極み近い上質な物だ。ただ、下品な華美な物とは違い、デザイン自体はとても上品なで雅さがある。
「いやぁ。凛花にあれだけの着せ甲斐があったとはなぁ」
殿下は私の話しなど聞いていないかのように、自分の顎に手をあてながら、紙にまた新しい衣の絵を描いていた。
うん。この人根っからの「美」の魔道士だわ。私よりもデザイナーに向いていると思う。
ちょっと悔しい気持ちはしたが、殿下の創作意欲を諌める。
あ! 思いついた!
「凛花さん? 今度は何ですか?」
流石は察しが早うなりましたな? 光さんや?
この世界の服は、平安時代の程でもないが基本二部式着物に近い装束だ。
下女や侍女はそのままだが、高貴な女性はそれに打ち掛けを羽織る。身分が高くなるにつれ打ち掛けの長さも長くなる。五つ重ねではないものの、正直重いし歩きにくい!
もう少し軽い、夏場は特にワンピースみたいな? ドレスはどうだろ? ローブデコルテ? パニエで膨らます形のではなく、もう少し簡単なAラインなドレス。
殿下から紙を奪い、拙いドレスの絵を描く。
「ん? 凛花? それは?? 下は袴ではない??」
殿下が私の即興で描いたドレスの絵を見て、少し悪そうな顔をした。
おい? 今何考えた??
殿下が、閃いたような顔をして、新しい紙にサラサラと描きだした。
才能とは時に残酷で不公平である。
私は殿下に一度も今回はドレスの説明していない。
私が描いた拙いドレス風のデザインを完全なローブデコルテに再現していた。
しかも、少し柄や、刺繍を入れたとても可憐な感じにアレンジされている。
そのドレスが描かれた紙を私の前に掲げ、満足そうに言う。
「うん。良いんじゃないか? この感じで数枚作ろう!」
おい! 何故そうなる!!
──それから数日後、私は国内では「ドレス」の袖に手を通した最初の女性になったことは間違えない。
「良いねぇ? 思った通りの出来栄えだ。この背の紐が良いねぇ。解く時の楽しみがまして」
ちょおおおおおおおおっと! 何考えてるのよ!!
と、思ったら、殿下がそっと耳元に唇を押し付けながら
「これなら何処でも可愛い声が聞けそうだな」
妖しいく囁いた。
「ちょ、殿下!」
「男が女に衣を贈る意味って何だと思う? 自分の手でそれを汚すのも楽しみの一つなんでね」
背後に立った殿下は誰にも聞こえない小さな声で耳元で呟いた。
上品で、まるで菩薩様のようで慈悲深い高貴で妖艶で、唯一無二の国の花。
と、皆から愛でられている高潔な竜胆の花。
その紫の花は、時に危険な薫を纏わせて狂い咲く。
颯爽と髪を靡かせ去った背中がいつにも増して、色っぽく艶やかに見えたのは私だけかしら?
色気お化けめ!!
覚えてろよ?
何故か、負けず嫌いの血が騒いだ凛花であった。
しかし、とんでもない化けの面、いや、仮面だな……
夜になると昼間の温和で優しい菩薩像が、時に狂おしい程激しくなる。
◇
新築された湯殿の中に、三人仲良く入るお年頃の男子がいた。
「なんで凛花より、お前らが先に入ってるんだ?」
「まぁまぁそこは?」
「凛花様とのは、凛花様の私室にも作りますよ? 其方でお楽しみ頂けたら宜しいかと?」
「そう言う問題か?」
「ところで、大丈夫なんですか?」
「ん?」
支宣が少し心配したことを、直球で聞いてみた。
「ああ、多分? 一応はちゃんと。出来たらまぁそれはそれだがな」
「そうですか。承知しました」
──ブクブクブクッ
何故か暫くの沈黙のあと、犬兄弟が湯船に頭まで浸かっていた。
意外とシャイな兄弟であった。
「で、何でお前達も一緒に入るんだ?」
「たまにはご一緒しても?」
「たまにって、お前、ついこの前も入ってきたろ?」
「あーーーーーー宣抜けがけ!!」
「殿下! 言わない約束じゃないですかあ!!」
「抜けがけって……て、お前ら! 遊ぶな!!」
そこは兄弟の水掛け、いや湯の掛け合いがすでに勃発していた。
付き合いきれぬと思った殿下は先に黙って湯殿を出て、可愛い嫁の待つ寝室に向かうが、あろうことか既に、想い人はスースーと寝息を立てて夢の中だった。
「無防備過ぎるだろ。これで襲われても文句は言えんぞ?」
そう言って掛け布団を掛けてやり、部屋を後にした男は、客間ソファに座り外を眺めていた。
次の日に、機嫌が超絶悪くなる彼のことは、まだ誰も知る由もなかった。




