3.激情
──殿下は優しく私を目の前の椅子に座らせ頭をゆっくり撫ぜながら、普段より、ゆっくりした口調で話しだす。
「凛花? 私達は夫婦だよ? 思うことがあるなら、ちゃんと自分の口で言いなさい。私達は対等はずだろ?」
殿下は私の頭を撫でたあと、真っ直ぐ私の目を見て言った。
その顔は普段のような笑顔は無く、真剣そのものだった。
「ここで話す内容では無さそうだね」
そう言って殿下は一度立ち上がり、天井に向けて軽く口笛を鳴らした。
と同時に音もせず、気配さえ全くない中で女性が一人舞い降りた。
今までのことを、全て見られていたのか? と思うと少し恥ずかしかったが、今はそんなこともどうでもよくなるぐらい、頭の中がグチャグチャになっていた。
◇
影の女性に抱かれ、風のように空を飛んだ? ような感覚がやっと落ち着いたと思ったら。
大好きな匂い、伽羅の薫に私は包まれていた。
「で、殿下?」
目の前にいる男性に少し驚いたが、私はそれより驚く光景が。
「寝所?」
「案ずるな、泣いてる女を抱くほど、俺も酷くはないぞ?」
そう言って少しだけ殿下が微笑んだ。
「凛花? 思っていることはちゃんと言いなさい」
「……殿下が遠くに、いや、いつか私のことなんか……私は殿下と違って、凡人だし、そんな私になんて、殿下もいずれ……ヒック…ヒック」
「話はそれだけか?」
短く、そして冷ややかに、いつになく殿下の声色が変わる。
空気が一瞬にして変わった。
殿下がどんな乞いにも認めない時の切り捨てる時の空気。
「聡い女だと思っていたのは余の間違えだったようだな。失せろ!」
吐き捨てた目は本気だった。
彼の背中が遠く離れて行く。
やはり私のような、ただの凡人の女を殿下が本気で想い続ける訳がない。
私は涙を必死で堪え、寝台から力を振り絞って何とか立ち上がる。
背を向けたまま、その手は既に入り口の扉に掛かっている。
扉を開ける瞬間、殿下が低い感情のない声で言う。
「二度と同じことは言わない。本当にそれでお前は良いのだな?」
──イタッ。
突き刺さるような鋭い空気。殿下に御会いして初めて感じた虚無の世界。
色が何も無い絶望だけの、でも少しでも身動きすれば、切り裂かるような感覚。
思わず私は自分の左胸に手をあて掴む。
殿下と共に過ごした時間が鮮明に蘇る。
嫌だ。このまま二度と会えないなんて!!
私が愛したのは彼だけだ!!
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
私は泣きながら彼に縋った。捨てないで欲しい。傍に居たいと。
「馬鹿なのか? お前は?」
「こんなにも俺はお前に惹かれている。お前が他の男と話すのを見ればその男の首を跳ねたいと心が乱れる。お前が他の女と楽しそうに話しているのを見れば、嫉妬する。こんなに俺を惑わすのに、まだ足りぬのか?」
「女に嫉妬って……」
「あの時言ったはずだ。お前以外を愛することも傍に置くことも絶対ないと」
「それでも不安にさせるのは、俺が愚かだからか?」
「そんな! 殿下は悪くないです!!」
私は必死に否定した。
殿下は悪くない。私が勝手に悲観的になっていただけだ。
「ごめんなさい……」
「二度目はないぞ? そして再度言う。俺はお前以外を愛さない」
「よく覚えておくんだな」
「ごめんなさい……」
「出自を言い訳にすることは二度とするな。そんな小さなことに拘る暇があるなら、愛され続ける女でいる努力しろ。簡単だろ? 今のままのお前が良いのだから」
そう言って殿下が私の頭を優しく撫でる。
「俺がそんなに信用出来ないか? こんなに大事にしているのに?」
……それは分かっている。殿下はどんなに忙しくても、どんなに大変な時も、私の存在を忘れるようなことはなかった。寧ろそんな中、私をまだ、気遣ってくれている。
不安になれば、こうして抱きしめてくれた。
それなのに私は……
!
「で、殿下?」
一瞬冷たい物が肌に落ちて、殿下を見上げた。
「ごめんなさい!!」
私は彼の背中を強く抱きしめた。
彼の綺麗な紫色の瞳いっぱいに溜まった涙。まるでダイヤモンドのように光る水滴。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
私は謝ることしか出来なかった。
「俺を乱すな……堂々としていろ。俺が選んだ女はお前なんだから」
私は、彼の瞳をそっと指で閉じ、軽く唇を重ねた。
「ありがとう」
「馬鹿女」
そう言って殿下が私の鼻を噛んだ。
「少し寝め、色々と疲れたであろう?」
殿下が私の額にコツンと強めに自分の額をぶつけた。
「ここで? 良いのですか?」
「大丈夫だ、寝込みを襲うようなことはせんよ」
殿下が少し笑った。
違う、そうじゃない。
欲しかったのは殿下ではなく、私だった。
ちゃんと殿下は、私の気持ちを常に考えてくれている。
今までだって何度もそんな雰囲気になっても、私の気持ちを重んじて待ってくれた。私は受け入れることで、終わってしまうかも? と不安だっただけだ。
不安を忘れる為に、身体を重ねたいわけではない。
「愛している」とかそんな言葉ではない。
快楽に溺れたいのでもない。
ただ、一つになりたかったのだ。
心の奥、もっと深い深い起源のはじまりの先へーーー
繋がりたかったのだ。
はしたない女と思われても良い。
私の奥にある魂が片割れと一つになりたい。
と叫んでいたから。
──「殿下、お願いがあります」
「ん?」
「どうした?」
「抱いてください」
そう言って、私は上衣の打ち掛けを自分から脱ぎ捨てる。
※次回は大人な回になります。
苦手な方は飛ばてください。
ついに!




