2.女心
殿下の御言葉は重かった。
皆、涙する者が次々と。
ここにチームの結集力が改めて強くなった。
殿下は普段、私達に近しい人の前で自分の一人称に「余」を用いることは滅多にない。
「余」を使う時は、そのご御身分より否を聞かない。と言う強い意思の時や、公的な御言葉として発する時のみだ。
皆が鼻を啜ったり、侍女達は互いに抱き合い泣いている中、すっくと御前に出て、両膝を床に落として、頭を垂れる男が一人。裕進様だ。
「殿下……恐れながら、わたくしの一生の御願いで御座います!! わたくしにも、殿下の……。短剣が……ほ、欲しいです……」
殿下は少し驚きの表情をなされたが、普段と変わらない優しい表情で言われた。
「構わんが、今短剣も俺の元に一本もないぞ? 新しいのが出来てからになるが? 良いか? それでも?」
「あ、有り難き幸せ!! 本当に宜しいのでしょうか?」
「ん? 欲しいなら別に? 構わんぞ?? 正し複製品になるぞ? 本身を渡したらまた俺のを作る羽目になってしまうからのう? 複製で良いなら?」
「滅相も御座いません!! 本身なぞとは!!」
裕進様は頭を床に擦りつけながら何度も殿下に礼を言っている。
「殿下!! わたくし目にも!」
「殿下、わたくし目にも、是非とも! 御願いできませぬか?」
次々と武官達が名乗りでて来た。
これにはちょっと、流石の殿下も困った顔を一瞬なされたが、優しく微笑む。
いつもの綺麗な笑顔ではあったが、それはいつぞかに見た菩薩様のような安らかな笑顔だった。
「うーーーん。剣を授けることに問題はないのだが、どうするかのぅ? 鋳造に時間もかかるよってなあ」
殿下が腕組みをされる。
「殿下……御気持ちは有り難い、と言うより大変勿体ない御言葉ですが……流石にこうも簡単に御印の物を下賜なさると……隠し稚児とか、よからぬことに使う不届きな輩も出てきてもいけませぬし……」
為時様が、少し申し訳なさそうに頭を何度も下げる。
「隠し稚児? は絶対ないぞ? 凛花以外を抱くつもりは俺は一生ないぞ?」
こらこら、しれっと真っ昼間から何を言い出すかと……
私は少し頬が赤くなった。
「うーーん、ならば、竜胆の紋様を入れない複製品を作るか?」
それだとただの短剣になってしまう。殿下自らがお与えになる物としては……ちょっと些か威厳に欠けるような……
あ! 紫綬褒章!
「殿下! それならば!」
私は皆に説いた。
「なるほどなぁ。褒章としてか。禄ではなく」
「禄」とは戦や他に国に貢献した者に与えられる、所謂、金だ。
土地であったり、金であったり、米の現物支給とか多岐に渡るが。
それだと、侍従衆や、民が手にする機会はほぼ皆無になってしまう。
勲章だと、商人や芸術家、色々な人に授けれる。
「で、菊の意匠を使うのだな?」
「左様で御座います」
私は殿下に頷いた。
それでも、裕進様はどうしても殿下の「短剣竜刀」がレプリカでも欲しいらしく、あとでしっかり、おねだりをしていた。
「……御方様……御方様の桜の紋様の剣が欲しいです」
結が小さな声で呟いた。
「わ、わたくしにも!!」
「抜け駆けはゆるしませんよ? 其方ら?」
………女って怖い。
脳筋女集団は小さな小競り合いの修羅場となっていた。
──「何を描かれておいでですか?」
そんな中、最早勝手にしろ? とでも言いたげな殿下がサラサラと絵を描いていた。
真ん中に桜の木が一本でその左右に「鳳凰」の鳳と凰が一羽ずつ優雅に舞う絵だ。
「此方は?」
私の問いに、殿下はにっこり微笑み、なんと御自身の膝に私を抱きのせた。
「で、殿下!!」
私の声など聞いていない? 風で殿下が描いた紙を片手で真ん中で半分に折る。
少し折り難そうにしているが、それでも残りの片手は私を抱えたまま離そうとはしない。
「どうだ? 中々の出来だろう?」
そう言って殿下はこともあろうか、折角描かれた紙を真ん中で切り離した。
「え?」
そして切った紙をまたくっつける。当然二つは重なり一枚の絵になる。
「この絵と同じ柄の衣を今後作ろうと思うのだが? どうだろう?」
え? 二人の??
殿下は無言だが頷いた。
なんてロマンチストな御方なんでしょう!
「とても嬉しく思います」
それから殿下は私に筆を持たせ、加筆を促した。
互いの衣の背に、時には片袖づつに。
二人合わせたら番いになるデザイン。
気づけば、皆部屋を退出していた。
気をきかしたのであろう。少し申し訳なく思った。
執務室でこのような……
結婚指輪……
結婚の儀は行う予定だが、この世界に指輪を男性もすると言う習慣はない。
女性も首輪、腕輪は見るが、何故か指輪を付けているのを見たことが無かった。
「殿下、御願いしたいことがあるのですが」
「何だ? また何か思いついたのか?」
あながち間違いでもないが。最近ちょっと御願いが過ぎたのだろうか?
と多少反省してはみたが、まぁ言うだけ言ってみよう。
最近分かったことが一つある。
私に対して多少甘いのは理解しているが、基本的にこの方の尊敬すべきところの一つは、「良い」と御自身が判断した場合、行動に出るのが非常に早い。
そしてそれは身分には全く関係ない。
逆に身分が高かろうが、金があろうが「使えないやつ」を自分の御側に置くことは絶対にない。冷酷な程情けはかけなかった。
そして、それは御自身の御身内にも限りではない。
尺度が非常に明確である。
「良いか悪いか」「正しいか、否か」それが平等に下される。
「揃いの指輪が欲しゅう御座います」
私は少しだけズルをした。下から殿下を覗き見つめた。
「指輪?」
ほんの少し、驚いた御顔をされたが、その先を早く! とせかす少年のような御顔をされる。
私は彼のこの顔が好きだ。
キラキラして一番輝いて見えるからだ。
とりあえずは第一関門突破した。私は絵図に描いて具体的な形を描き説明する。
大小の同じデザインの二つ指輪。
「良いねぇ。では、これも一緒に考えよう」
殿下は気に入ったらしい。
なんと驚いたのは「白金」いわゆるプラチナが存在していた。銀に比べ堅く細工が難しいのであまり宝飾品に使用されてないそうだ。
でも私はやはりプラチナが良かったので地金は「白金」で決まった。
「殿下、内側にお互いの名を刻みたいのですが……」
「ん? では俺のに「凛花」と刻むと言うのか?」
「左様で御座います。ただ……私のに御名をいれても宜しいでしょうか?」
「宜しいも何も! 入るだけ何なら刻んで良いぞ?」
いや、それは怖いから……いらないです。
とは、流石に言えないので、誤魔化した。
「では、表の上に互いの色石を埋めるのは?」
殿下がうんうん。と頷きながら、紙に描き起こしていく。
「出来たーーー!!」
二人で考えた「結婚指輪」のデザイン画が完成した。
私は殿下の頬にそっと口づけをした。
殿下はそのまま、私の頬に手をあて逆に唇を塞ぐ。
ちょ、ちょっと……殿下が押し当てながら入ってくる。
膝にのせ抱えられ、覆い被さりながら強く入る殿下を拒むことが出来ず、
そのまま受け入れてしまう。
だが!
「で、殿下、人が来ます……」
私は、私の上衣の襟に手を掛けている殿下の手を掴む。
「だから? 止めて欲しいのか?」
殿下が少し低めの声で私の耳元で囁く。
意地悪だ。こういう時の殿下は。
「で、でも駄目でしょう?」
私は殿下の顔をじっと見つめた。
「楽しみをとっておく趣味ではないけどな」
そう言って少し意地悪そうな目で見る。
「美味しいものはゆっくり後で召し上がるのも宜しいかと?」
「美味しいのか?」
「……」
自信がある訳ではないが、でも今はまだ駄目な気がする。
でも、それまでに殿下が私に興味なくなったらどうしよう……
「凛花」
殿下が少し辛そうな御顔をされ、強く抱きしめた。
「すまん。興が過ぎたな。そんなつもりでは」
「いいえ。違うんです。そうではなくて」
私は殿下の背にしがみつく。
「何? 何かあったのか? 何処か痛いのか? 凛花?」
「違うのです。何処も何も、ただ、今が幸せ過ぎて、いつか殿下が私に愛想を尽かしてしまうかも? と、愚かなことを一瞬考えてしまうと……」
私はそこまで言うと、無意識に頬に冷たいものが、次から次ぎえと、流れ落ちていた。
私はただの平民に過ぎないどこにでも居る女だが、殿下は違う。皇室の離婚は認められていないので、離縁されることはないが、でも寵愛が永遠に続くことなんて……
殿下の御立場を考えたら、いずれは御側室も……
は、最初から分かっていたことだ。
その覚悟もした上で、それでも私は、この目の前の人の傍に居たいと思った。
それなのに、こんなに我が儘になってしまっている自分が辛く、そして許せなくて……
そう思うと涙が止まらなかった。




