12.疑問
あれから数日が経ったが特に変わったことは何も起きず、日々の忙しさであの違和感のような感覚は私の中では既に忘れていた。
改修工事も順調に進んでいた。
「御方様、申し訳御座いませんが、これから此方のお部屋の改修になりますので、そろそろ……」
申し訳なさそうに、侍女に案内された大工の棟梁が言ってきた。小柄だけれど人の良さそうな優しい感じの人だ。
「あ、! ごめんなさいね! そうだったわね!」
私は急いで、部屋を移動する準備にかかる。
「御方様、此方も持って行かれますか?」
最近忙しくてあまり進んでなかった、殿下の寝巻きの仕立て途中の物を、結が聞いてきた。
「そうですね。折角なのでこの機会に進めましょうか」
「分かりました。では御方様は先に」
結に後は任せて、私は侍女数名を連れて部屋を出て、廊下を渡り避難部屋に向かおうとしていた、その時である。
──「ニャァー ミヤァーー」
ん? 猫??
「ニャァアー ニャァー」
やっぱり猫かしら? どこからか紛れ込んだのかしら?
早く見つけて外に出してやらないと!
宮廷内は基本的にペットとしての動物を飼うのは禁じられていた。
隠れて飼うと処刑対象であった、
「御方さま?」
「猫??」
傍に居た侍女も聞こえたらしく、私達は顔を見合わせる。
「ニャーーー」
私は無意識に鳴き声がした方に向かっていた。
「ニャァー」
見つけた!
庭の茂みの奥に物影がある。
耳には自信があったのだ。
間違いない! あそこだわ!
「御方様! わたくしが!!」
侍女が走って近づいて来ようとしたのを、私は手で合図する。
静かに。と。
互いに目配せして、侍女は静かに左に向かった。
私達は挟み撃ちで捕まえようとしていた。
私は手を伸ばした。
!!
その時だった。
「久しぶり。凛花ちゃん?」
猫を抱えた一人の少女が、すっくと茂みの中から出て来て私に言った。
「女の子? 久しぶりって? 何処かで? お会い キャッ」
「御方様!!」
何処かでお会いしましたか? と、聞こうとした瞬間だった。彼女が私の首筋に冷たい光る物をあてた。
しまった!
子供だと思って油断した。
あの時ね違和感の正体はこの娘だったんだ!
にしても、あのじっとりした感覚は……
改修工事中とは言え、ここは光の君の宮殿の目と鼻の先。どうやって入り込んだ?
そんなことを考えていたら、結の飛び蹴りが入った。
結さんや、相手はまだ子供ですよ? ちょっとは手加減とかないのかいな?
「申し訳御座いませんでした。お怪我は御座いませんか?」
「いえ。大丈夫よ有難う。それより、どうしましょうかねぇ……」
目の前の女の子は、既に影によって取り押さえられていた。
しかし、なんの目的で?
改修工事中とは言え、ここは宮殿内、しかも光の君の宮と目と鼻の先。
そんなところにわざわざ?
そんなことを考えていたら、影の一人が足音もせず近づいて来た。
おいおい、近づくなら足音ぐらい立ててくれ。余計怖いですから……
「男子で御座います」
え?
男の子??
女装してる?
益々、何の目的かが分からなくなった。
「殿下に報告を」
影が言う。
うーーーーーん……。
流石に黙ったままって訳にもねぇ……
まだ小さな子だけれども……
私は、手足を縛られた目の前の女の子、いや男の子の末路を考える。
命を捨ててまで、何の目的で近づいた?
私はそっちの方が気になった。
そして、あの青い瞳。
何か不吉なことが起きなければよいのだが……
──五月も中頃を過ぎた今日、梅雨入りにはまだ早い激しい雷雨が宮殿内に鳴り響いた。
殿下の宮より足早に数名の者が主を追いかけて走る。
「今すぐ殺せ! 警備の者も同罪じゃ!!」
「殿下!! お待ち下さい! 殿中で御座います!!」
「は? それが何か関係あるのか? どけ!」
宮殿内は騒然としていた。
内宮の入口の全門が即座に閉められ、物々しい数の武官達が、隅々まで侵入者が他にいないか探していた。
「凛花!」
「殿下……申し訳御座いませんでした。私の不注意でこのような騒ぎになり」
私は、殿下に膝を落とし謝る。が、殿下は私の方を少し確認するように見ただけで、何も言わない。
「貞舜、李俊、凛花を連れていけ! 頼んだぞ」
「御意」
私は両親に促され、半ば無理やりに自宅である家に連れて行かれた。
「結、言い訳するなら最後に聞くだけ聞いてやる」
そう言って自分の短剣を結の前に投げた。
『殿下!!』
惟光と裕進が結の目の前に入る。
「結を任命したのは私です。責任は全て私にあります」
そう言って惟光は床に座り、脇差しを目の前に置いて上衣を脱いだ。
「お止めなさい!!」
私は叫んだ。
「粛清したからと言って何の解決にもなりません!!」
「凛花! 帰れと言ったはずだが?」
──パチン
私は惟光様の目の前に出て、彼の頬を平手打ちした。
一瞬何が起こったか? 分からない感じで沈黙となる。
「こんなことをしても何の意味が? 責任とは死ぬことではありません! 生きてその使命を全うすることです!」
「ふん。救われたな、結」
殿下は結を少し睨んだが、その目は軽蔑や叱責する目ではなかった。
「今回の件は全て私の責任です。ほんの少しの油断が御方様を危険な目にあわせてしまい大変申し訳ありませんでした」
「謝るだけなら童っぱでも出来る。何の為に存在するか今一度よく考えることだな」
そう言って殿下は宮に戻った。
夜遅くまで不審者の捜索は行われたが、他に不審な者は見つからなかった。
それはそれで良かったけれど……
何の目的があって?
──不安と、疑問が残る何とも後味の悪い夜だった。
◇
「凛花様が出て来なかったらどうするおつもりだったのですか?」
「なら貞舜が来てたよ」
「結が切腹するのを止めたかったんでしょう? にしてはもう少し……」
「何のことだ?」
「背中が笑っておりますよ?」
「お前最近生意気だぞ?」
「殿下が天の邪鬼だからです」
「北の大地はどうだ?」
「お背中流しましょうか?」
「それお前が一緒に入りたいだけだろ」
「あ、結から短剣を預かっておりますが?」
「くれてやれ」
「多分殿下のより、凛花様のを所望すると思いますが?」
「なら惟光にやっとけ」
「しかし、お前の兄は成長せんのう? 大丈夫か? うちの軍は?」
「適材適所が御座います故……」
「結にはお咎め無しで?」
「一応何も無いのもなあ、一週間の謹慎かのう」
「甘々ですね」
「仕方あるまい? 凛花の護衛に代わりはなあ……」
「女性武官募りますかねぇ」
「アレ以上が、簡単におると良いがな」
「短剣貰って良いですか?」
「今回は惟光くんに、あげなさい」
「……」
「湯浴みの用意しなくてよいのか?」
一瞬悲しそうな顔をした彼は、急ぎ部屋を出て走って行った。
「面倒な奴らよのう……」
一人残った部屋でポツリと呟やいたが、彼女に何かあれば多分自分を抑えることが出来なかった自分の未熟さを彼は自らを反省していた。




