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はじまりの刻 ~堅物姫と麗し皇子の秘め事の始まり〜甘美な世界でイケメン皇子に溺愛される〜美しの君は実はドS皇子でした〜  作者: 蒼良美月
第五章 東宮編

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3.父

ついに光君の父の存在が明らかに?

 その頃、奥の離宮では──

 一人の三十路過ぎの細面の男が、母の膝に寝転び身体を預け耳掃除をしてもらう姿があった。


「母様、朕は、いや、陽は()()に全てを任せたいと思うのですが、もう宜しいでしょうか……」


 男は弱々しい小さな声で、最愛の母に赦しを請うた。


「そうですね、それも宜しゅうございますね。陽様。よく今まで頑張りましたね」

 母は、自分の膝の上で、まるで幼子のように丸まる男の頭を優しく撫でながら言った。


 生まれて初めての母からの労いの言葉だった。


「愚息で申し訳ない……」


 男は母に小さな声で詫びた。


「何をおっしゃいます。貴方は立派な()()を育てたではないですか。それだけでも天下一のお上ですよ。立派な働きですよ」


 帝の仕事は、国の泰平、繁栄が一番の仕事である。自らが傀儡になることで権力争いを避け、すくなくとも国は安定していた。代わりに政をする者をしっかり座らせ全権と言ってよい程全てを早くから任せた。


 自分の能力を早くから正確に自己分析し、受け入れていたからこそ、そこに固執せず素直に人に任せることができた人。ある意味あっぱれである。


 頂点に立つ人間なのに、その器が備わっていない。

 そのジレンマを女と酒に溺れたのは決して許されることではないが……


「年内で辞そうと思います」


「そうですか。お疲れ様で御座いました。よう頑張られましたね」


 そう言って母は、先帝の面影を残すたった()()の愛する息子の頭をいつまでも優しく撫でた。




 ──それから数日後「詔」が再び下りた。

 今回は、後宮ではなく光君の宮へ。


 その日は朝から物々しい数の今上帝側近の女官。太政大臣宰相為時。他今上帝の近衛。

 総勢百は下らない大行列が宮の周りを囲った。


 何事! と殿下の宮の侍従達は驚き、騒いだ。


 ただ近衛とはいえ、討伐にきた風はなく、その手に武器は持っているようではない。腰にあるのは宝剣の類で、衣は第一級の正装姿。


 太政大臣宰相、為時が馬から下りた。


「勅使である。開門を」


 その言葉に中の者達は慌てふためき、主の元に向かう。


 男は落ち着いた表情で静かに、奥に用意してあった黒地に背襟と袖に竜胆の紋が入り、番の鳳凰が背に舞う衣を纏う。



 ◇


 大きく深呼吸をし、一度天井を仰ぐ。

 そして、暫くそのまま瞼を閉じた。


 意を決したように目を開け、古くから側に仕える紀恵に言う。

「参るぞ」

 紀恵は畳みを擦る装束の裾を持ち、後に続いた。


「詔」と書いた書状を竹棒に挟み、天高く掲げた太政大臣為時の前に出て、

 腕を前に組む。臣下ではないため礼は行わない。


 今上帝の勅使である為時も皇弟とは言え、この時ばかりはその高貴な尊顔の前に礼は取らず、自ら今上帝の「詔」を読み上げる。

 主の側に仕える支宣も今日は正装を着用してあった。先程、主と共に急ぎ着替えたのだった。


 支宣は光君に見習いで仕えた時から、主と同じ屋根の下に住んでいる。

 元服前は主と共に縁側に座り、紀恵が用意した西瓜を頬張ることもあった。

 母を知らない支宣にとって紀恵は母のような存在にも近かった。


 そんな主の吉日をこんなに早く、そして労せず(多少策には苦労したが、一滴の血を流すこと無く)この日を迎えることが出来たことに万感の思いだった。


 皆が臣下の礼をとった姿で御言葉を拝聴する。


 一瞬ざわついたが、御言葉の前に発する者はおらず、太政大臣宰相為時が「詔」を直し、侍者の盆に載せた。


 支宣が受け取り礼をする。


 ──ここに、この刻、次期帝位を継承することが確約された東宮が立ったのだった。


 今上帝は年内で病による譲位を明言し、年明けに正式に御代替わりを行うと明言されていた。


 その指命を受けた光潤以外の者、ここにいた全ての者が涙していた。

 長年の悲願達成が、今上より確約されたのだった。


 父親から贈られた生涯でたった一つの贈り物である装束に身を包んだ男は、自分が次期天上人になることを受け入れたと共に、今までのことが昨日の出来事のように鮮明に脳裏に浮かんだ。




 読み上げが終わり、一行が帰ろうとした直前、一台の馬車の御簾がほんの少しだけ中から上げられた。中から白い手が手招きした。御台には小さな菖蒲の紋様。


 鳳凰を背に背負う男が静かに馬車前で膝を落とす。

「光よ。後を頼んだぞ。其方には長きに渡り辛い思いをさせてすまなかった。許せ愚かな朕を」


 生を受けて十九年、ずっと彼の弟として育てられ、その本当の身分は偽り続けられていた。

 禁忌の子として生を受け、その事実は葬られていた。


 自分は生まれてきてはいけない子だと薄々感じながらも、事実を受け入れる怖さから逃げて生きてきた。


 ある時、その不安は現実となった。

 十五の時、ある娘との結婚を考え母である皇太后へ許しを貰いに行った。

 その時、恐れていた事実を知った。

 薄々は気づいていたが、自分の本当の父のこと。


 だが、それは既に自分でも確信に近かったので、驚くほどではなかったが、彼が本当に怖かったのは、それではなかった。

 誰も触れてこなかった小さい頃から聞くことさえ許されない雰囲気。まるで存在しないかのような存在。


 彼の母のことだ。

 その存在を彼は知ることとなったのだった。


 それは恐れていた懸念が現実となった瞬間だった。


 彼の女性と同じ所に自分にもある左手首のほくろ。どことなく似た面影と女性が持つほんの少し紫がかった瞳。


 彼は絶句した。


 生まれてはいけない宿命を背負った子。

 それでも自分は神より生かされた。


 出自を言い訳にしてはいけない。

 生まれながらに背負わされた罪の十字架を彼は受け止めた。

 自分は自分である。

 自分の出来る目の前のことを一生懸命しようと。


 全てを受け入れた次の日、彼は今まで暮らしていた旧東宮御所を出て先帝が幼児期に住んでいた離宮へ引っ越した。




 生まれて初めて彼は自分の名を呼んだ。

 長年の憎しみが、多少雪解けしたような気持ちになったのは不思議だった。


 何故か、あの小さく細いそして跳ねっ返りの娘の顔が浮かんだ。

 憎しみの気持ちを和らげたのはあの娘の存在か? と、すこしばかり口元が緩んだ。



「しかと、拝命致します」


 十九年間恨み続けた男へ精一杯の言葉だった。

 愚かな人だとは思うが、彼の犯した罪は決して許されてはいけないと思っていたからだった。


 事実上全ての業務を退いた今上天皇の代役として「摂政」の位が新たに彼に加わった。

 御代替わりまでの処置であった。


「詔」の儀を終え、彼は一番落ち着ける場所へ向かっていた。













次回は多少大人な回になります。

苦手な方はお避けください。

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