6.親と子
朝から慌ただしい。皇太后陛下様よりの遣者殿が光様の宮にたった今到着された。
それに合わせ、私も母様と一緒に光様の宮で準正装に着替え中だ。
花紋の入っていない、鳳凰柄も入っていないラベンダー色の衣に袖を通す。
袴は濃い目の紫。
そして上掛けにもう一枚。鈴蘭の模様が刺繍された生成り色薄衣を羽織った。
宮の侍女衆の手伝いで準備を整える。
光様の侍女衆とは最近はお会いすることも増え、比較的いつも和やかな雰囲気で話しをすることもある。
ただ今日は誰一人として発する者は無く、無言の世界の中、ただ侍女衆の衣擦れの音だけがたまに聞こえてくるだけだ。
「やはり危険過ぎます! いくらなんでも! 他に誰か代わりを立てるべきです!」
静まり返った中、廊下でけたたましい声がした。
侍女頭の女性の声だ。普段はとても物静か、と言うか流石、光様の宮の侍女衆を束ねる方! と言う感じの方だ。
皆が、再度静まり返る。
何故このようなことになったかと言うと、時は少しだけ遡る。
昨夜、皇太后陛下より内密に連絡が来たのだ。支宣様が皇太后陛下に渡した書の決行日にについて。
その指定日が何と今日だったのだ。
先帝の霊祭である本日、皇太后陛下様の宮にて式年祭が行われる。
それを良い機会に! と、皇太后陛下が、本日を提案して来たのだ。
そう、支宣様が提案した書の内容とは──。
ざっくり言うと後宮の縮小だった。
具体的には、一度も御渡りが今現在無いものは退去。事実上解雇である。
ただ希望する者は、内宮女官や侍女の試験を受けることは可能。書類審査は免除。
一度程度の御渡りある者(御子が居ない)は侍女の人数制限。最大五名までの家禄しか国庫からは支給しない。子が居る者は十名。
側室様も同様に今より制限する。と言う厳し達しだった。足りないなら私設で雇えと言うことだ。
他にも衣装の新調制限や、調度品など細やかに至るまで宮内庁ではなく財務省の許可がいる。
ようは、贅沢三昧していた後宮に制裁のメスが入るわけだ。
何代も続いてきた悪しき秘密の空間。今やそれは腐敗しきっていた。この辺りで膿を出す必要がある。
では、何故侍女頭殿が声を荒らげていたか?
その理由は。
場所の問題だった。
普通ならば支宣様か、惟光様などが命じに行けばよい。
ただ、そこは男子禁制の今上帝の「花園」だ。
当然男子はいかなる理由であろうと今上帝以外は入れない。
では? どうする? となり、私が名乗り出た。と言う訳だった。
勿論、光様はじめ、犬兄弟、両親含め全員大反対した。
でも、他に行ける者が居ないなら仕方ないじゃないか! と、私が説得したのだ。
今上帝の側妻、お相手候補として上がる「花園」だ。女官含め、高貴な出の者、気位の高い者など、そのようなところに、いくら皇弟君の侍女といえど門前払いだ。
私の身分は未発表なので使えない。が! 皇太后陛下がそれを懸念してだろう。
あの衣は、皇太后からの無言のメッセージだ。
そこまでされたら逃げる訳には行かない。
香瞬皇后陛下に何らかの纏わる者の証、鈴蘭の意匠を背と袖に家紋を入れた衣を身につけた者。
それが、入館証のような物になる。
で、私の護衛に母様を筆頭に結や、母様のお仲間達が結集したのだ。
ただ、後宮に行くだけで何故そんなに物々しい? と思うかもしれない。
その理由は今上帝にあった。
彼は無類の女好きらしい……
その対策が一番大変だと、言われた。
急遽今日になったのも、今上帝が留守にしている間。絶対に居ない時間を狙っての周到さだった。
◇
「二度と同じ過ちを繰り返さない」
支宣は、執務室を出て門前で待機しながら、その刻を静かに待っていた。
側には兄である惟光も軍の精鋭数名を連れて待機していた。
『この命に変えても后様は絶対守る』
二人は同じことを同時に呟いた。
その頃、彼の宮では厳かな雰囲気の中、神事が行われていた。
「頼んだぞ、貞舜」
彼は、今すぐにでも飛んで行きたい早る気持ちを押さえ、彼御方に悟られないよう平常に努めた。
自分の役割は、彼女の側に居ることではない。この諸悪の根源を引き止めることだ。
そして、一番重要な仕事をこいつにさせることが、今の自分の仕事。いや、自分にしか出来ない仕事を、彼は今か、今かと機会を伺いながら、涼やかな微笑みで兄と談笑していた。
柔らかな舌触りの芳醇な香りの果実酒を兄に、にこやかに振舞う。
「陛下、ささ。どうぞ」
「陛下などと余所余所しい、家族だけの時、陽閠と呼んでくれまい?」
「そのような。ささ、もう一つどうぞ」
「美味い果実酒じゃなぁ? 母様も如何かな?」
「では、陽様。わたくしが。さぁさどうぞ」
口当たりは柔らかで良いが焼酎をはるかに上回る強い度数の酒である。大きめの杯に次々に注がれて空にする。
「兄上! 失念しておりました! このような場で無礼を御赦しください! 実は急遽水路の工事が必要となりまして! 金が少しばかり足りず、新たな補正予算書をお持ちしたので御署名をお願いしたいのです……誠に無礼なことで……」
そう言って光君は頭を掻きながら、少し恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに。
そして少し下から、酔いが周り気持ちよさそうな兄を、キラキラした瞳でウルウルと見上げる。
何処かで見た光景だ……
それを当代一の絶世の美男子がするのだ。これで落ない者など存在しない。
「何だ何だ? 光。お前にしては珍しい。うい奴め。どこじゃ? 出してみろ?」
かかった!
側で控えていた支宣が小走りに「本年度予算改訂書(最終決定)」と記された分厚い紙束、もはや辞書程の厚さがある物を主に急ぎ持って行く。
「御手を煩わせ申し訳御座いません。此方で御座います」
そう言って巻末を開け、署名欄を指差し既に墨をつけた筆を手に取らす。にっこり微笑みながらウルウルした目で再度帝を見つめる。
既に酔が回っている男に、内容の詳細など、まともに見れる注意力など最早あるわけがなかった。
多少字に乱れはあるものの、直筆の署名が書き込まれた。
すかさず、支宣に渡し、支宣が部屋を退出する。
今日の仕事は完了したな。
あとは、暫く時が立つまで。
可哀想な人達だ。
母の愛を求め続けた結果がコレだ。
「女帝」と言われた母の存在は偉大過ぎた。母に認められたい為だけに最初は彼女の人形になった。
彼女の求めるように懸命に動くが、彼女はそんな息子を叱責し愛してくれなかった。
いや、愛していなかったのではない。先帝が早くに崩御し、彼女はたった一人の息子を一人前に早くしたくて、厳しく育てようと心を鬼にしていただけだ。自分に寵のない好色な先帝に辛い思いをしていた彼女には、息子が全てだったからだ。
傀儡になることが自分の居場所と錯覚した男は、求めても愛してくれない母への想いを、他で紛らわすようになった。母の亡霊を求めて。
数多の女で母への想いを慰めてきた。
歪んだ愛だな……
だからと言って奴がしたことは、決して許されることではない。
「愚かな」
彼は、親子二人きりになった部屋で、目の前で机に伏せて酔いつぶれた醜態な親を見て、小さな声でポツリと呟いた。
「彼方はそろそろな頃か」
そう独り言を呟いたその顔は清々しいほど綺麗な笑顔だった。
第四章(完)
今回で第四章完です。
ここまでお読みになった時点でも構いませんので、広告下にある✩✩✩✩✩から作品へ評価を頂けると、執筆へのモチベーション維持に繋がります。また、次回が気になると少しでも思われたらブックマークも是非お願いします。




