5.遠い日の出来事
支宣の出自についての回になります。
「おはようございます」
「おやよう御座います」
何となく気まずい。
昨日の皇太后陛下への謁見は、恙無く無事終わり成功と言って良いだろう。
だが……
「凛花様、お話が御座います!」
支宣は昨夜遅くまで悩んでいた。何処まで凛花に話をするべきか? を。
自分の出自のことはいずれ話しても良いと思っていた。ただ、それには何処まで本当のことを話すか?
光の君との関係は? それは伏せていても良い。ならば皇太后陛下との関係は? それも、必要ならば光の君から話すだろう。ならば短的に感情は込めず、事務的に言うのが一番良いだろうと。
「昨日謁見時に言ったように、私は左大臣家の子ではありません。赤子の時に父、為時様に貰われた養子です。従って兄と呼ばせて頂いている、嫡男惟光様は私の本当の兄ではないのです」
「……でも、惟光様は少なくとも、支宣様を本当の弟のように可愛がっておいでだわ! 血の繋がりなど!」
そう……血の繋がりなど関係ない!
私は自分に対して言った言葉だった。
私の今の両親は本当の両親ではない。
このことを知っているのは、光様と惟光様の二人だけだ。私は二人の計らいで本来は養女と記されるのを長女としか記されていなかったのだ。
事実上の本当の親子に書類上はなっていた。
「有難う。凛花様」
私はそっと支宣様の手に自分の手を重ねて言った。
「良い兄が出来て宜しかったですね。良い主に出会えて。お辛い思いをされましたね」
それは私が自分に言ったセリフだった。
良い両親、良い仲間、良い夫に恵まれて私は果報者だ。
「有難う御座います。凛花様」
支宣様はにっこり笑って、私の手からすっと逃げた。
「まだ死にたくないので」
「お守りする約束なんで」
そう言って私も笑った。
理由なんかどうでも良い。私達は家族同然だ。
共に殿下を支え、この国の繁栄の為を願う同胞だ。
凛花の顔を見て支宣は理解した。
だから殿下はこの娘を選んだのだと。
彼は赤子の時に訳あって、左大臣家の門の前に敢えて捨てられていた。それを我が子として育てたのが現左大臣宰相の為時だった。
彼の母は彼を産むと直ぐにその罪深さに自害した。彼がその事実を知ったのは、彼の義理の姉である現皇后陛下安岐が嫁に行く数週間前だった。
その経緯を知った彼は、まだ元服前にも関わらず、当時兄や、姉達が仲良くしていた友人の家に飛び込んだ。きっとその人も自分と同じぐらい強く消沈しているであろうと思ったからだった。
だが、彼は違っていた。
初めて会った彼は清々しい程綺麗な顔で「行くところがないなら来てもよいぞ、小僧」と一言だけ言ってくれた。
自分の出自より、より厳しい現実を受けた主は、一度も弱いところを見せたことはなかった。それどころか、自分の生の歪みを自分の手で取り戻そうと今している。
自分にとっていつまでも眩しく、憧れの存在。
私はあの時、彼に生かせれたのだ──。
この命、既に死んだも同然な存在。
ふと、彼があの時言った言葉を思いだす。
「自分の出自を言い訳の材料にするな」
その通りだ。
左大臣家の皆は、血が繋がってない私を別に扱うようなことはしなかった。
ただ、嫡男であった惟光様は父に連れられ早くから職場に共にしていた。
左大臣家にも母はおらず、姉の安岐だけが彼の遊び相手、いや母親がわりのような存在だった。
そんな彼女には幸せになって欲しいと心から願っていた。
あんな事件がまさか起こるとは……
姉は、殿下を長年慕っていた。
そしてきっと彼の初恋も彼女だろう。
二人は婚約する予定だったのだ。
激しい嫌悪感と、憎悪が腹の中からグルグルしているのが自分でも分かる。
愛した人達を狂わせた人物。
支宣の初恋もまた、姉であった。
──そしてそれは今でも同じだった。




