5.買い物
最近は皆忙しくなったのか、政務秘書官室に全員が集まる時間が短くなってきていた。
元々私は、中将様の補佐役の「秘書達」をまとめる役として雇われたのだが、ここに来てその仕事の違和感を抱いていた。
そもそも中将様は「武官」の側の人だ。軍を統率する人。分かりやすく言えば脳筋軍団のボスだ。左膳大尉様は一応はいらっしゃるが、御歳40歳を過ぎた老体だ。40歳で老人扱いするのは失礼ではあるが、軍の最前線で先陣をきって統率するには、少しばかり御歳をとりすぎていると思われる。今はもっぱら、内勤と書類に判子を押すので毎日忙しいと聞いた。
光様の護衛として側に概ねいるのは、中将様とその腹心の方々で、此処へも皆よく顔をだしてくださるので、比較的私も話す機会も出来た。
その光様はと言えば「大公所」の方で缶詰状態だそうだ。
春はどこの会社でも新人社員の入社でバタバタと忙しい。新しく入る者もあれば、退職する者もあり。
引き継ぎや、その他諸々であの花見以来殆ど顔を見ていない。最近は「資料室」で寝るのも控え、ちゃんと御寝所でお休みになられている様子だ。
それが当たり前のことであることは理解している。
ただ、このなんとなくぽっかり空いた何かは、何なのだろうか。
ふと、帯留めに目をやる。
綺麗な薄紫色の桜。もう桜は葉桜になりかけていた……
窓の外を眺めながら、瞼を閉じ「シ」の音を懐かしむ。
「凛花、おやつの時間にしましょうか?」
「そうですねぇ母様」
私はにっこり笑って母様の誘いに従う。
凛花と呼ぶ声は「シ」ではなかった。
「凛花、たまには散歩にでも出てみないかい?」
珍しく父様が私に真面目な顔で言ってきた。いつもニコニコしながら、私と皆の会話を聞いている感じの人なのに。そして皆にからかわれるのが熊男の定番だ。
「そうねぇ? それも良いわねぇ。今日は暖かいし、そうだ! たまには外宮の街に買い物にでも行きましょうよ? ねぇ? 貴方?」
「おお! それはいいねえぇ。貞子さん!」
この熊男だが、母様のことは貞子さんと本名で呼び、今でもラブラブなのだ。
「そうと決まれば出かける支度を! 急ぎましょう!」
私は母様に言われ、町娘風の着物に着替えた。絹地の衣ではなく、綿で出来た袖が少し短めな羽織袴姿。母様に髪を結って貰い、女学生風な出で立ち。とは言えこの時代に女学生は存在しないのだが。
識字率、特に女性の識字率が今だ低いこの国に「学校」を作るのは中々大変そうだ。
でも私が以前に書いた提案書、間違って光様に直接届いてしまったアレにはそのことも記してあった。
後になって聞いたが、光様が私を登用しようと思った一番の理由はそれであったらしい。
未来の国を背負っていく者、そう、子ども達に読み書きや、道徳、歴史等を教える「学校」の設立。今はまだ不整備な国民の戸籍。ちゃんと国土を計測し、農作物の出来高や、水量の計測、国民の人口推移を数値でしっかり知り、管理することは現代では当たり前の話だったが、その「当たり前」をこの時代に真剣にやろうと考えている光様の凄さには驚いた。と言うしかなかった。
そんなことを思っていたら、準備が整ったようで、私は両親と一緒にはじめて、仕事以外で宮廷の外に出た。
◇
うわー久しぶりに外宮に出たけど、随分賑やかになったわねぇ。
以前の居候先の料理屋は、両親が内宮勤め、私の側に務めるようになった為、母様の縁者の方が代わりに営んでいた。
そうだ、以前戴いた光様からの贈り物。何かお返しを? と思ってそのままになっていたけど、ちょうど良い機会だし、今日何か買って行こうかしら? 少しお金の余裕も出来たことだし。
「これなんか? どうだい? 凛花?」
「凛花にはこっちがお似合いよ」
「いや、こっちだ!」
………。
母様と一緒に入った手拭い屋。最近の富裕層の中では流行っていると言う、薄い絹布に刺繍を施した手拭い。所謂ハンカチだ。
最初は母様と二人で見ていたのだけれど、父様も参戦して来て今これである。
「折角だから、普段お世話になっている皆様に買って行きたいんだけど? 良いかなぁ?」
──パンッ!
母様が手を叩いて、うんうんと頷いている。
侍女達女性には綺麗な刺繍を施された華やかな物を。中将様はじめ、支宣様や他男性陣には、上質な生地のシックな色合いの物を選んだ。
折角だから、両親の分もこっそり混ぜてみる。
あとは、光様の分……。
紫の絹地に銀糸の縁取りが施された、上品なハンカチ。
「これだ!」
思わす叫んでしまった。私はハッと咄嗟に口手で押さえて誤魔化した。
「ん? 凛花や? どうしたんだい?」
「いえ、コホッ、何でもありません……」
「そうかい? お金は足りそうかい? 遠慮せずに言うんだよ?」
「大丈夫です。父様。ちゃんと給金を頂いておりますゆえ」
母様は、皆に買うなら自分達がお金を出すと言ったが、今回は何も知らなかった、何処にも行くところがなかった私に、居る場所を与えてくれた皆へのお礼なので私が出したい。と願い出たら、母様も了承してくれた。
両親は私の素性のことは、私に何も聞かなかった。そして表向きは、私は母様の遠縁の子と言うことになっていた。




