22.春の嵐
──「あら? 今日は随分早いのねぇ?」
そんな母の問いかけにも、軽く頷くだけでそそくさと去って行く。
彼女の後ろ姿には初めて見る髪飾り、いや簪が光っていた。
金の細工に宝珠には丁寧な作業を施された二輪の桜。今の季節にピッタリであろう。
が、問題なのはその色だ。
本来、桜を連想するなら桃色の石や、高価な物であれば珊瑚などを使用した簪や髪飾りが主流だ。
桜と言えば普通は桃色だ。だが、その娘が髪に挿していた桜は、ほんのり薄紅色は混ざっていたが、どう見ても薄紫色をしていた。二輪ある小さめの花片がかろうじて桃色と言えた程度だ。
贈り主は聞くまでもなかろう。
自分の瞳の色と同じ宝珠の簪。以前は髪飾りであったが、こともあろうか今回は簪である。
──あの子この意味が分かっているのかしら? 分かっていてつけているのかしら?
と、不安になった。
そして、その元凶となる御仁。
戯れにしては過ぎている。
そんな心配事をしていたら、声がした。
「今日は花見に行こうと思う。弁当の用意を頼む」
その声の主の顔を見ることなく背を向けたまま答える。
「興が過ぎやしませんか? まだ蕾、綺麗な花が咲くまで一緒に待ちませんか?」
「花を自分の元で大事に育て、愛でたいと思うも一興ではないか? 母よ?」
「殿下!」
私は思わず声を荒げた。
「わたしにも、あの人の血が流れていたと言うことだな……」
!
暫くの重い空気と沈黙が続き、周りを一旦確認し、小声で背を向けたまま呟く。
「──いつからご存知で?」
「さぁ、アレの輿入れの頃かな?」
「案ずるな、アレと我は同じではない」
「そろそろ、返して貰いに行くかなぁ。ただ、今は花が綺麗に咲くのをまだゆっくり見ていたいのだ」
「頼んだぞ。あれを」
「御意」
◇
「どうしたんですか? 突然花見にって、ちらほらとは咲き始めていますが、まだちょっとばかり満開には早くないですか?」
そう言ってバタバタと部屋に入って来たのは中将様だった。珍しく今日は支宣様は後ろに居なかった。
「光様が何でか突然言い出したのですよ。おにぎりのせいかしら? ただ、弁当を食べたかっただけなんじゃないですかねぇ?」
「なるほど、って おい! その格好!!」
目の前に居る、まるで何処かの姫君のような女性を見て、惟光は息が止まりそうになった。
美しさよりも、その上衣。色と言い、柄と言い。
薄紫色の上衣に襟は薄紅色。上衣に施された薄い透けるような銀糸で描かれた鳥の模様。
ツガイであるはずの鳳凰の凰だけがが背に優雅に舞っていた。
そしてそれを纏った娘の髪には、紫水晶の桜の花。
思わす惟光は頭を抱えた。
「あれ? やっぱり似合わないよねぇ? こんな雅な衣、私には? でも着替えたら怒られそうだしぃ……」
「い、いや、そうではなく……。凛花さんって傘持ってたっけ?」
へ? 今日って晴天だけど? 春だと風が強いから?
「い、いや、やっぱいい。こっちで用意するから」
そう言って慌てて、中将様はまた外に出ていった。
──息を切らしながら男は再び部屋に入ってきた。
「騒がしいのぅ、惟光や」
「殿下! いったい何をお考えですか!」
珍しく、大きな声出してしまったことに、少し反省しながらも、怪訝な顔を崩そうとはしていなかった。
「ただの花見だ。そんなに慌てることもなかろう?」
主の、のほほんとした物言い、少しいたずらに笑っているようにも取れるその顔に余計イライラが募り、再び声を荒げる。
「大有りです! あの背の模様、衣の色、簪、何もかも大問題です! ご自分のしたことがお分かりですか? 興にしては度が過ぎます!!」
「どいつもこいつも興と。我はそんなに軽い男と見られておるのだな。今後の臣を熟考せねばならぬかな?」
「では? 何故に?」
「そろそろ返して貰うかな? と」
「それは、姉上でしょうか?」
「いつの話だ。そんな昔のこと。忘れたよ」
「では……」
「それまで、絶対に護れ」
「御意」
惟光はすっと床に膝を付き、礼を取った。
組んだ手の拳は小刻みに震えており、床には一粒の水滴が落ちていた。
「ところで、その傘は?」
「流石にあのままでは。口覆も用意しました」
光君は、むすぅっと膨れ面を見せたが、トイプードルの縋るような目と、絶対に引かないぞ! と言う強い眼差しを受けて、渋々観念せざるを得なかった。
──こいつ本当に最近小姑みたいになってきたなぁ。宣と言い……
本当に北の大地に飛ばしてやろうか? と、ちょっとだけ考えていたことは、また別のお話。
少しづつ、二人の関係に変化が。




