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はじまりの刻 ~堅物姫と麗し皇子の秘め事の始まり〜甘美な世界でイケメン皇子に溺愛される〜美しの君は実はドS皇子でした〜  作者: 蒼良美月
最終章 継承編

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20.はじまりの刻(継承)

 夏の暑さもやっと和らぎ、気付けば庭の竜胆(りんどう)が誇らしげに咲き風に揺れていた。

  見上げると曇一つない高くなった青空が一面に広がり、季節は秋の訪れを告げようとしていた。


 そんな中、昼を過ぎた頃より新しく出来た皇后の宮は、先程より慌ただしくなってきていた。



「おい、まだなのか? 凛花は大丈夫なのか?」


 一人の美丈夫が、先程から部屋の中をウロウロと歩き回ったり、時折廊下に出てみたりと落ち着かない様子だ。


「今上、邪魔です。彼方でお待ち下さい」

 皇后の側近である結に叱られた。


「邪魔って……」

 惟光と支宣はギョッとして御上の顔を見るが、気にしてなさそうなので安堵する。


「紀恵さん、冷たい水に浸した布を用意して貰えますか? 皇后に含ませます」

 彼女の母である貞舜が、手伝いとして呼ばれた紀恵に言う。


「水なら俺が?」


 やっと出番かと目を輝かせ、紫の髪を(なび)かせながら、急ぎ貞舜の下に駆け寄る。


「結構です! 殿方は此方でお待ち下さいませ」


 貞舜にピシャリと言われ、悲しそうな目をして戻ってきた彼に、惟光は気遣い声を掛ける。


「今上、初産ですし長くなると聞きますゆえ、少しお休みください。我々が此方でずっと待機しておりますし、何かあれば直ぐに御呼びに参りますので」


「は? 何かとは? 何だ? 申せ! 惟光!」


 紫の目が光る。


「今上、落ち着いて下さい! 言葉の綾にすぎませぬ」

 支宣が急いで止めに入る。


「それにしても時間が掛かり過ぎてはいないのか? 凛花に何かあったのではないのか? おい宣、聞いて参れ!」


「今上、まだ一刻少々しか経っておりませぬゆえ……お座りください」


 支宣はいいから()()と目で圧を掛ける。

 そのまま控えていた信に目配せし、茶の用意を下女に頼んでくるよう命じた。




 ──それから更に数刻が過ぎ、既に外は漆黒の(とばり)が降り、まるで夜空までその刻を固唾を飲んで待ちわびているかの如く、静まり返っていた。


 夕刻前より産気付いた皇后が部屋に篭もり既に日付が変わろうとしていたが、誰一人眠ろうとはせず全員が皇子の誕生を今か、今かと気を張っていた。


 少し前までずっとウロウロと忙しそうに歩き回っていた天上人は緊張からか、その美しい顔に流石に少し疲れの色を見せていた。


 周りに少しでも休むように何度も言われたが、彼は愛妻が頑張っているのに自分が休むなど有り得ない。と頑なに控えの間を離れることを拒否した。


「今上、少しでも腹に入れて下さい」

 裕進が支度部屋の下女に作らせた「おにぎり」を持って来た。


「おにぎりか……昨日のことのようだな」

 そう言って彼は惟光と支宣に視線を向けた。


「左様で御座いますね。まさかあの時の娘が今や皇后となり、今上の皇子様を産むことになるだなんて、あの時は思ってもみませんでした」


 惟光は遠い目をした。


「あの時は、この国は米があまり収穫出来ないのか? といきなり聞かれて驚きました」

 支宣も当時を思い出す。


「あ、でも今上ってそれより前に既に(かんざし)贈ってましたよねえ?」


「……言うな宣それを」

 主が少し俯く。


 ──そうそう、()()簪の意味を理解せず、本当にただの就職祝いだと思っていた娘が、まさか主と本当に結婚してしまうとはなぁ……そう言えば証の宝剣を金庫に入れて大事に保管されて……


 惟光は少し懐かしい気持ちになりつつ自然と口元が緩んでいた。

 極度の緊張の中で束の間の休息だった。






 ──静まり返った部屋の中、紺碧色の東の空が白み始め次第に薄紅色に染まってきた。


 先程までの朝霧が次第に晴れていきその谷間から金色(こんじき)の帯が部屋に広がる。

 黎明(れいめい)を感じた瞬間だった。






 ◇






「ほら頭が見えてきましたよ! 凛花様! もう産まれますよ! さあ、思いっきりいきんで下さい!」


「はああぁあぁ~〜ああ」





 ──「お、おぎゃ、おぎゃぁーーおぎゃー」


 静寂を引き裂くように産声が聴こえた。



「今上!!」



「産まれたか!!」

 そう言いながら、紫色の髪を靡かせ既に廊下を走っていた。


 声もかけず襖を急ぎ開ける。

 愛妻の布団の横、ふわふわした布に包まれた小さき者に目を向けた。


「おめでとうございます今上。元気な親王様で御座いますよ」

 貞舜が義息子に声を掛けた。


「凛花! 凛花は無事か?」


 彼が一番に発した言葉は、世継ぎ誕生よりも愛妻を心配する言葉だった。


「貴方に似た美しい御子ですよ? 抱いてやってくださいな?」


 この世で一番大事なもの。自分の命より大切な宝物が無事であったことに、自然と涙が溢れていた。


 いつ振りだろうか? 人目を憚らず隠すこともせず涙を流したのは。

 俺は無意識に宝物を抱きしめていた。


「凛花、有難う。よく頑張ったな。本当によく頑張った」


 彼は私の頭を何度も何度も撫でた。

 ひとしきり撫でたあと優しく柔らかな声で言う。


「疲れたであろう。ゆっくり休むと良い」


 彼は大粒のダイヤモンドをしとしと流しながら、私の手を握って温かな菩薩のような笑顔を見せた。








 ◇








「じぃじですよ~~蒼くん」



「おい、()()なんとかしろ」

「そう、申されましても……」

 支宣は苦笑いする。


 親王の瞳の色が濃い蒼色だったこともあり、名を「蒼綬(そうじゅ)」と今上が命名した。

 彼の幼名である光綬より一字授けたのであった。


 面会が可となった先日より、毎日のように現れる上皇に、御上は日々文句を口では言っているが、満更でもなさそうだったので、支宣は笑って誤魔化すことにしていたのだ。


「蒼、おいで」


 彼が手を広げたので、私は蒼を彼に託す。


「蒼綬様~~じいじでちゅよ~~」

 為時様がいらした。


「あ? 誰がじいじだ? 帰れ!」


「良いではありませぬか? 今上のおむつを誰が替えたと思っておいでですか? ならば我が孫も同じようなもので御座いまする!」


「阿呆か? 何処の世界にそのような話しが通用すると? 宣、親父殿をつまみ出せ!」


「無理す」

 支宣は面倒事に巻き込まれそうな予感がして、その場から逃げようとする。


「そう言えば、支宣様ってまだ蒼を抱っこしたことが無いのではないかしら?」

 私はふと思い出し、たずねる。


「この状況でわたくしの順が来ると思われます? 皇后様……全員追い出しても宜しいでしょうか?」

 支宣様が真面目な顔で私に言ってくる。


「光潤様、蒼綬様を支宣様へ」

 私は支宣様が気の毒になり、蒼を抱いて離さない夫に言う。


「あ? 何で此奴(こやつ)に? って、何でお前毎日此処におるのだ? 仕事しろよ?」


「今上が此方に入り浸っておいでですので、わたくしは仕方なく此方に参上しているのですが? お嫌なら執務室へお戻り願えませぬか?」


 そう、あれだけ毎日出仕していた超が付くほどの仕事の鬼が、蒼綬が産まれて以来ずっとこの部屋に留まり、ついには此方に机を運ばせ、光潤様の仕事場は此処になっていたのだ。


「ん? 仕事はちゃんとしているではないか? 何か問題が?」


「今上がわたくしに来いと言われたから参上したのですが?」

「ん? 用が終わったら必要なくないか? 帰れ、お前も」


「光潤様!」

 私は彼を叱った。


 この御方、仕事をしている時と授乳の時以外、殆ど蒼綬をずっと抱いているのだ。

 最近では、彼が仕事をしている時間を狙って、上皇様や為時様、惟光様らが交代で蒼綬に会いに来ていた。


 そんな感じなので、支宣様に順が回って来なかったのだ。


 皆に愛されるのも大変ですね? 

 私は心の中で彼の腕の中でスヤスヤ眠る蒼綬を見守った。




 ──その後も光潤様は自分にそっくりな息子を宝のように常に自分の傍に置いていた。

 彼の綺麗な御髪を蒼綬が涎塗(よだれまみ)れの手で触っても、にこにこしながら愛息を怒ることはなかった。


「あらあら、蒼ったら父上様の御髪が、まあまあ」

 私は急ぎ蒼を光潤様から引き離そうとするが、彼に強くしがみついた蒼は泣きそうな顔をする。


「良い良い、蒼は此処が良いのよなあ?」


 そう言って同じ顔の大小が笑う。


「キャッキャッ。アーア」


「凛花! 今、蒼が父上と俺を呼んだぞ!」


 そう言って嬉しそうな顔をする貴方が一番可愛らしい赤子のような、濁り一つないキラキラした瞳ですよ。


「蒼は本当に白珠のような白く、利発ですこぶる整った様相よのう? 本当に凛花にそっくりだな」



 は?

 違いますが?

 やっぱり目が悪いのか?

 それとも自画自賛でしょうか?


 誰がどう見ても貴方にそっくりです!

 唯一父と違うのは瞳の色と髪の色ぐらいだった。




「今上、御前会議の刻で御座います」



「うるさい小姑が来たぞ? 蒼よ? 少しばかり母上と良い子に待っているのだぞ?」



「小姑って……蒼様、御父上をお借りしますよ?」


「宣、この報告書もう一回やり直させろ。これでは貧しい者は医療所には通えぬわ。この半分になるように再度見直せ」


「これより半分ですか? その分の財源は何処から?」


「あ? 何か言ったか?」

 低くく鋭い声に変わった。


「い、いえ何も……」




 彼は自分の在位中、民の暮らし水準を上げることに心血を注いだ。


 庶民が通える学校を作り、貧しい者も医療が受けられる保険制度を作り、高等教育や研究したい者を支援する奨学金制度を作った。


 また、絵画や音楽、工芸等の芸術を目指す者にも支援した。


 主要道路の道幅を広げ、歩道を設け、流通の便利さを高めたり、民が自由に利用出来る安価な銭湯を作ったり。


 一時期、金が足りなくなり自身の資産を手放すまでになったが、後に育った者達より多くの知的資産が生まれ、彼らの存在により何倍にも増えることになる。



「国を繁栄、豊かにするのは神や剣の力ではない! 人の叡智である。人が国の財産である。何人にも平等に学ぶ権利を」


 常に臣下に言い続け、春国はそれにより、さまざまな分野の偉人が誕生したのは、また別のお話。


 子が幼いうちは出来るだけ子との時間を大事にし、子が昼寝している間や夜中遅くまで一人溜まった仕事をこなしていた。


 そんな彼の姿を知る者は彼が出す無理難題を実現する為に日々一生懸命奔走した。

 彼の在位期間約二十数年で春国は強大な大国へと成長することになる。

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