16.結婚の儀(2)
一旦宮に戻ってきた光潤様がまじまじと私の顔を見る。
「どうされましたか?」
「なぁ? 触って良いか?」
真面目な顔をして私に聞いてきたのが少し可笑しくて笑ってしまう。
「構いませんが、まだまったく外からでは分かりませんよ?」
その声に少し残念そうな表情を浮かべられた。
「それでも触りたい……駄目か?」
可愛い! そんな愛おしいお顔で見られたら駄目なんて言えるわけないじゃないですか。
私は彼の手を取り、自分の腹に彼の手を誘う。
彼は少し緊張した面持ちで優しく触った後、自分の耳をあてている。
「光潤様……流石にそれはまだ……」
──それから彼は出産日まで毎日この行動を続けることになるとは、この時は思ってもみなかった。
「祝賀会は無理しなくとも良いぞ? 何なら参加しなくても」
光潤様が真面目なお顔で私の頬に手をあてながら言う。
「そこまででは……ずっと毎日寝て過ごすわけにもいかないですしねえ? 医官殿と相談しながら様子を見ます」
「あ、ああ。もう一回触って良いか?」
そう言って何度もまだ芽でしかない私達の結晶に目を細める男性は、決して神などではなく、時折こんなにも少年のような御顔され、優しく人情に溢れる一人の男性の姿だった。
◇
「本当に大丈夫か?」
光潤様が、本日何回目かの? 耳打ちをしてきた。
皆には安定期になるまでは公表しないほうが良いだろうと、医官殿の助言を受けて秘密にしていた。
光潤様以外では、紀恵さんと侍女頭、母様と結しか今のところ知らなかった。
「今上様、皇后様おめでとう御座います」
「おめでとう御座います」
「本当に良かったです。これで春国も安泰ですなぁ」
先程から、皆が次々に祝いの挨拶にやってくる。その度に光潤様は私の方を見て体調を気遣っている。
少し申し訳なくも思い、医官殿に目配した。医官殿が直ぐに近くに寄ってくる。
「ん? 気分が悪いのか? お開きにするか?」
「いえ。そうではありませんが、これだと光潤陛下に御負担が掛かり過ぎると思って……」
私は申し訳なさそうに小声で言う。
「なんでお前が俺に気を遣う必要が? そもそもお前だけの問題ではないのだぞ?」
真剣な眼差しで私に言う彼を見て、医官殿が少し笑っていた。
「泣く子も黙ると諸国を震え上がらす御方でも、弱い御方がおいでなのですね?」
そう言いながら医官殿が私の手首を取り、脈を診る。
「ご心配は御座いませんが、あまり長い時間はやはり、本日は朝も早かったですしね?」
医官殿が光潤様の方を見た。
「凛花。早めに切り上げるぞ。良いな?」
「はい……」
光潤様に言われ、医官殿も近くに座った。
「惟光を」
今日の司会他、開催責任者である惟光様がその声により参上した。
光潤様が扇子を使い、彼に耳打ちする。
一瞬惟光様が私に視線を向けたが、何事もなかったかのように直ぐに離れた。
「結と貞舜を呼んだから、先に戻っておれ。良いな?」
そう言って彼は少し心配そうな顔をしたが、医官殿も付き添うと申し出てくれて彼も了承した。
母様と結が直ぐにやってきたので彼の配慮を受け、立ち上がる。
「今上様、安定期になるまでは夜の営みはご辛抱下さいませね?」
医官殿が退出する際に彼に言う。だがその顔は、一切冗談を言う風はなく医師としての顔であった。
「お、おい! 分かっておるわ! 頼んだぞ。皇后を」
少しばかり彼も慌てた顔をしたが直ぐに平常となり目配せする。
◇
「今上、燎様がお見えになりました」
支宣は御上に小声で報告した。
「あのやろう本当にきたのか……」
少し主が面倒くさそうな顔を浮かべた。
「追い返すわけにも行かぬしなぁ。通せ」
「御意」
──バタバタドタドタッ
何事か? と思うような大きな足音をたてながら、殿中を大股で歩く大男が、一直線に近づいて来る。
その風貌は真冬だと言うのに浅黒く日焼けし、熊の様な大きな毛皮を肩から掛け、胸には金や銀と大きな宝珠をぶら下げていた。
「よう、おめでとう! まさかあの餓鬼がなぁ、本当に結婚するなんてなぁ。あの時は考えもしなかったぜ。まるで世捨て人のようだったお前さんがよぅ。って嫁さんは? ん? 逃げられたのか?」
そう言って大男が片手に酒瓶を持って御上の至近距離まで近づいてきた。
──カチャ、カチャ、カチャリ
一斉に若い武官達が剣に手を触れる。
「静まれ!! 北の大地の族長様である! 静まらんか!」
惟光の怒号が飛び、場内が瞬間ざわつく。
「おいおい……すごげぇなこいつら! 目が本気だったぞ? ハハハッ! 流石、魔王の軍だな。ハハハッ!」
そう言って男は大きな声で笑う。
「燎、嫌みを言いに来たなら帰れ」
一瞬にして彼の卓の周りの温度が少し下がった。
「お、おいおい。悪かったって。そこに祝いの品を持って来ただけだ心配するな。嫁さんの顔見たら直ぐに帰るわ。で? 嫁さんは?」
大男がキョロキョロと周りを見渡す。
「少し連日の疲れが出たようで、先程退出した」
主が短く淡々と答えた。
「あんな元気そうな嫁さんがか? 神の国も大変だなあ? まぁそれなら仕方ないわ。今日は、お前にじゃなくて嫁さんにと思って祝いの品を持って来たんだが、体調が悪いならそりゃあ仕方ねぇな。それならちょうど良いわ!」
大男はその風貌に似合わず、少し残念そうな顔をした。
「ん? 何が?」
「人参や蜂蜜、燕に鱶や果物、東の珍しい反物や宝石など女子が喜ぶ物を持って来た。外にいた奴に預けたから後で届けてやるんだな。おめでとう。幸せになれよ!」
──バシッ
「痛い……」
「じゃあな!」
大男は背を向けたまま一言だけ言って、またドタドタと大股で歩き出て行った。
──本当に良かったな光。守る者が出来て。絶対今度こそ幸せになれよ。
大男は心からそう願った。
「嵐のようで御座いますね……」
「ああ、悪い奴ではないのだがな……」
そう言って苦笑いしていた。
悪い奴ではない。そうでないと主があのような顔を見せるわけがない。と支宣は思っていた。
支宣にとって、目の前の御方は常に憧れてあり、親であり、兄であった。
でも彼は兄のように同じところには決して並べない存在。
一生、友人にはなれない存在。
野武士のような風体の男が小さくなっていく背を見ながら、少しだけ羨ましく感じた瞬間だった。
その後、兄の声によって今上は明日夜明け前より即位の礼が控えていることもあり、早めの解散となった。
「帰るぞ」
そう短く言い放ち、衣を翻し颯爽と足早に宮に向かって去って行くのを、急ぎ兄が追いかけたので、自分も小走りで二人の後を追いかけた。




