15.結婚の儀(1)
やばい……
あのまま寝てしまった。
大事なこと言ってない……
昨夜早くに横になった為、予定の時間より早く目覚めてしまった私は、大失態に気づいて反省していた。
「どうしよう……」
考えていてもやってしまったことは今更どうすることも出来ないので、私はせっかく早起きしたので両親に手紙を書くことにした。
彼らが私を保護してくれていなかったら、私はこんなに幸せになれていなかったのだから。
感謝の言葉もちゃんと言わずに今日まで来てしまったことに詫びる意味でもちゃんとお礼を伝えたかった。
手紙を描き終えたところで紀恵さんに呼ばれ、支度の為に湯殿に向かいった。
先程まで紺紫色だった空が、いつの間にか橙に染まっていくのを見て、遂にこの日が来てしまった。と思い、自分でもどう表現してよいか分からないこの感情を、湯に浮かべられた柚子をぼんやり眺めながら気持を落ちつかせた。
今日、私は本当の意味でお嫁に行く。
母様が部屋に入って来た。
「本日はおめでとうございます。凛花」
いつもと変わらず名前で呼んでくれた母様に私は抱きついた。無意識に涙が出ていた。
「こらこら、花嫁様が泣いたら駄目ですよ? ほら、支度をしましょうね?」
そう言って母様が優しく背中を撫でた。
私は母様に目配せした。母様は優しく微笑む。
良かった。本当に良かった。
結婚の儀のしきたりで、神殿の前までは花婿とは顔合わせない。
このまま支度が終わり次第、母様と父様に付き添われ神殿の前で待つ花婿の下に行く。
光潤様が用意してくれた首輪を付け、冠を母様がのせた。
「凛花、綺麗よ。では参りますよ?」
母様の声により、外で待っていた父様と対面する。
「り、凛花ぁ〜〜綺麗だ。綺麗だよ! おめでとう! おめでとうございます!」
そう言って父様が泣きながら私に抱きついてきたが、母様に直ぐに引き離される。
「さあ、参りましょう。花婿様がお待ちかねですよ?」
母様と父様に付き添われ私は神殿に向かう。後ろからは、結をはじめ侍女が数名付いて来ていた。その中には医官殿も混ざっている。
医官殿も言っていたように、結婚の儀自体は短い時間の為、無理をしなければ問題ない。
光潤様が今日の日の為にデザインしてくれた装束は、私の希望により純白の絹衣に番の鳳凰を細かく刺繍し、白珠と金鉱石を散りばめた豪華な衣装だ。
神殿前の橋の袂で、母様と父様が私に会釈をした。
そこに待っていたのは──
「本日はわざわざ御越し頂きありがとうございます。父上様、母上様」
そう、私がずっと気になっていたことが、たった一つだけあった。
本当にあのままで良いのか?
互い会える距離にいるのに……
出自は関係ない。
息子の晴れ舞台を一目見たいと思う気持ちだけで十分ではないか。
他に何の理由が必要か。
私は母様にお願いして何度も手紙を書いていた。やっと了解を得たことを先程知って私は安堵していた。
父上様と母様様に付き添われ私は橋を渡る。
そして、私は父上様と母上様に会釈をし、その手を後ろで待っていた母様へと移した。
「今上!」
光潤様が驚きの声を上げる。
その美しく透き通るような白き頬が次第に薄紅色に染まり、綺麗な紫の瞳を覆い隠すように片手で顔を隠し彼は天を仰いだ。
静寂が続く中、その白き長い指の隙間から一筋の水滴が零れた。
「私達は家族ですから。ね? そうでしょう?」
私は彼ににっこり微笑んだ。
その声に、彼が額から手を離し私を見た。
「凛花お前……」
綺麗な紫色の瞳から零れるのを堪えているかの如く、瞬きもせず私を見つめる
その時だった。
「光様、立派になられましたね……」
痩せて小さくなった彼女は、人目を気にすることなく目の前の自分と似た色の瞳を持つ彼を慈しみ、まるで彼に詫びるかのようにその足元で小刻みに震えながら嗚咽した。
「光潤、おめでとう」
彼もまた啜り泣きながら、目の前の男を軽く抱きしめた。
「幸せにな、光よ」
その後、小さくなった彼女を男は気遣い自分の肩を貸し立たせた。
二人は涙でぐしゃぐしゃになりながら精一杯彼に微笑んだ。
「では貴方? 参りましょうか?」
「ありがとう凛花」
小さな声で言う彼の顔は、冬空には似つかわしくないぐらい晴れ晴れとしていた。
鳳凰の刺繍が施された臙脂色の袿に白の薄地の衣を重ね、袴は紫色の装束。
烏帽子は被らず、鳳凰の簪を挿した美丈夫が柔らかな声を発した。
「参ろうか」
「はい」
ゆっくりと私達は神官様が待つ神殿の奥に歩いて行く。彼の添えられた手にエスコートされながら。
両親に見守られる中、神官様の厳かな詔が奏上される。
最後に私達が順に宣誓をし、神官様が私達に祝いの言葉を述べた。
そして、互いに指輪を交換する。
この日の為に用意した、互いの名前を内側に刻んだ物だ。
神の前に永遠の愛を誓う。
そして最後に彼が私に優しく口づけをした。
皆が涙を浮かべ私達を温かい目で見守ってくれていた。
その姿に穏やかな視線を送っていた旦那様に私は呟く。
「たまにはこうして集まりましょうね? 私達は家族ですもの」
「そうだな……」
今しかない!
と、思った私は彼の耳元で囁いた。
「次の貴方の誕生日会の頃には家族が増える予定ですよ」
「え?」
彼の綺麗な紫の瞳が一段と輝いた。
そのまま私の顔をじっと見る。
私は無言で頷いた。
「お、お前それ今言うか?」
「だって今言いたくなったんだもん」
「あり得ないだろ……」
驚きの表情と呆れた表情が入り混じっていたが、とびきりの笑顔だった。
「凛花ありがとう」
「光潤様ありがとうございます」
私達は手を取り合い神殿を出た。
振り返ると既に彼らの姿は消えていた。
「おめでとうございます」
「今上様、皇后様おめでとうございます」
「おめでとうございます」
多くの人が神殿の外で私達を待ち、祝福してくれた。
彼が私の手を取り抱き寄せ、口付けする。
「ちょ、光様」
「もう良かろ? 夫婦なのだし?」
「そう言うことでは……」
皆が見ている前で堂々と……
「ってこのようなことをしている場合ではないわ! 凛花。身体のほうは大丈夫か? 帰るぞ!」
そう言って彼は私の手を取り、皆への挨拶もろくにせず宮へ帰ろうとしたので、そこは私が制した。
「光潤陛下? ちゃんと皆様にご挨拶をさしあげて下さいませ?」
「……」
少しだけ面倒くさそうな顔をしたが、そこは仕方ないと思ったのか集まった皆に挨拶を手短に済ました彼が微笑みながら言う。
「帰るぞ」
「はい」
とは言えこの後、披露宴があるのですが?




