14.家族
今日は朝から少し怠い感じがして、大事な式典の前と言うこともあり、宮でゆっくり過ごすことになった。
「大丈夫か? 疲れが出たのでは? 今日は早めに帰るから大人しく寝とくのだぞ?」
光潤様が心配そうに私の額に自分の額をくっつける。
「うん、熱はなさそうだが。絶対歩き周るなよ? 分かったな?」
いやいや、子供じゃないですし、大事な式典の前にそんなことしませんから……
それに、そんなに言うほど悪いわけではないですし。
大事をとって、ゆっくりしますって言っただけですし……
思いのほか心配性だった光潤様に少し驚いたが、ちょっと嬉しい気持もした。
「絶対安静だぞ? では行って参る。紀恵頼んだぞ? 一応医官殿呼んでくれ」
心配性の旦那様は最後まで、色々と侍女達に指示して去って行った。
明日は結婚の儀と、祝賀会があるので最終打ち合わせで光潤様は休めないのだ。
昼餉を終えた後、身体をほぐす為に湯浴みを行い、暫く休んでいたら医官殿がやって来た。
「如何ですか? 凛花皇后」
あ!
これか!
何となく、光潤様が言っていた理由が少しだけ分かった気がした。
彼が経験してきたことに比べたら、私なんて到底比べものにはならないけれど。
そう言えば、最近名前であまり皆に呼んで貰えなくなっていた。
気づけば彼が呼ぶのと、父親様と母様ぐらいだった。
支宣様に「皇后」って呼ばれた時、少し距離を取られた感? が何となくしたのはそう言うことか!
私は今、彼に自分がずっとしてきた酷いことに反省した。
彼はずっと私を名前で呼んでくれていた。一人の人間として。
でも私は、ずっと彼を役職で呼んでいたのだ。
彼がずっと言い続けた「私は臣下ではない」の意味が今、分かった気がした。
私には名前を呼んでくれる両親もいた。
でも彼には家族は私しか居なかったのに……
──呼ばれない名前を付ける意味は必要か?
考えたこともなかった。
誰一人自分を名前で呼ばなくなる世界を。
あれだけ普段から出自は気にするなって言う御方が「天子様」なんて呼ばれて嬉しいわけがない。
神の存在? とんでもない話しだわ。
あんなに甘えん坊で、可愛らしい顔をされるのに。
私はなんて馬鹿だったのだろう。
と、改めて反省した。
「医官殿ありがとうございます」
「どういたしまして? 凛花皇后?」
うん。やっぱり嬉しいもん!
「そろそろ脈を宜しいでしょうか?」
「あ、すいません。宜しくお願いします……」
それから医官殿から色々問診を受けた。
「食欲は如何ですか? 凛花皇后?」
「あまり変わりはないようですが……」
「では、睡眠はよく取れておられますか?」
「……それなりには? でもたまに眠くなることが昼間でも」
「食べ物の好みは最近特にはお変りないですか?」
「うーーん? あまり変化はないとは思いますが……強いていうなら果物が最近美味しく感じるかしら?」
「なるほど。では最後の質問で御座いますね。月のものはちゃんと御座いましたか?」
「そう言われてみれば……先月はって、え?」
医官殿がにっこり笑った。
「あの……結婚の儀は大丈夫でしょうか?」
「明日ですよねぇ? 無理をなさらなければ問題ないですよ。ですがまだ初期の為、絶対に無理は禁物で御座います。ただ、妊娠は病気では御座いませんゆえ、ずっと寝て過ごす必要も御座いませんよ」
「良かった……」
「安心は禁物ですよ? 宜しいですね?」
そう言って医官殿はにっこり微笑んだ。
「如何いたします? 陛下には凛花皇后より報告されますか?」
「そうですねぇ」
少し悩んだが、やはり私から伝えたかったので医官殿にはそうしてもらうように言った。
「念のために明日は私も近くに控えますので、ご安心ください」
そう言って医官殿が私の手を握りながら微笑んだ。
「おめでとうございます、凛花様」
そう言って医官殿が寝所を後にした。
嬉しいけれど、何て言おうかしら……
うーーん。
考えているうちに瞼が重くなってきた……
◇
「すまぬ、遅くなった!」
「寝たのか? 紀恵? 凛花の具合はどうだった?」
「少しお疲れが溜まっていらしただけの様子で。明日のことも御座いますので本日は早めにお休み頂いた次第で御座いますよ。坊ちゃん」
「わかった。では明日は頼んだぞ?」
「承知しました。お休みなさいませ」
「相変わらずこうしていると童女のようだな」
そう言って小さな宝物をずっと見つめながら彼は頭を撫でた後、書斎から画材道具一式を持って来て、小さな寝息をたてて眠る大事な宝物の絵を書きはじめていた。
温かい春のような柔らかな陽射しが、窓に反射し金色に染まる部屋の中で優しく微笑む宝物。それはまるで聖母マリア像の姿のようだった。
奇しくもその聖母の周りには、天使が楽しそうに三体舞っていた。
彼が普段から好んで描く、安らかで柔らかい優しい温もりを感じさせる、妻の絵。
其れら全ては彼が望んでも決して手に入れることが出来なかっ幼少期の理想郷なのか?
それとも彼の目には、本当に目の前の宝物のが、そう見えていたのか?
彼が描いた愛妻の画には、一枚も青や紫などの寒色を使った画はなかった。
家族の愛を全く知らずに育った彼の希望が愛妻であった──
「さて、明日は早いし寝るとするかな……」




