11.追憶の遺産
年末年始は基本的には、内宮内の各省庁は閉まっている。ただ護衛の任の武官達だけは可哀想ではあるが、普段と同じの交代勤務である。皇居も同じで当番の者以外は皆家族や親戚と過ごす。
「何で休みにまでお前らと顔合わせないといけないのだ?」
『ここが一番だから?』
「もうよいわ。それ」
殿下が呆れ顔である。
休暇となり、暇になった犬兄弟は酒と食料を提げて遊びに来たのである。
「そもそも、ふらっと遊びに皇居に来るか?」
殿下が犬兄弟を睨む。
「入れてくれたではありませぬか?」
支宣様が殿下に返す。
「俺じゃないわ。凛花が勝手に」
「まぁ、折角いらしたのですし、さぁさ、立ってないでどうぞ、こちらへ?」
私は二人を奥の部屋に通した。
普段は居間の所謂リビングのテーブルに親しい客人は通すのだが、冬場は何かと寒いので、リビングの奥に作った小上がりに囲炉裏を切った座敷に招いた。
「ここ良いっすねぇ。これ北から?」
畳の上に敷いてあるふかふかの羊毛の絨毯を見て支宣様が言う。
「少し前に届いた。ってお前ら実家に帰れよ」
殿下が怪訝な顔を浮かべる。
「左膳様ほか、父上のご同輩の方々が集まっておりまして、五月蠅のです」
惟光様が苦笑いした。
「だからって何でうちなんだよ?」
「あ! それ無しな!」
先にお決まりの文句を言う、二人に釘をさした。
「まぁまぁ、こうして色々差し入れも持ってきて頂いたことですし、二人だけの夕餉より賑やかで良いではないですか? 貴方?」
そう言って私は囲炉裏に掛けた鍋に、彼らが持ってきてくれた野菜や肉を入れる。
ちゃんと料理して切って持ってくるところは、一緒に食べたい意思の表れだ。
竹筒に酒を入れ、周りに並べていく。
「あ! 支宣様ってまだお酒駄目でしたっけ?」
私は思い出したようにたずねた。
「あ、あと少しで十七なので、問題ないです」
何がどう問題ないのかは? わからないがまあ、正月だからよしとしましょう。
ってまだ年末ですけどね。
支宣様と惟光様が、肉や魚を竹に刺し、酒の周りに刺して行く。
あ!
「ちょっとお待ちくださいね?」
そう言って私は居間にある収納から皿を持って行こうとしたら、紀恵さんに出会ったのでお言葉に甘えて必要な物を持って来てもらうように頼んだ。
「ん? 早かったなぁ?」
殿下が私を見て少し驚いた顔をした。
「あ、いえ、紀恵さんに会ったら、用意してくれると言うので甘えて参りました」
「ほう?」
そうこうしているうちに紀恵さんがお願いしていた物を運んでくれた。
「これは?」
殿下が皿の中に入っている物に興味を持った。
「ご飯をすり潰して、味噌や甘辛タレを塗った物です」
所謂五平餅だ。
正月と言えば餅でしょう!
甘党の殿下ならきっと喜ぶと思いますよ?
醤油と味噌がこんがり焼けて良い匂いが部屋中に漂う。皆がまだかまだかと囲炉裏をのぞいていた。
パチパチと焦げる音がする五平餅に皆の注目が集まった。
「そろそろ食べ頃ですよ?」
惟光様が殿下の分と私の分を取ってくれる。アツアツなので串を手拭いで包むように皆に伝える。
「うん。美味い」
「俺、この味噌のが好き!」
「ご飯って神!」
「何で今まで粥食べていたのでしょうねえ?」
惟光様がぽつりと言う。
ですね。米の収穫量そこまで少なくはなかったですよねえ?
それから色々皆の苦労話を聞かされた。
「武官達には、頭があがりませんね? こうして私達がご飯を食べられるのも皆の頑張りのお陰ですし」
支宣様が無言になったので、ちゃんと文官にも礼を言っておく。
「あ、文官達の大変さも勿論分かっていますからね?」
武官達のミスは基本上司が怒るし、軍規に基づいて処罰されるが、文官のミスはこの御方の逆鱗に直接触れる。時々雷が落ちるのは大抵文官へだ。
「凛花、疲れたら先に休んで良いぞ? こいつらに付き合う必要ないからな?」
殿下が私に耳打ちする。
今日は朝が早かったのもあり、殿下が気遣ってくれる。
私はお言葉に甘えて、皆に挨拶をし部屋を後にした。
後は男同士の時間をお楽しみ下さいませ。
「お前ら夜は家に帰れよ?」
「お家ここ~~」
「俺伽番す~~」
「阿呆か! 酔っ払いが!」
「でも、本当に来ちゃいましたねぇ。帝になるんすよねえ」
支宣は主の顔を見ながら、しみじみと言う。
「お前代わるか?」
「無理っす!」
即答した。
「前から気になってたのですが、殿下それって?」
惟光が少し真面目な顔で主を見る。
「え? お前、為時から聞いてないのか?」
「へ?」
「殿下……」
支宣が少し怪訝な表情を浮かべた。
「へ?」
「え?」
殿下と兄の視線が交互に自分に向かっていることに、ちょっと面倒な顔をしてしまう。
「言ってなかったのか?」
主が聞いてくるので、仕方なく肯定の意で無言を貫く。
「お前それ大事なことだぞ? もしもって時は」
「もしもは御座いませんから。ご安心下さい。私は生涯、光潤様の臣下で御座います」
支宣が真面目な顔をして答えた。
惟光は目をクルクルと二人の顔を交互に見ていた。
「証は?」
「とうに捨てました」
「お、お前……」
「それに、瞞の可能性も御座いますし殿下と違って。わたくしは為時が次男、兄上の弟に御座います」
支宣は、はっきり言い切った。
瞞で産まれて直ぐに左大臣家の門前にわざわざ置かれるはずがない。何もないのに赤子を産んで直ぐに母が自害する訳がない。と殿下は思ったが、本人がそれを否定するなら、それも奴の生き方だと思い、それ以上は言わなかった。
支宣は先先帝の隠し子であった。とうに隠居していた彼は七十過ぎまで生きた。その際面倒を最期に見ていた下働きの若い女性との間に出来た子であったのだ。
先先帝の死因は公には老衰であるが、実際は腹上死である。それが原因で母親は自害していた。
ただ、直ぐに互いが亡くなっている為、本当の真相は彼が言うように瞞であるのかもしれないし、既に当時を知る者はこの世にはもう存在していなかった。
実際、先先帝より前の時代から後宮はあり、徐々にその大きさは年々大きくなっていた。支宣だけがこのような生い立ちではなく、もっと沢山の隠し子が居ても何ら不思議ではなかったのだ。
下女や、遊女との間に出来た子全てに皇位継承権を与えていたら争いの種となるのは暗黙の了解である。
彼のような子を作らない為にも後宮制度を廃止したのもあった。
帝と言う立場で、何の罪もない女達を籠に閉じ込め、飽きたら餌を与えず飼い殺す。そんな人とも言えぬ所業に彼は反吐が出る思いだった。
寵のなくなった女の行き着く先は、堕落と贅沢に染まることしかすることがなく、見栄の張り合いで、魑魅魍魎の渦となる。
寵の中で出来た結晶を如何にして葬り去るかを日々画策することで自分の矜持を保っているような狂気な女達の巣窟。
自分のような歪な存在を二度と作らない為にも彼は、もしもの際は本気で愛弟子に後を任せるつもりだったのだ。
その為に、まだ小童の頃から厳しくして来たと言うのに、目の前の男はその証すら捨て去ったと言う。
これで本当に逃げることは許されなくなった──
愛妻に言った言葉。
「皇后になどならなくて良い」は、きっと自分に言い聞かせた言葉だった。
皇太子も皇后も帝も同じ人間と言い切った。しかも可哀想と。
「可哀想か……」
「尊顔を見ることさえ禁忌とされ、名すら呼ばれない。ある意味可哀想かも知れんな」
彼は、目の前で酔っ払って寝ている兄弟をよそに、ひとりポツリと呟いていた。
産まれてから自分の名を何回他人から呼ばれたか? 親からも呼ばれたこともない。
そんな神に等しいとされる存在を、あの小さな女は「可哀想」と悲しそうな目で言った。
「ハハハッ。あいつらしいわ」
今まで色々考えていた自分が馬鹿らしく思い、思わず笑っていた。
酔いつぶれた兄弟に自分の衣を掛けてやり、部屋を後にした御方は、もうすぐその存在を神とされる男だった。




