8.マリッジブルー
即位、結婚の儀まで後一ヶ月を切った。
当日着る衣装の仮縫いも終わり、式を行う予行演習のようなものも行われた。
それなのに……
嫌なわけではない。先日の支宣様の言葉で吹っ切れたはずだった。
気持ちは変わらない。彼の側に居たいし、彼を支えたいし、支えて欲しい。
彼は私に対して勿体無いぐらい容姿端麗、文武両道、いや全てにおいて産まれだけでなく頂点だ。
そんな彼は今も変わらずずっと私を大事にしてくれる。これ以上何が不満なのだ?
と、自分で自分を怒りたいぐらいだ。
不満? 不安? 怖い? いや、全て違う。けれどこのモヤモヤした気持ちが何かが自分でも分からないのだ。
「お、おい。凛花?」
ハッ!
無意識だった。
彼に言われるまで自分でも気付かなかったぐらいだった。
頬を冷たいものがつたっていた。
彼が無言で頭を撫でながら、抱きしめた。
何も言わず、ただただずっと優しく頭を撫で続ける。
「ごめんなさい……」
「いや。焦りすぎたな。すまなかった。当初の予定通り春まで延期しよう」
私は彼の言葉に、首を横に振り彼を見る。
「無理する必要なんて何処にもない。ずっと一緒であることに何ら変わらない」
そう言って再び彼は私の頭を撫でた。
「違うの。そう言うのではないの……上手く言えない……自信がない? とかでもない」
その後の言葉が見つからない。自分でもわからないからだ、何故涙が出たのかが。
「大丈夫だ。今のままのお前で良い。その不安も、その怖さも、その重圧も全て俺が受ける。だからただ笑っていてくれるだけで良い。俺の側にいてくれるだけで良い」
そう言って彼は再度私を抱きしめた。
彼の心臓の音。もう何度も聴き慣れた心地よい調べ。
その音と温もりに抱かれ、伽羅の匂いに包まれ温かくなる自分がいた。
「お、おい!! 凛花! しっかりしろ!!」
◇
「んーー」
「どうだ? 気分は?」
「で、殿下?」
「あのまま倒れたのだ。気分は?」
「そうなのですね……もう大丈夫です。ずっとここに?」
私は朝と同じ服のままの殿下を見てたずねた。すでに外が暗くなっているのできっとずっと側にいてくれたのではないかと思ったからだ。
「気にするな。身体のほうは大丈夫か? 何か飲むか?」
そう言って立ち上がろうとする夫の袖を掴んでいた。
私の意を理解した彼は上衣を脱ぎ、愛を注いでくれる。
普段より優しく何度も私の体調を気遣い声を掛けた。
それでも彼を求め続ける私に応え続けてくれた。
「寝たか……」
「紀恵、湯の用意を。後、何か食べる物を用意してやってくれ」
──カチャリ
◇
結局自分でもあの時の衝動は分からなかった。
迷惑を掛けたことを殿下に謝ると「そんな迷惑なら毎日でも歓迎だ」と真面目な顔で言われてしまった。
まさか、自分がこんなにも子供で情けない行動をするとは思いもしなかった。
「凛花、俺は皇后を嫁に貰った訳ではないぞ? 勘違いするな。俺は凛花と言う一人の女性を愛している。皇后なぞ単なる役職程度に過ぎん。皇后になろうと思う必要などないのだ。凛花は凛花だ。お前は俺のことだけを想っておれば良い」
そう言って殿下が私の頭を優しく撫でた。
単なる役職って……
でも「皇后陛下」と言う名前に重圧を感じ過ぎていたのかもしれない。
見知らぬ世界で思いもよらない重責を与えられ、それを全うしなければならない! と力んでいたのかもしれない。
あ!
私は思い出した。大学受験。その為だけに全てを捨て、脇目も振らず一直線に中学時代から頑張った。
その結果の不合格。
目の前の目標に向かって一生懸命になりすぎて、周りが見えなくなっていく悪い癖。
今だにその癖が治っていなかったことに、何故か笑ってしまった。
「フフッ。馬鹿な私」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ。何でも御座いません」
「光、大好き! 行ってらっしゃいませ」
殿下が目を見開いた。
「あ、ああ、行ってくる。無理せずゆっくりしておれ」
そう言って頬に口づけをし、何事もなかったかのように颯爽と出仕する夫の後ろ姿を見送った。
彼の支えになることだけを考えよう。支宣様のアドバイス通り。
それが一番国の泰平になるのだから。
「あ、もうすぐクリスマス! ってこの国にそう言う慣わしってあるのかしら? そもそも神道の国よねえ?」
流石にサンタさんは無理だろうけど、やっぱりクリスマスと言えばワクワクするでしょう。
あ! プレゼント!
「結~~文和堂さんに急ぎで連絡して頂戴!」




