5.唯一無二
秋もすでに晩秋を迎える頃、私はいつものように渡り橋を渡り、いつものように仕事へ向かう。
──トントントン
「凛花です」
「入れ」
今日も殿下の声だった。今日も定例会議で皆は今は居ない。
──ガチャリ
『お誕生日おめでとう御座います妃殿下!』
「おめでとう御座います!」
「おめでとう凛花」
「え?」
──パンパンパンパンッ
「うわ~」
皆がクラッカーを鳴らしてくれた。
紙吹雪の中には桜の花びらを型どった小さな紙切れが沢山入っていた。
「御方様、此方を」
結が代表して花束を贈呈してくれた。
「有難う御座います。皆様会議中では?」
私は少し心配になり、皆にたずねる。
「今日の会議の重要案件は、この次期皇后陛下のお誕生日会で御座います」
裕進様が背筋を真っ直ぐ伸ばして言う。
結が執務室の扉を開けた瞬間。
──パンパンパンパンッ
『おめでとう御座います! 妃殿下』
「お誕生日おめでとう御座います!!」
秘書達に混ざり、内勤者の者や、中には武官の姿もあった。
私は感動のあまり上手く言葉が発することが出来ず。結に肩を借りる。
「皆様、有難う御座います」
──ガラガラガラ
御料理番様を先頭に数名の料理番達が列を作り酒樽を運んで来た。
「このあとも仕事ゆえ、皆一杯のみだぞ!」
為時様が皆に声を掛けた。
手分けして皆に杯が配られる。
御料理番様が私のところへ、札に今日の日付を入れた発泡酒の瓶を持って来た。
殿下がそっと隣に来て、小刀を手に取り私を介助してくれた。
「では?」
そう言って殿下が皆の顔を見る。
──ポン
瓶の詰詮が綺麗に抜けたところで、私達には硝子洋杯が配られ、発泡酒が注がれた。
「妃殿下の今後の御健勝と後多幸を御祈りし、乾杯!」
支宣様の挨拶で、皆が杯を空けた。
「おめでとう凛花」
その後、皆に本日は焼き菓子を振る舞われるそうだ。
そして昼食には、皆に豚汁が用意される予定と聞いた。
「ねぇ。豚汁ってまさか?」
私が殿下を見る。
殿下が御自身の扇子で少し顔を隠しながら咳払いをした。
御自身が冷凍保存したアレである。
「まぁ。沢山あるでな? 皆にも分けてやらればなぁ……」
殿下がモゴモゴと歯切れが悪い。
「沢山ですって?」
私が後に殿下から聞いたのは豚数頭と、羊を数頭と聞いていた。
殿下がそそくさと少し奥に下がる。
「支宣様?」
私は支宣様の顔を少しきつめに見る。
「豚十頭、羊七、他鶏多数」
「宣!」
支宣様が答えると同時に殿下の声が飛ぶ。
「殿下? お座り願えますか?」
私の声に、皆がそそくさと離れて行く。
「ま、待て待て凛花。今日は其方の誕生日ではないか? な? 祝いの席でそのような無粋な?」
「無粋って……では明日にでもゆっくり話しましょうね? 殿下?」
「……」
殿下が支宣様を睨んだ。
「二度としないようきつくお叱りを。妃殿下」
支宣様が私に微笑みながら言った。
「承知しました」
「お、おい、お前ら。何を企んで……」
「ハハハッ。ハハハッ。鬼神も愛妻には頭があがらんようですな。良いことです」
そう言って為時様が、声をあげて笑っている。
「では、わたくしめから、妃殿下に」
そう言って為時様が箱を差し出した。
「此方は? 鱶鰭ですか?」
「流石! 妃殿下! 左様で御座います!」
うわ、高級食材また出た! こっちにも海はあるのだし、鱶もいるだろうしまぁ存在するか……
その後も皆から色々なプレゼントを私は頂いて、とても思い出になる誕生日だった。
「では、最後は俺からだ」
そう言って殿下が立派な天鵞絨で出来た箱を私に差し出した。大小の二つだ。
「開けても?」
「うわぁ!!」
そこにあったのは白金台に金鉱石と白珠をちりばめた首飾りと、冠、いやティアラと耳飾りのセットだった。
ティアラの台座には細かい鳳凰の彫が番いでされており、桜の花びらがちりばめてあった。鳳凰の目には桃色の金鉱石と、紫青石が埋め込まれていた。
「これって……」
「春国第二十八代皇后陛下へ」
殿下の言葉により、執務室にいた者全てが臣下の礼をとった。
「国母には少しまだ早いがな」
そう言って殿下がまるで春の日差しのような温かい微笑みを浮かべた。
「此方は?
私はもう一つの小さめの箱を手に取る。
「開けてみろ」
殿下に促され、箱を開けた。
「あ! 何で分かったのですか?」
「欲しいって顔に書いてあったからな? ハハハッ」
そう言って殿下が高笑いした。
そう、以前殿下がプレゼントしてくれた今も指にしてあるこのエタニティリングと同じデザインの総ダイヤモンドのフルエタニティブレスレットが豪華な箱に鎮座していた。
これ2カラット超えてない?
しかも全て不純物のない無色透明のブリリアントカット最高級品である。
恐ろしい値段のような……
下世話の私は、つい値段換算してしまう……
ティアラや首飾りは流石に普段使いにはと、当日まで宝物殿で大事に保管されることになった。
「全て殿下の御手により?」
「当然であろう? 其方の身につける物であるぞ? 他の者が意匠しお前を想うなど許す訳なかろ?」
何を言っているのだ? と言わんばかりの自信たっぷりに殿下が言う。
「え? えええええええ? そう言う意味だったのですか?」
「いや、勿論両方だがな」
照れることなく、真面目な顔で言うこの御方の嬉しい独占欲に包まれた一日だった。
御料理番様らが用意して下さったケーキを自宅に帰り、紀恵さんの手により食卓に運ばれた。
何と、このケーキも殿下のデザインによる物と聞いて驚いた。
以前に私が殿下に贈った箱に入れたハートを飴細工で作り、苺や柑橘を飾った、フルーツケーキだった。
「素敵な生日焼き菓子ですね」
「あちらでは?」
殿下が小声で聞いてきた。
「ケーキと言います」
殿下の意を受け、私も小声で答えた。
「では、我が国初の「花益」として世に広めよう」
「え?」
「お前が春国で初のケーキ「花益」を食した祖となる日だ」
「広めると?」
「嫌なら止めるが?」
「いいえ。嬉しいです」
自分の誕生日を記念して作った菓子を私の名を冠させて名付けるなんて。そんな素敵なことが。本当にロマンチストな御方だわ。
私はそんな甘々な旦那様に飛びついた。
「有り難う御座います。貴方」
「ところで、欲しい物とは? お前が言わぬから仕方なく勝手に選んでしまったのだが」
そう言って彼が私の顔をじっと見つめる。
相変わらずその綺麗な輝きを放つ紫の瞳が、今日は一段と輝きが増して見えた。長い睫毛はその美しさを隠すことなく綺麗に揃い上向きだ。
何度見ても羨ましい作りである。
「私の欲しいものはたった一つ」
そう言って私はその目の前の美しい天女の頬に手を添える。
「ん? 何だい? 凛花。俺が贈れる物であるなら、いや、お前が望むなら何処まででも探し求めるが?」
「いえ、そのようなことは望みませんよ? 貴方にしかできないことです。この世で貴方のみが私に授けることが出来る唯一の贈り物」
その言葉に殿下が、気づいたようだ。
「良いのか?」
「家族を増やしませんか? 貴方?」
私はそう言って、彼の頬を手で押さえたまま彼の薄紅色に染まった唇を覆った。
既に時は十一月も末が近い。
直ぐに出来るとは限らないし、もし妊娠したとしても結婚の儀は目の前だ。まぁ良いのではないか?
私は頷いた。
その夜、初めて私達は本当の意味で結ばれた。
殿下が何度も私に気遣い、優しく愛を残した。
本当の幸せを互いに感じた夜だった。
翌朝、何事もなかったかのように私達は仕事へ向かう準備をしていた。
が、殿下が出る前に一言呟いた。
「狂おしい程に愛おしい。では行って参る」
私はその言葉に何となく恥ずかしくなり頬が熱くなった。
でも、殿下の言葉の意味が私にも分かる気がした。




