3.恐妻
風で飛んできた赤い紅葉の葉を手に取り、私は遠い祖国を思いだす。
国も世界も違うけれど、こうして毎年見ていたモミジも緑だったのが、今は綺麗に赤色に染まっている。空のどこかで繋がっているのかも?
と、考えたところで答えに辿り着かないことをふと、思っていた。
「御方様?」
私はその何処か懐かしい小さな赤い葉を、懐紙に挟み胸元に戻した。
「行きましょうか」
そう言って結に手を軽く引かれ、久しぶりに渡り橋を歩いた。
「おはよう御座います」
秘書達に手短に挨拶を済ませ、扉を叩く。
ほんの少し離れただけなのに、凄く懐かしい気がした。
「凛花です」
「入れ」
殿下の声がした。今日から復帰した夫が中から扉を開け、私を迎えてくれる。
「如何ですか? お加減は?」
「心配ない。とは言え、仕事がまぁまぁ溜まっているようで……」
殿下の机の上には大きな白い山が出来ていた。
休養中は出来るだけ代行できる案件は支宣様を中心に手分けして片付けたと聞いていたが、それでもこれだけの量が溜まっている。
ただ、重要や緊急案件であるなら、支宣様が言ってきたはずなので、殿下のこの御顔だろう。
既にちゃんと分類されていて殿下が署名か、押印すれば終了のものが積まれていた。
うん。流石支宣様の仕事だわ。
最初に私が「政務秘書官」として雇われた初日を思い出す。
あの時は有能な兄上でしたからねぇ……
夜遅くまで大変だったことを思い出した。
殿下に茶まで淹れさせていたことを思い出し、自然と顔が緩んでいた。
「ん? どうした? 何か良いことがあったのか?」
殿下が不思議な顔をして私を凝視する。
「いえ、ほんのまだ数ヶ月前ですのにねぇ……まさかこうして殿下と一緒の部屋で仕事をし、それどころか……」
私は少し恥ずかしくなり続きの言葉を濁した。
あんなに激しい時もあれば、先日のように童のように甘えてくる目の前の男性が、私は愛おしくてたまらなかった。
「惚れ直したろ?」
そういって殿下がニヤニヤしている。
「でも、もうあのような無茶は二度としないと約束して下さい! って、以前にも約束したはずでは??」
「……怒るなって。悪かったって。ちょっと加減を、というか、俺自身もあんなになるとは……あれほど口止めしたのに……惟光の奴絶対許さぬ」
「何か言いましたか? 惟光様に文句言うなら、離婚ですからね!! 御自身を反省下さいませ!!」
「り、離婚って……凛花……皇家、帝の離縁は認められておらぬが?」
「ならば、一生別居しますよ?」
私は彼をキーッと普段よりキツく睨み付けた。
「……すいません。もうしません約束します」
ヨークシャテリアがお座りをした瞬間だった。
この目の前の虫も殺さないような色白で、絶世の美女と見まがう容姿の御方、川を堰止めるのになんと御自身の気の術で凍らせてしまい、その結果自分も凍りかけたなんとも無茶苦茶な男である。
女遊びや借金で夫婦喧嘩の話はよく聞くが、川を凍らせに行き、自分も凍りかけた。で喧嘩する夫婦は世界中何処を探しても絶対居ないだろう。と私は目の前の至宝が小さく謝る姿を見て笑ってしまった。
「謝っておるではないか……」
「だまらっしゃい!!」
「……」
ヨークシャテリアの耳が垂れたのを見て、吹き出しそうになるのをなんとか堪え、茶を淹れた。
こっちに座れ。と手招きしてヨークシャテリアを呼ぶ。
「今日だけですからね?」
そう言って殿下の好物の豆大福と、栗を潰しなめらかにしたもので作った新作のプリンを殿下の前に置いた。
粗目を焦がし、マロンクリームブリュレにしてみた。豆大福の中にも栗の餡を入れた。
「美味い! これ美味いなあ?」
甘党の殿下である。そしてプルプル系は大好きなので絶対好みだと思っていた。
「栗か?」
私は無言で頷く。
「しまったなぁ……こんなに美味いなら西の豚にくれてやるのは失敗したなぁ」
豚って……国王ですから一応。
──トントントン
「惟光です」
「支宣です」
「裕進です」
定例会議が終わり、いつもの面子が報告の為に入室してきた。
「殿下!!」
「もう宜しいのですか?」
「ちゃんと生きてます?」
なんか一人違う言葉が混ざっていたが、そこはまあ気にせず私は皆に新作の菓子を出し、留守をお詫びし、同時に感謝の言葉を述べた。
「殿下、お分かりですよねえ?」
支宣様が殿下を強く睨む。
「謝ったではないか……先程も凛花にこっぴどく言われ、挙げ句の果てにこやつ、離縁するとまで……」
「……御方様」
惟光様が私の顔を悲しそうな目で見た。
「民を助けるために頑張って、何でそのように皆に俺は怒られるのだ……」
少しむくれて言う殿下に皆の雷が落ちたのは言う間でもない。
──トントントン
「裕進様、少将様が急ぎ相談があると申されておりますが?」
「あと御方様、杜氏殿がお見えで御座います」
あ! 蒸留酒の相談で約束していたのが殿下の件で延期になったのが今日だったわ!
「しかし、命があったから良かったものの……川を凍らせて堰止めるなど、人の所業ではもはやないよな……」
惟光はポツリと目の前の男に言う。
「だからと言って……」
どうしても弟は今回の行為は許せなかったらしい。
出来ることなら俺だって止めたかったよ……
「あ、燎殿より昨夜遅くに文が届きました。今回の件で来春、川の工事をすることに同意して頂けました」
惟光が思い出したように主に報告した。
今回のことは春国に被害が及ばないようにと、無断で北の民の領土に入り川を凍らせた。
一応、彼の国にも報告をしない訳にはいかなかった為、惟光が代理で早文を飛ばしていた。
下流付近の家畜も一緒に凍らせてしまったのも報告している。
「燎殿より、お詫びにと馬一千の譲渡の申し出が御座いました。と……凍り漬けになった豚や鳥は……我が国に献上すると」
北守場の一番近くにある大川の下流の一部を堰したので、その巻き添えをくった家畜がいたのだ。
「お! これで今年の冬は干し肉ばかり食わなくて済むではないか?」
『殿下!!』
リアル冷凍保存が出来たのだ。
「うちの二千と足して三千か。あと北から千借りて、地方会わせたら五千は可能になったな。これで何処でも行けるぞ? 惟光?」
「……何処に行こうとしているのですか?」
「一人で一帯を凍らせれる人が、五千の騎馬隊必要なくないですか?」
弟がとんでもないことをポツリと言う。
「お前、良いこと言うなあ? だよな? 俺一人で順番に行って凍らせて帰れば終わるか?」
「何処に? 誰を? って、馬鹿なこと言わないで下さい!!」
惟光は再度、主の頭部に角が無いかを確認した。
「もう、それ貴方が言うと冗談で無くなるので……歩く兵器伝説を御自身で立証されたこと分かってますよねえ?」
支宣は、呆れた目で主を睨んだ。
「歩く兵器伝説ってお前……酷くないか?」
「だまらっしゃい!」
「自業自得で御座います」




