8.ネズミ退治(2)
──「……わ、わざ、わざ遠いところまで、お、お越し頂き……御手間をお掛けしました」
西国の使者は、予期せぬ目の前の光景に驚き、いや震えが止まらなかった。
中にはこの事態に恐怖を感じ、腰を抜かす者や、地面にヘたり込む者もいた。
数百の騎乗の兵士は弓を構えており、その照準は全て自分に向いている。後ろに控える騎馬の兵士は長槍を掲げており、小高い丘にはこれまた大弓を構えていた。
「え……と……。うちの者はしてどちらに?」
「ほう? うちのと認めると言うことですかな? 御使者殿?」
殿下が馬上のまま、目の前で震えている男に聞く。
「あ? いや? ど? どうなんでしょう? 違うのかな? あれ??」
「ほう? 違うのであれば、どのようにしても問題はないと? 御使者殿?」
殿下がにっこり微笑んだ。 ただその目は一切笑ってはいなかった。
寧ろ嵐の前の束の間の休息のようだった。
「実はですなぁ。朕の所有するとても大事にしているお山があってのう、そこにネズミが数匹何処からか? 忍びこんだようなのだ。で、貴国からのネズミさんだったら黙って処分するのもなあ? と、思い、しかと見て貰って判断してもらおうと思いましてな? わざわざ来て貰った訳ですわ。御足労お掛けしてすまぬな?」
「ち、朕?! え?」
「あ、挨拶が遅れて申し訳ない。我が国の慣例により新年に諸外国へは案内になる。朕が春国第二十八代皇帝、光潤である」
「えええええええええ?」
「まぁ色々あってのう? 諸外国には秋には案内を出す予定であるから、その時にまた」
騎乗の男は、普段と同じ妖艶で尚、気品に溢れ、麗しきその美しい顔でにっこり微笑んだ。
「で? ネズミは其方の国の者では無いと申すのだな?」
無表情で氷のような顔から、低い声で発せられる。
空気が一瞬で変わった瞬間だった。
彼の周りの気が一気に上昇し、まるで彼の周りを赤と紫の鳳凰が舞っているかと錯覚するぐらい、オーラのような物が纏っていた。
「え? た、 多分??」
「惟光! ネズミ共を連れてこい!!」
まるで神? いや鬼神の如くこの場の全てを制圧したかの主の声に、自軍の兵士達も恐怖で硬直していた。
小童十二名が、境界線のギリギリのところに連れてこられる。
「殺れ!」
神が悪魔となった瞬間だった。
その命令と共に、ネズミの首が次々と落下した。
そしてそのまま西側との境界線ギリギリのところに綺麗に鎮座されたのであった。
使者達は皆、失禁している者や嘔吐している者で、その姿は醜態を晒していた。
「西国国王陛下に帰って伝えよ! 今度、我国内で一匹でも其方の国のネズミを見かけたら、全軍で攻め込むと!」
「主にその土産持ち帰れ! 東将軍イリナ!」
そう言って、自ら皇帝と名乗った男が、何故か自分の名を呼ぶ。隙あればそのまま入り込めと、密命がありわざわざ自分が様子を見る役に任命された。
「六年振りになるかの? あの頃は小童ゆえ手加減したが、今は大人になったしのう?」
そう言って笑いながら、兜を脱ぎ、前髪をかき揚げた。
「む、紫の悪魔!! ひぃー」
使者の中でこの事態に唯一何とか震えながらも立っていた男が、化け物でも見たかのように、恐れ慄き尻餅をついた。
その周りには大きな水溜りが出来ていた。
「皇帝に向かって悪魔とは?」
殿下が、馬車から男に向かって問いかけた。
一斉に弓隊が再び彼に照準を合わせる。
「も、申し訳御座いません。あの時のお、御子様、あ、いや。武人様が……ゴホッ……」
彼は涙目で平服した。
「このまま全土を焼き尽くされたくなければ、とっとと失せろ! その面二度と朕の前に見せるな! 次は無いと親父に伝えろや! 外道が!」
そう、この男、現国王の次男だった。兄はまたこれ変人で、幼女趣味の引きこもりだった。
同じ愚弟の息子でも、ここまで違うかと、惟光は内心西国の民に同情した。
そう言って綺麗な髪を靡かせ、翻した背には、その容姿には似つかない鳳凰の大鎌が舞っていた。
「帰るぞ」
「御意」
声と共に既に駈け出していた鳳凰を、皆が急いで追いかけた。
──それから暫くの後、西国から親書が皇帝陛下宛に届いた。
内容はと言うと、即位の祝いとして国境に一番近い銀山を献上したいと言う驚きの内容であった。
軽い気持で、ちょっかい掛けたら大損害を被ることになったのだ。
他所様の物に手を出そうなどと言う、愚かなことを考えた代償だ。
いや彼らは、ちょっかいを出す相手を間違えたのだ。
「即位祝いとなら仕方ないのう? お返しするのも失礼じゃしのう? 仕方ないから貰ってやるかなぁ。あ、宣、返礼に紫芋と、紫玉葱でも送ってやれ」
「では、大盤振舞に茄子と毬栗も大量に送っておきましょう」
「おう。民も助かるでな? ハハハッ ならば蓮も追加してやれ」
殿下は楽しそうに笑っていた。
この男を絶対に怒らせてはいけないと、改めて部屋にいた者達は思った瞬間だった。
「調印式は十日後だ。惟光それまでに各所から兵を集めろ! 丁重に客人をお迎えする準備にかかれ!」
「御意」
「で、何方にお任せするのですか?」
支宣が主にたずねた。
既に無条件降伏をしているような状態相手に、殿下自らが御出ましになられるとは思えなかったからだ。それでも尚、威光を見せつける為に、この御方は兵を用意させろと兄に命じた。
「うーーん? くじでも良いけどなぁ? 一応此方もまあまあな奴に行かすかの? 左膳辺りでどうじゃ?」
「御意」
なんともな御人だ。左膳様と言えば、かつては軍の大尉。とは言え現在は退役され、すでに隠居生活。たまに無料で軍の若い者の稽古を見ている程度の御仁だ。それでも殿下の頼みとあれば、喜んで参上するだろう。
西国程度ならその程度で良いと踏んだのだ。
まぁ銀山の礼に芋や玉葱を贈ろうとする人だしな。
あ! 俺も茄子つけたか!
「お前の、おたんこ茄子より俺のほうが優しいぞ? しかも毬つきの栗とはな。ハハハッ」
流石は殿下。お見通しか。この人のこう言うところが俺は好きなのだ。皆まで語らずとも直ぐに気づく。そしてその上を必ず返してくる。
殿下を思わせる紫の穀物でわざと統一した。だが、芋は美味いが罵倒の際に使われる言葉だ。玉葱は臭も凄く、箱を開けた瞬間慄くこと必須だ。
銀山のお返しとしてはかなり小馬鹿にした物だ。但しその量は大量な為、民には有り難がられる。
使者殿達が持ち帰るだけで一苦労なはず。
皇帝陛下からの返礼品をまさか捨てて帰ることはできないだろうしな。
これ以上の嫌がらせは無いだろう。
そして、穴の空いた蓮を贈る意味。
穴の空いた政をずっと此方は見ているぞと言う、無言の所信だ。




