社内見学と捻くれ者とへっぽこAIと
「やったわ、ジーン! ファイドラ社の見学チケットが当たったの!」
嬉しそうに言ったのは、ジーンと呼ばれた彼の母親だ。彼女は「16歳の誕生日プレゼントになったわね♪」と言いつつリビングで紅茶をいれていた。
「俺は行かねぇぞ」
「だーめ。ジーンにはシューティングゲームの才能があるんだから。ファイドラ様にアピールして何かに活用してもらわないと」
母親が言うと、ジーンは深い溜息をついた。
「ゲームなんて、誰かが作ったモンを操作してるだけじゃねぇか。才能なんて俺には無いし」
「もー。それならせめて何かの分野の家庭教師くらいつけさせて欲しいわ」
ジーンの前に紅茶が置かれる。
できた波紋を眺めながら、ジーンは言った。
「世界戦争の前は、才能無い奴も自由に生きれたらしいじゃん。こんな風に1日ゲームしてても、親に才能云々言われずに楽に済んだんだろうな。うらやましい」
ジーンの言葉を、母親は強く否定した。
「間違った自由が蔓延って、大勢の人が無意味に亡くなっていた混沌の時代よ。決してファイドラ様の前で言っちゃだめだからね」
「……ふーん、行かないけど」
紅茶を飲みながらジーンが言うと、彼女はリビングテーブルに両手をついた。利き腕の時計の様な物を指差し、
「もー、私が居なくなったら誰がジーンに労力ポイントを配るの!」
と眉間にしわを寄せて怒った。続けてジーンに詰め寄る。
「私が介護職で得た労力ポイントを付与しててもジーンがポイントを貯めないから……2人ともCランクなの。働けなくなったら私もジーンも最下層のDランクになっちゃう。何の才能もないって笑われるわよ!」
ジーンは、母親を黙らせる言葉を知っている。彼女の感情が高まった時、
「俺が定規の正しい使い方も覚えられない不出来な子どもだと知ると、大量のポイントと引き換えに蒸発した建築家Bランク父さんの話する?」
こう言うのだ。
母親は、唇を噛みジーンを睨んだ。
しばらくの沈黙のあと、インターホンが鳴る。
「はーい、どちら様ですか?」
母親が対応している間、ジーンはずっとゲームをしていた。
(才能ってなんだよ。無い奴はどう生きるんだよ)
同じくらいの歳の者はおろか、10代未満の子たちまで最先端な社会を回している。そんな世界のなかで、目立った技術を持たないジーンは完全に取り残されていた。
「特にやりたいこともねぇし。ゲームは暇つぶしだし……あーあ、昔に生きてみたかったなぁ。ありのままの自分を受け入れてくれた時代ってやつ」
シューティングゲームの残基が減るごとにジーンの独り言は多くなる。
「だからといって変な団体とは絶対に関わりたくねぇし、ファイドラ社に目をつけられたらマトモに生きてけねぇし……技術者優位の世界は生きづらいなぁ」
ゲームオーバー。
今日は調子が悪いらしい。
「やめたやめた! 考えるのやめた!」
ジーンは、ゲームをやめて携帯機器を触った。世界共通AIアプリである【クロック】で暇潰しをする。
「やあクロック、ファイドラはハゲですか?」
AIの読み込みと共にカメラ機能が作動した。クロックはジーンの姿と声を認証すると「質問内容をあなた名義で学習します」と言って情報を検出した。
《すみません。ファイドラ様が薄毛であるかどうかは判断しかねます。詳しく知りたければファイドラ社へ直接お伺いください》
検索結果を見て、ジーンは意地悪く笑った。世界のリーダーと言われているファイドラが薄毛だったなら、是非見てやりたいものだ。そう思ったのだ。
「どんな偉い奴でも、素顔はきっとただのジジイだろ。ぜってぇハゲだって。ハゲ」
ちょうど良いタイミングで母親が「結局、見学どうするの?」と言いに来た。ジーンは茶化しに行くつもりで、
「ちょっと知りたいことがあるから、行ってみることにするわ」
と答えた。
◇
ファイドラ社見学当日。
天に突き刺さるのではないかというくらい高いビルがジーンと母親を見おろしていた。周囲はAIが設計した建造物が並び、配送用のドローンが規則正しく飛んでいた。
ファイドラ社のプロジェクションマッピングでは、ファイドラ社長の象徴であるユシア01が映し出されていた。
ユシア01が長い銀髪を揺らしながら、
《あなたの技術が世界を支える。完全なる社会をつくる。ファイドラ社》
と、賢そうに言うものだからジーンは、
「けっ、じゃあ俺。この世界に要らねぇじゃん。すかしやがって」
と悪態をついた。母親は、未だに彼のゲームの才能の話をしていたが、ジーンにとってゲームは暇潰し。特にやりたいことではないのだ。
2人が入り口付近で話しているところに、ジーンと同じ年くらいの金髪の女性が「あの!」と元気よく声を掛けてきた。ポニーテールがお辞儀をするたびに勢いよく揺れる。
「──あの、もしかして見学の方ですか? 私はキャリーと言います! もし良かったら一緒にファイドラ社を観て回りませんか? ペイントや音楽制作、MADづくりが得意です! あなたは?」
キャリーの元気な自己紹介を聞いてジーンは心底うんざりした。技術者の卵は、初対面の人に出会うと、必ず得意分野を語る。
優秀だと、世界のファイドラ社に採用される機会があるかも知れないからだ。
ジーンの母親は2人を比べて言った。
「キャリーさんは手先が器用で、クリエイティブな特技があるのね。素晴らしいわ。もう! ジーンも見習わなきゃ!」
「……俺、一人で見学するわ。母さんはそのキャリーって子と一緒にまわれよ」
「え、ええー?」
居づらくなったジーンは、両ポケットに手を突っ込んで、ファイドラ社の自動ドアを開いた。
《ファイドラ社へようこそ。顔認証をお願いします。次に携帯をかざしてください。目的を検出します》
出迎えたAI人形に言われた通り操作をすると、案内人がひょっと出てきた。ジーンより小さな、耳のとがったスーツ姿の男の子だった。
「はじめまして。ボクはサーフェスと言います。プログラミングや言語が得意です。さっき対応していたAI人形も、ボクの言語で動いているんですよ」
「ふーん、自慢?」
サーフェスは両手を前に出して「違いますよー!」と慌てた素振りを見せた。彼は、
「ボク、ロボットが好きだから。ファイドラ社でプログラマーとして働くのが夢だったんです!」
「……自慢じゃねぇか」
ジーンの言葉に、
「よく言われるけど、これ。自慢……なのでしょうか……?」
と、少し考える素振りをした。
「……そ、そんなことより!」
目的を思い出したサーフェスは、
「ファイドラ社を案内します。現在地点はこの案内地図の▲ですよ。セキュリティ上、ジーン様が入られる箇所は限られますが、興味が湧いた場所や物事は有りますか?」
とジーンに訊く。
ファイドラ社は専門的なオフィスの複合体。衣食住に関する物から、最先端科学など、様々だ。
特に機械に関する物が目立つ。サーフェスの様にロボットが好きなら、テーマパークみたいに感じるであろう。
しかし、ジーンの目的は一つ。
「なぁ、ファイドラ社長ってハゲてんの?」
「え!?」
予想外の質問にサーフェスが戸惑っていた。その間、何度も同じ質問をするジーン。才能もなければ、品性も無い。
周囲の者たちは、
「冷やかしか……さすがCランク」
と嘲笑しながらジーンを観察していた。
《──ファイドラ様は心が薄毛です》
「!」
急な返答に驚いたジーンが振り向いた。立っていたのは、プロジェクションマッピングに映っていたユシア01とそっくりなAI人形だった。
「あ、その回答は02だ! また抜け出してー!」
サーフェスが言う02とは、ユシア01の補助係として造られたAI人形のことだ。サーフェスが02を捕まえようとするも、ことごとく逃げられる。
ジーンがケラケラ笑っていると、母親とキャリーもファイドラ社に入ってきた。02とサーフェスの追いかけっこを見て、笑っているのはジーンしか居ない。みんな冷めた目をしている。
ファイドラ社社員は、ヒソヒソと話していた。
「02は、ファイドラ社に似合わないポンコツだ」
「ファイドラ様も困っておられるでしょうね」
「本当に不出来なAI人形だ」
どんよりとした薄暗い空気を感じていたジーンは、わざと大声で言った。
「感じわりぃ〜」
ジーンの言葉に反応したユシア02は、赤い目を輝かせて、
《漢字は割れませんが、お煎餅はお餅です》
そう言った。
回答している間に、サーフェスが02を捕まえる。
「はいはい、君は千年ガーデンで花を見ていてね」
サーフェスの言った【千年ガーデン】が気になったジーンは、見学してみたいと彼に言った。
「うん、良いよ! あ。そこの方たちも。顔認証と携帯をかざしたら、来てください。案内しますので!」
ジーンは、
《ぐえー、捕まった〜》
と、大人しくなったユシア02を見て少しだけAI人形に興味が湧いた。
(ロボットにも、へっぽこがいるんだな)
と。
長いエレベーターと廊下の先に、千年ガーデンへの扉があった。分厚い深緑の扉が。
サーフェスの社員証と共に顔認証と携帯機器の認証を済ませると、扉が開いた。
「ごきげんよう、ベルモンド。サーフェスです。見学者に自慢の花園を案内してあげて」
そこには、絵画のように美しい花々の景色が広がっていた。管理者の女性型AI人形、ベルモンドがジョウロで水を注いでいる。
彼女は、
「ごきげんよう。ファイドラ社自慢の千年ガーデンへようこそ。気になったことを、私に質問してください。お答えできる範囲で回答します」
そう言ってジーンたちを迎えた。




