天狗の岩風呂(創作民話22)
その昔。
喜左衛門という名の、炭焼きをなりわいとする男がおりました。
ある晩のこと。
喜左衛門が小屋で飯を食っていると、バキバキと木の折れるような音が聞こえてきました。
――なにごとだ?
喜左衛門はあわてて立ち上がり耳をすましました。
山の木々をゆらす音もします。
――風にしては……。
そう思っていますと、今度はいきなり小屋が大きくゆれました。ですが、それもじきにおさまり、あたりはすっかり静かになりました。
――いったいなんだったんだ?
考える間もなく戸をたたく音がします。
喜左衛門が戸を開けてやると、そこには鼻が高く異様に赤い顔をした、身の丈七尺を超える大男が立っていました。
「腹がへっておる、なにか食わせてくれぬか?」
うまそうなにおいがしたので、ここにやってきたんだと、大男が腹をなでて言います。
「入るがいい」
喜左衛門は肝のすわった男でした。
大男を小屋に招き入れ、それからさらに、かゆにモチを入れた雑炊まで出してやりました。
大男がかゆをすすりながら話します。
「ワシは京の天狗でな。このたび腰を痛め、この山に湯治に来たのよ」
「この山には湯は湧かねえはずじゃが?」
喜左衛門は首をかしげてみせました。
「いや、掘れば湧くのじゃ。この山は火の山であるのでな」
その湯は万病に効くのだとも、天狗は語りました。
「うまい飯だった、明日も食いに来てよいか?」
「ああ、かまわねえ」
「次は、ただとは言わんのでな」
天狗は飯を食い終わると、そう言い残し立ち去っていきました。
翌朝。
喜左衛門は山の中を見てまわりました。
ですがいつもと変わらず、一本の木も、さらに小枝さえ折れていません。
その日から。
天狗は鳥や獣を手土産に、毎晩のように小屋にやってきては、喜左衛門がこしらえる飯を食べました。
喜左衛門も快く天狗を迎え入れ、土産の肉とモチを焼いてもてなしました。
そんなある日のこと。
炭焼き作業のさなか、喜左衛門は窯の火で、うっかり手に火傷をおってしまいました。
傷は赤くただれ、痛みもひどいものでしたが、小屋には火傷を治す薬がありませんでした。
このままでは作業をいったんやめて、傷の治療のために村まで帰らなければなりません。
といって……。
村に帰って、小屋にもどってくるには、いくら速足でもまる一日はかかり、その間、窯の火を見守る者がいなくなります。
――どうしたものか。
喜左衛門がこまりはてていますと、
「山の風呂で治すがいい」
使ってみろ、じきに治る。
風呂までの道は自分が開いておくからと、天狗に強くさそわれました。
翌日の朝。
喜左衛門が小屋を出ると、山の頂に向かって木が倒され、それに沿って一本の小道が通っていました。
喜左衛門は道なりに山を登りました。
山頂近くで道が終わり、そこには大きな岩が重なってありました。
その岩かげから白い湯煙が立ち昇っています。
――こんなところで湯が出るとはな。
喜左衛門はたいそうおどろきました。
「おう、よく来たな」
喜左衛門に気づいた天狗が、さっそく岩風呂の湯につかるようすすめます。
「では、ありがたく」
喜左衛門は湯に身を沈めました。
すると不思議。
痛みがやわらぎ、手から火傷のあとが消えてゆきます。そして風呂を出たころには、どこに傷があったのかさえわからなくなっていました。
その晩のこと。
「明日にも、ワシは京へ帰らねばならぬ。風呂はこのまま残しておくので、おまえが使うがいいぞ。これまで飯を食わせてもらった礼だ」
天狗は岩風呂を喜左衛門にゆずると言いました。
山の湯は天狗の岩風呂と呼ばれ、のちの世まで村人らにより大切にされてきました。
岩風呂は今も湯がこんこんと湧き、この湯を使った者は病気や怪我がたちどころに治ると言われています。




