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冥王と侍【改訂版】  作者: 佐藤 亘
第一章
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4話

 組討(くみうち)、というものがある。

 敵将を倒し組み伏せて首を取る、それが戦場の習いであり誉れでもあった。

 侍は刀剣を使った剣術のみならず徒手空拳での戦いにも秀でている。首を討ち取りやすいように相手の力を利用して引き倒す技など、十兵衛にとっては出来て当たり前の事であった。


 これほどまでに大きな体躯の者を相手にしたのは生まれて初めての経験だったが、うまくいって良かったとほっと胸を撫で下ろす。

 胴体から切断した首を見下ろしながら、十兵衛は鬼の目に手をやりそっと瞼を閉じてやった。

 この世ならざるもの。災いをもたらすもの。そして――人の、成れの果て。十兵衛にとって、鬼とはそういう存在である。


 少年が鬼を慮った時、十兵衛の頭に浮かんだのは『剣巻(つるぎのまき)』の『宇治の橋姫(はしひめ)』という伝説だった。嫉妬に狂い、貴船神社の神に幾日も(もう)で、神託に従い人の身のまま鬼と化した女の話だ。もしあの話のようにこの鬼が人から変じたものであるなら、侍として相対する姿勢を変えなければならない。

 恐怖に震えながらも思いやりを見せた少年に応えたいと感じ、行動に移した結果は正しかったようだ。血を払い打刀を鞘にしまった所で、歩み寄って来た少年が深く頭を下げ何事かを口にした後、左手の拳を右手で覆った形を作り遺体の側に跪いて祈りを捧げていた。


「やはり、知り合いだったのか」

「スコットおじさんと呼んでいたな」


 独り言ちるように呟いた十兵衛に、男が答えた。どういった経緯で鬼になったのかは分からなかったが、十兵衛の予想通りこれは元人間であるらしい。

 友への介錯もなかったのに、鬼を苦しませることなく逝かせるに至った現実を目の当たりにしながら、十兵衛は複雑な胸中に深く溜息を吐いた。

 しばらくすると、祈りを終えた少年がおずおずと十兵衛に何事かを語り掛けた。言葉の分からない十兵衛が男に「おい、訳してくれ」と言い、少年も十兵衛に言葉が通じないならと同様に通訳を頼む。

 だが、男は眉間に深く皺を刻んで不機嫌そうにそっぽを向いた。


「嫌だ」

「はぁ?」


「さっきまでやってただろうが!」と怒る十兵衛に、「質問の最中に巻き込まれたから仕方なくだ」と男は顔を歪める。


「いいか? 私は『自ら死を選ぶ者の心』を知りたくてお前を喚んだんだ。便利な通訳扱いするな」

「あのな! そもそも俺をどこだか分からん所に連れてきたのはお前だぞ! 言葉が通じないなら通訳を頼むのも当たり前だろうが! というかとっとと俺を日本に帰せ!」

「自ら死を選ぶ人の心が知りたいの?」


 少年の言葉に、男が目を丸くする。「分かるのか」と急に距離を詰め迫った男に、少年は驚きのけぞった。

 二人の会話が分からない十兵衛は「おい、何を話してる」と言いつつ、鼻持ちならない男から少年を引き離すべく間に立つ。それが不満だったのか、男は「面倒な」と嘆息し、十兵衛の顔に右手を翳した。


 瞬間、十兵衛の脳裏に膨大な量の情報が流れ込んだ。知識の奔流、といった方が正しいのか、見知らぬ言語の数々が自分が見知った日本語と繋がり、頭に刻まれていく。

 時間にして数十秒も経たない間、十兵衛は呆然とした様子で立ち竦んでいた。

 その背に、心配そうな幼い声がかかる。


「ねぇ、大丈夫?」


 確かに、そう聞こえた。否、そう言っているのだと分かった。


 分かった瞬間、――十兵衛は即座に彼らから距離を取り、猛烈に吐いた。


「えーっ!?」


 少年の驚く声が上がるが、そちらに気をやる余裕がない。突如として詰め込まれた言語の知識に、脳の処理能力が追い付かなかったのだ。

 激しい頭痛と共に吐き気をもよおし、胃液しか出ない状態になってようやく十兵衛は我を取り戻した。


「うぇ……ぐっ……!」

「おかしいな。これでも相当情報は絞ったはずだが」

「大丈夫!? おっちゃん!」


 腰のベルトにつけていた水の入った皮袋を、少年が大急ぎで持ってくる。有難く受け取り口を濯いだ十兵衛は、げっそりとした顔色で男を睨んだ。


「お前、どういうつもりだ!」

「私の厚意にまで文句をつけるか、大した奴だな!」

「あれ、おっちゃんの言葉が分かる」


 目を丸くする少年の言葉を受け、十兵衛は目の前の少年の蒲公英色の瞳と視線を合わせた。


「……本当だ」

「そっちのおっちゃんは魔法使い様なの?」


 男が十兵衛に手を翳したのを見ていた少年が、不思議そうに述べる。その問いに男は首を横に振り、「魔法使いではないが、魔法使いも出来る」と曖昧な答えを発するに留めた。


「よく分かんないけど……。助けてくれて、ありがとう。直接言えて良かった」

「……あぁ」

「俺はアレン。アレン・ナイルって言うんだ。おっちゃんは……あ、二十二って言ってたっけ」


「髭のせいで歳がよく分かんないんだもん」と眉尻を下げるアレンに、十兵衛はふっと笑う。


「八剣十兵衛だ。おっちゃんよりは十兵衛と呼んでくれた方が有難いな」

「ここら辺では聞かない名前の感じだね。どっちが苗字?」

「八剣が苗字だ。そっちは?」

「ナイルが苗字だよ。魔法使い様は? 名前を聞いてもいいのかな」


 助けた十兵衛よりも、アレンは『魔法使い様』と称する男に殊の外敬意を払っているようだった。

 不思議な力を使う者はこちらでもそういった対象なのかと思いつつ、十兵衛はふとある事に気が付く。


「そうだ、名前。お前、名前はあるのか」


【死の律】だの魔神だの冥王だの、思えば男を称する言葉は全て名前ではなく肩書きばかりだった。

 問われた男は思案気に頸を唸りつつ、やがて何かを思い出したのか居丈高に腕を組んだ。


「便宜上、ここの部下からは【ハーデス】と呼ばれていた」

「ハーデス……」


 便宜上、ということは仮の名なのかと十兵衛は分析する。そもそも日本における神の名も、場所によっては大きく違うこともあったなと思いに耽る十兵衛を置いて、ハーデスはごく自然に「それで?」とアレンへ話の続きを促した。


「お前の身近に自ら死を選ぶ者がいるのか、アレン」

「おい」


 その言い草はなんだ、と十兵衛が睨みつける。人間の姿形をしていれども、ハーデスの在り方には思いやりというものが欠けていた。一世一代の覚悟で臨んだ切腹を邪魔した点からいっても、他者への配慮がまるで足りていない。

「配慮というものを覚えろ!」と怒りをみせた十兵衛に対し、アレンが止めるように首を振った。


「いる。いるんだ。だから、助けて欲しい」

「何?」

「十兵衛が倒してくれた魔物……ううん、スコットおじさんだけじゃない。俺達は、死を望んでいた人達に死を与えなかった。そのせいで、村が大変なことになってるんだ」


 今にも泣きだしそうな目でアレンは十兵衛の袖を掴み、深く頭を下げる。


「お願い、十兵衛、ハーデス様。俺の村を、カルド村の皆を助けて!」


 その言葉を聞き、十兵衛は思わず身を固くした。

 アレンを助けたのは、十兵衛の目の前に脅威と共に飛び込んできたからだ。手の届く範囲に助けを求める者がいるならと挑んだだけであり、これ以上の介入は望むところではなかった。そもそも、十兵衛には何よりも早くやらねばならないことがあったのだ。

 脳裏に忠之進達の顔が浮かび、秀治の顔が浮かび、その皆が口を揃えて告げる。


 ――侍のくせに、何故疾く腹を切らない。


 ハーデスが封じたと宣言したとはいえ、本当に不死なのか未だ試してはいなかった。出来るかどうかは分からないが、それでも腹を切ってみせた忠之進達に倣い一度は行動に移すべきなのではと自問自答する。

 侍だからこそ、最上で最良の選択をその死にざまで見せなければならなかった。


 そう。侍だ。




 己は、侍であるのだ。




「……あーっ!」


 がしがしと頭を掻き、十兵衛は迷いを振り切るように勢いよく顔を上げるや、アレンに背を見せしゃがみ込む。


「乗れ、アレン! 道案内は任せた!」

「十兵衛……!」

「ほう、行くのか」


「自ら死を選ぶ者がいる」と聞いた時点でアレンに同行することを決めていたハーデスが、十兵衛の行動に目を丸くした。

 その腹立たしい反応に十兵衛は鋭い眼光で睨みつけると、「侍だからな」と低く呟く。


「侍故に、死なねばならん。だが、侍故に行かねばならん」

「……何故だ」

「義侠心を捨てた侍など、侍ではないからだ!」


 アレンを背負い、猛然と十兵衛が走り出す。

 呆気に取られて見送ったハーデスだったが、やがてふっと目を細めると身軽に宙に浮いて後を追った。


「なるほど。ハイリオーレが耀くわけだ」

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