34話
「肉片を人間に戻すなどしたことが無いんですが」
「そう言わず!」
オーウェン公爵邸まで連れて来られたカガイは、領主であるクロイスのまったく話の筋が見えない依頼を不審に思いながら、身体に残る疲労感に深く嘆息した。
リンドブルム防衛戦において、長時間に渡る【断絶の大障壁】の総まとめ役をこなした後のため、カガイは極度に疲れていた。若くもない身に徹夜は辛いと腰を叩きつつ、スイとソドムが覗き込んでいる大穴を見つめる。
「超高高度から人が落ちたら死ぬんですよ。諦めなさい」
「カガイ神官長は黙ってて下さい!」
スイとソドムから同時に叫ばれ、カガイはむっと眉根を寄せた。間に立っていたクロイスは二人の在り様に慌てたものの、口は挟まずにがりがりと頭を掻く。
カガイの言う通り、普通は死ぬのだ。だが、十兵衛はハーデスの術で不死の身となっている。肉片になろうがバラバラになろうが生きているという惨たらしい現実を思い、クロイスは胸を痛めながらハーデスの帰還を待っていた。
せっかく防衛戦に勝利したというのに当のクロイスが未だ嬉しそうではなかったため、何が起こっているのかと集まって来たオーウェン騎士団や冒険者、神官達まで現場にいる始末だ。
公爵邸の広い庭に集った全員が、地下深くまで開いた大穴を見つめていた。
と、その時、大穴に変化があった。淡い緑色の光に包まれるや徐々に閉じ始め、まるで最初から何事もなかったかのように元の姿に戻ってしまったのである。
それはあたかも、時が遡るかのようだった。
「は?」
「……はっ?」
「はぁ!?」
「時間魔法ーー!?」
人類の魔法の歴史上、誰も使った事がないと言われる伝説の魔法を叫んだダニエラに、一同がごくりと生唾を飲みこむ。
一体誰がこんな魔法をと思った矢先。
「いや~、さすがハーデス! 修理費を請求されたらどうしようかと思ってたんだ。ありがとう!」
十兵衛の明るい声と共に、当の本人とハーデスが、その元・開いていた穴の大地に瞬時に現れた。
「えっ」
「……えっ……な、なんだ!?」
突如として周囲から大量の視線を注がれた十兵衛が、びくりと身体を震わせる。
「い、一体何が」
「十兵衛さん!」
と、そこにスイが大声を上げて駆け寄ってきた。「スイ殿!」と顔を向けた十兵衛は、いきなりスイに下瞼を引っ張られて驚きに身を固める。
「お怪我は!? どこか痛い所はありませんか!?」
先ほどのハーデスまさしく、貧血の状態やら何やらを確認するために全身をまさぐられながら診察され始めた十兵衛は、「だっ、もっ、おち、落ち着いてくれ!」と慌ててスイの両肩を押さえて宥めた。
「怪我は無いんだ!」
「無いわけありますかっ!!」
「えっ!? い、いや、無い! 無いとも!」
「嘘をつかないで下さい! あの高さですよ!?」
ばっと空を指さすスイに、ハーデスが「デジャヴ……」と苦笑いを零す。
当の十兵衛も二度目の会話に乾いた笑いを漏らしながら、スイの耳に顔を寄せて「次元優位でなんとかなったんだ」とこっそり伝えた。
「次元……優位……」
「あぁ」
こちらを見ていたクロイスには、自分の打刀を指さす。
頭脳明晰な大魔法使いにはどうやらそれだけで伝わったようで、クロイスは「はぁ~~」と大きく安堵の溜息を吐いてしゃがみ込んでいた。
「もう……。お父様から十兵衛さん達がヴァルメロと戦っていたと聞いて、心底びっくりしましたよ」
「七閃将のヴァルメロ!?」
公爵邸の庭に集まっていた全員が驚きの声を上げた。その大音量にまたもびくりと身体を震わせつつ、十兵衛は「でも逃げられたんだろう?」とハーデスに水を向ける。
「あぁ。カルナヴァーンの魔石は取り戻したがな」
「そうか、君が……」
魔石の話を聞いて、それまで静観していたカガイが目を瞠る。
オーウェン騎士団や東の祈りの灯台の面々は知っていた事だが、「カルナヴァーンの魔石?」だの「え、何? 討滅されたの?」と騒めき始めたことから、クロイスが場を収めるように大きく手を叩いた。
「静粛に!」
鶴の一声で一斉に静まり、皆が静聴出来る状態が整ったのを確認してから、クロイスが十兵衛に歩み寄って隣に並んだ。
「いい機会だ、皆に紹介しよう。彼は、二百年人類が討てなかった七閃将、カルナヴァーンを討滅せし英雄だ!」
「えーーっ!?」
驚愕の声が爆音のように響き渡り騒々しくなる面々の中で、クロエの「英雄さーん! お名前、教えて欲しいっすー!」という明るい声が通った。
その言葉を聞いて、はっとした全員が再度黙り込む。クロエの言葉に「知っているのに……」と苦笑しつつ、十兵衛はやおら背後のハーデスを見上げた。
ハーデスは目を細め、「言ってやれ、十兵衛」とそっと彼の背を押す。
その後押しを貰って、十兵衛は一歩前に出ると、大きく息を吸って笑った。
「八神家家臣、八剣家が末子、八剣十兵衛!」
「皆々、どうぞ宜しく頼む!」
わぁっ! と、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。
朝日の差し込む光の中で、陽光と同じく眩いばかりに光り耀く侍のハイリオーレを、冥王は優しい眼差しで見つめるのだった。




