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冥王と侍【改訂版】  作者: 佐藤 亘
第二章
26/30

26話

 魔石は燃料効率がいい。小さな魔石でも十世帯の八十年近くのエネルギーが賄える。

 灯りをつける、火をつけるなどの単純な魔法は魔力消費が少なく、大して武器や装備に付随するような魔法は、複雑化した構成もあって大きく魔力を消費した。


「魔石に匹敵する、あるいは少し下回っても効率よく現魔導回路を利用できるものが必要だ」

「魔力を使う、という所は変わらないんだな?」

「まずは変えない方向でいく。全ての魔道具を新しいものに変えるなど狂気の沙汰だ。私が生きている間に出来るはずもない」


 クロイスの断言に、三人が了承するように頷く。


「増幅器、貯蔵施設、携帯性……。魔力関連で思いつく必要最低限のものはそんな所だな」

「魔力はどこから出すんですか?」

「目の前にいるだろ?」


 スイはきょとんと父を見た。

 言わんとする所に思い至り、思わず眉を顰める。


「魔法使いから魔力を搾り取るんですか!」

「その通りだとも」


 にっこりと目を細めたクロイスは、「有事の時以外有り余ってるんだから、貯められる時に貯めればいいんだ」と鼻を鳴らす。


「食事をとってしっかり休めば次の日には五割も回復する。二日で十割だ。余っているものを使うに越したことはないだろう?」

「それはそうですが……魔法使いの畜産業なんて……」

「そ、そこまで言ってなくない?」


 娘のとんでもない解釈にクロイスが動揺する。二人の話を聞いていたハーデスは、顎に手をあてながら「それでもこの都市のエネルギーを賄うには足りないのではないか?」と問いかける。


「間違いなく足りない。だから増幅器の開発は急務だ」

「あてはあるのか」

「無いようで、ある」


 言うや否や、クロイスの手に古びた羊皮紙が掴まれた。転移魔法で持ってきたそれを、クロイスが手で弄ぶようにして回す。


「リンドブルムはパルメア大運河を跨るように在る都市だ。水の都と名高く、住まう人間も大勢いる。さて十兵衛君。君が海側に住まう者だとして、リンドブルムはどう映る?」


 問われた十兵衛は目を瞬き、思案げに俯いた。


「川における上流と下流の問題は、こちらにもあります。生活用水を上流の村の者が垂れ流せば、下流の村の者達は汚染された水で暮らすことになる。もし私が海側の民なら、リンドブルムに憎悪が募りますね」

「そうだろう? だがここはそうなっていない」

「……というと?」

「汚水の浄化がなされているのさ」


 初代オーウェンは、リンドブルムと共にこの都市を作った際、水の処理施設の開発に心血を注いだ。『いつでも楽しい魔法を』と心がけていた彼は、その集大成であるこの街も変わらずそう在れるように努めたのだ。


「オーウェンの魔法は今もなお生きている。つまり、オーウェンが作った処理施設は何かしらの魔力増幅器を失くして存在しえないということだ」

「初代……すごい……」

「すごいんだよ実際」


 うんうん、と頷きながら、クロイスが羊皮紙をテーブルの上に広げる。


「そして、その技術の結晶が、これだ」


 三人の視線が、一斉に羊皮紙に注がれた。

 古びた羊皮紙に書かれた文字と記号。絵柄を目に入れ解読――


「……あの」

「……字が」

「……汚くて読めん」

「そうなんだよ」


 ――することは出来なかった。


 スン、と居直るクロイスに、三人の冷たい視線が集まる。


「そんなトンデモ技術、私じゃなくたって歴代のオーウェン達も求めたさ。だが、父も祖父も曾祖父も、全員『初代オーウェン字汚すぎ問題』で解読を諦めたからね」

「現物を見に行ったりはしなかったのか」

「勿論したさ。だが魔法構造だぞ? 【看破】をかけたって知らないものは分からないだろう?」

「じゃあどうするんですか?」


 父の考え無しの発言に、スイが頬を膨らませる。そんな娘に対し、クロイスはすっと指を立て、ある人物を示した。――ハーデスだ。


「ハーデス君に現物を解析してもらう」

「……あ」

「なるほど」


 ハーデスは超越者だ。姿形を精神性からして容易に変じ、言語の壁もない。魔法の技術も破格であり、神をも超える者の知恵にクロイスは期待していた。

 当のハーデスは目を丸くし、一心に向けられる期待に眉根を寄せる。


「……尽力は、する。だが容易ではないぞ」

「パッと分かるものじゃないのか」

「私には常に情報がとめどなく入って来る。先んじて使うものとして確保しているならまだしも、そこから位相を合わせて正誤を判じ、必要な情報だけを取り出すには凄まじい労力がだな」

「ま、そこは頑張って頂いて」

「ええ……」


 眉尻を下げて戸惑うハーデスを尻目に、クロイスは区切りをつけるように手を打った。


「まず足掛かりはそこから行こう。諸君、よろしく頼む!」

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