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冥王と侍【改訂版】  作者: 佐藤 亘
第二章
23/30

23話

 オーウェン公爵邸には、『沈思(ちんし)の塔』と呼ばれる、扉も窓も無い塔がある。

 古くには初代オーウェンが魔法の精度の向上を目的とした、精神統一のために作られた塔と言われており、転移魔法を使える者しか中に入れないようになっていた。――クロイスが内密の会議にこの場所を選んだのも、そのためだ。

 塔自体に複数の結界魔法がかかっており、オーウェン公の許可なくして入れないよう改造も施されている。


 誰にも邪魔をされず見ることも聞くこともかなわず、密会をするならここしかないと言わしめる、偉大なるオーウェンの建造物。クロイスの手配で急遽掃除をされた塔の一室に転移魔法でやってきた四人は、古びた応接セットに座り直した。


 テーブルには先ほどの部屋にあった菓子と茶が同じく転移魔法で持ち込まれ、「ここに来たからにはおかわりは期待しないでくれよ?」とクロイスが苦笑する。

 掃除を待っている間に目を煌めかせてパクパクと菓子を食べていたハーデスは、その言葉に小さく肩を落とした。


「お前はそもそも遠慮をしろ……。大体どこにあの量が入ってるんだ」

「胃に入ってない。食べた先から分解している」

「え!? ハーデスさん排泄しないんですか!?」

「ス~イ~!」


「医療従事者の前に令嬢だろう!」とクロイスから叱責が飛び、スイは慌てて口を閉じた。

 窓もないこの部屋の光源は、火を使わない【灯光球(メルン)】という光魔法だ。魔道具によって保たれている灯りに眉根を寄せながら、ハーデスはようやく話の続きを始めた。


「私と十兵衛がどこから来たのかを語る前に、まず、この星を有するような宇宙も次元も、複数あると考えて欲しい」

「複数……。それは、一次元や二次元といった次元のことか?」

「確かにそういった次元が無いとは言わない。だが私がここでいう次元とは、内包する魂の差で生じる次元だ」


 ハーデスは静かに語る。命に死が必ずあるように、魂もまた存在することを。

 輪廻転生を繰り返す魂には、魂の装い――ハイリオーレが纏われていく。他者から送られる好意、感謝、尊敬、憧憬といった思いの力がある一定の量を超えると、一部を翼と変えて魂は次元の狭間へ飛び立つ、と。


「魂の海――【リオランテ】。そこを通ることで魂は次の次元に至る。残ったハイリオーレはそこで魂の核として融合し、輪廻転生を経てまた新たなハイリオーレを纏う。そうして徐々に次元を上っていくわけだ」

「例えば、一番高次元に至った魂はどうなるんですか?」

「そうだな……個体によるとしか言えないが、次の命を自分で選ぶ者が多いな」

「自分で……」


 驚きに目を瞠るスイに、ハーデスが頷く。


「人気なのは星だ。この世界で例えるなら、小さな細胞や虫、草、魚、動物、人間など、そういった転生の経験をした者が今度はそれらを生み出し管理する側になってみたいと、星を次なる命に選ぶ」

「……君の話だと、星も死ぬとでも言いたげだな」

「その通りだ。星も死ぬ」


 二人は、思わず息を呑んだ。ハーデスの存在を受け入れていた十兵衛は、予想通りの答えに唇を引き結ぶだけで留まる。


「神は……」

「同様だ。死に違いはない」

「君のその視点は、一体どこからのものなんだ」


「その言い方は、神をも星をも超える者しか……」とクロイスが言いかけた所で、はた、と口籠った。

 ハーデスの空気が変わったのだ。それまでの雰囲気ががらりと豹変し、静謐さを湛えるような声色で「律の者だ」と短く答えた。


「はじまりの命が生み出した(ことわり)。数多の次元にかかる万象の一切に律を巡らせ、『在る』と称し紡ぐ者。これを律の管理者という。私はその中でも死を司り、【死の律】そのものであり、それを管理する管理者でもある」

「死を、だと……!?」

「ハーデスとは仮の名だ。本来私に名はない」


 そこまで聞いて、クロイスはちらりと十兵衛に視線をやった。荒唐無稽、嘘八百。そう断じてしまえば早い話を、十兵衛は当然のように受け入れている。


「……十兵衛君は、彼の話を信じているのか」


 その問いに対し、十兵衛は困ったように頬を掻くと、「実は私も、この世界の人間ではないのです」と答えた。


「なんだと!?」

「そうなんですか!?」


 オーウェン親子が同時に驚いて立ち上がるのに対し、目の前に座っていた十兵衛がのけ反りつつ答えた。


「そうです。私は、日本という国から参りました」

「にほん……」

「スイ殿と最初に会った時に着ていた服もこの打刀も、その日本のものなんだ」


 だから見たこともない服装だったのか、とスイが合点するように目を丸くする。


「ハーデスを信じるも信じないも何も、ここに私がいることこそが全ての証左です。もはや疑うべくもない」

「……その日本の、打刀、の性能が良かったからカルナヴァーンが斬れたのか」

「いや、違う」


 クロイスの問いには、ハーデスが首を横に振って否定した。


「同次元軸なら絶対に無理だ。スイが言っていた通り、普通の鉄剣では奴の身体は斬れなかっただろう。もしこの世界で同様の打刀を作ったとしても徒労に終わる。十兵衛がここより高次元領域にいたから出来たことだ」

「【次元優位】と仰っていたものですか?」


 馬車の中での会話を思い出したスイは、その時に出た単語を拾い上げるように呟いた。


「よく覚えていたな。そうだ。高次元領域の存在や物体が、低次元領域に移動することで起きる、次元を超えた優位性。これを【次元優位】という。十兵衛が着ていたあの着物はどんな攻撃も通らない破格の装備へと変わり、打刀はどんな物体をも斬り裂く武器へと変じた、というわけだ」

「存在……ということは十兵衛君もそうなっていると?」


 それについては十兵衛の方から訂正が入る。


「ここに来た時、諸々あってハーデスと殴り合いの喧嘩になりかけたのですが、私の拳の一撃が湖を割って」

「湖を……」

「対岸の木々を打ち倒しまして」

「……十兵衛君、魔法使いだっけ」

「いえ、侍です」


 頭が痛い、と眉間を揉み解すクロイスに、十兵衛が気遣いながら「それがあまりにも危ないので、ハーデスに無くしてもらいました」と告げた。


「ん? 無くしてはないぞ。そもそも次元優位は無くせん」

「は?」

「戻したい時は次元優位を思いながら集中してみるといい。容易に戻るように調整はしてある」

「待て待て。は? あんな危ないものを!?」


 詰め寄る十兵衛に、ハーデスは嫌そうに顔をしかめた。


「じゃあお前、今後俺が集中する度にあんな物騒なものが発現するのか!?」

「そうだと言っているだろう。うまく扱え」

「ばっ……! つ、使いづらいことこの上ない……!」


 頭を抱えた十兵衛に同意するように、クロイスもスイも沈痛の面持ちで頷くのだった。

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