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冥王と侍【改訂版】  作者: 佐藤 亘
第二章
22/30

22話

 クロイスとスイ、十兵衛とハーデスが脚の短いテーブルを挟んで向かい合わせのようにソファに座る。

 焼き菓子や層になっている果実の生菓子。十兵衛が見たこともない、可愛らしく美味しそうな菓子の数々が三段に皿が置ける台の上に並べられ、芳しい香りの茶が美しい器に注がれた。目の前に置かれた『この世界の豊かさを象徴するような品々』に改めて感嘆の息を吐きながら、十兵衛は退出するロラントを見送る。


「さて。改めてになるが、本当にありがとう」


 頃合いを見計らって、クロイスが再度礼を述べて頭を下げた。倣うようにスイからも頭を下げられ、十兵衛はおろおろと狼狽した。


「頭をお上げになってください。先にも述べましたが、私は成り行きでこうなっただけで……」

「自身には過分すぎると?」


 頷く十兵衛に、「とんでもない」とクロイスは笑った。


「二百年人類が討てなかった魔将を討ったんだ。領主のみならず、王国民としても心より感謝しているよ」

「二百年……」


 何度聞いても果てしない年数だ。ごくりと喉を鳴らす十兵衛の様子に、不思議そうに目を瞬かせたクロイスがスイに視線を送る。それを受けたスイは、父の疑問はさておき、十兵衛のために「簡単にご説明しましょうか」と口を開いた。


「レヴィアルディア王国を含む、人類が住まう大陸を【ウェルリアード大陸】と言います。対して、魔物の国、ヨルムンガンドを含む大陸を【ガデリアナ大陸】と呼び、二つの大陸の間には【レムリア海】という大海があります」

「確か……トルメリア平野というところだけが陸続きと聞いたな」

「えぇ。魔物達は長年、トルメリア平野からウェルリアード大陸に侵攻しようとしています。そこを、レヴィアルディア王国の騎士達が食い止めているわけです」


 騎士という言葉に対し、ハーデスから「侍のような、戦いに秀でた者達のことだ」と注釈が入った。


「人類と魔物の戦いは五千年に及び」

「ご、ごせん……」

「レヴィアルディア王国は建国二二〇五年になりますので、その大半が戦いの歴史で……ここまでは大丈夫ですか? 十兵衛さん」


 愕然とする十兵衛に、気づかわしげにスイが伺う。


「お前の所だってすでに千年は軽く超えているだろうが」と至極当然のように言うハーデスに、「いやっ、だがっ……ええっ……!?」と十兵衛が戸惑いの声をあげた。


「よく生きているな人類!」

「あはは。魔物の生殖能力が低いことや神官の存在など様々な理由はありますが、魔物はレムリア海を越えられない、という所が一番大きいと私達は見ています」

「アレンは飛来する魔物がいると言っていたぞ?」


 首を傾げるハーデスに、「高度の問題だな」とクロイスが言葉を継ぐように告げた。


「大陸と大陸を線で結んで、ほぼ中央。レムリア海の中心に位置する場所には、【星の裂け目(ステラ・クラック)】と呼ばれる目に見えない境界がある。一説には神が人と魔物の住まう地を分ける基準にしている場所だと言われるが、何故か魔物はそこに近づくと心神喪失を起こすんだ」


 カルナヴァーンが「精神を狂わされる」と言っていた言葉を思い出し、ハーデスは眉根を寄せた。


「東西南北、どれくらいの長さに至っているかは人も魔物も分かっていない。だが高度だけは知れたようで、飛翔能力の高い魔物などは稀にこちらに飛来してくるようになった、というわけだ」

「この大陸にいる魔物は、そうして飛来してきた魔物の子孫だとも言われています。だから、トルメリア平野で戦っているような魔物よりは比較的脅威度は低い方なのですが……」

「故にこそ、カルナヴァーンがこの大陸にいるのはおかしい、と」


 ハーデスの言葉に、スイが強く頷いた。


「カルナヴァーンは、こちらの大陸に招いた者がいる、というようなニュアンスで話していました。飛行手段を使わず、秘密裏に安全にこちらの大陸に忍び込む。そんな事が出来る魔法は――」

「転移魔法しかない」


 クロイスとハーデスが、同時に口にする。

 ぽかんとした様子で話を聞いていた十兵衛は、そこで「ん?」と小首を傾げた。


「ハーデス。お前、転移魔法とやらを使っていなかったか?」

「あぁ、風魔法を受け流すのに使ったな」

「……転移魔法を、戦闘中に即時使用出来る練度があるのかね」


 すっ、とクロイスの目が細まる。瞬間、その場の空気が一瞬にして冷え込み、十兵衛は腹の底から根源たる恐怖が湧き上がってきたのを感じた。――クロイスの殺気だ。

 咄嗟に丹田に力を入れて堪えた十兵衛は、クロイスとハーデスの二人にきょろきょろと視線をやる。


「練度、という表現は間違っている。そもそも練習もしていない。私は理に沿って発生させているだけだ」

「そこら辺はどうでもいい。重要なのは、君が招いた者か、そうでないかということだ」

「ないですよ!」


 一触即発の空気になりかけた所を止めたのは、スイと十兵衛の重なる声だった。


「ハーデスはそんな男ではないです!」

「そうですよ! もし招いてたとしたら、堂々と身を現して転移魔法をポンポン使うわけないじゃないですか!」

「いや、ええ……? お前、その疑いも兼ねて私の元に連れて来たんじゃないのか?」

「そういう見方も出来なくもないですけど、全然違います!」


「ぜーんぜん、違います!」とダメ出しをするように顔の前でバツ印を作ったスイに、殺気を引っ込めたクロイスが眉尻を下げた。

 クロイス・オーウェンは、レヴィアルディア王国でも屈指の大魔法使いである。

 魔法使いも剣士も絶対に勝てないというのが通説であり、歴代オーウェンは領主の身でありながら、王国の最終兵器とも称される実力を兼ね備えているのだった。


 つまり、クロイスが勝てない存在は王国の誰もが勝てない。そういった意味で、一番脅威と思われる人物を最短かつ穏便を装って娘が連れてきたと思っていたクロイスは、まさか否定されるとは思わずがっくりと肩を落とした。


「魔石の使用用途の明示と、お父様の協力が必要だと思って来て頂いたんですよ」

「協力ぅ?」

「十兵衛さん、ハーデスさん」


 目を瞬かせるクロイスの前で、スイが姿勢を正して二人に問う。


「お二人がどこからいらっしゃったか、お伺いしてもよろしいですか?」


 スイの言葉を受けた十兵衛は、隣に座っているハーデスと視線を交わした。

 胸は、決まっている。促すように首肯し、「ハーデスに一任する」とだけ告げた。


「分かった。――スイ、そしてクロイス。これから話すことは、この星どころか在する次元よりさらに上の、高次元領域に生きる者が長き生においてようやく得る世の(ことわり)だ。心して……」

「すと、ストップ」


 ハーデスの口上に、頭を抱えたクロイスから制止がかかった。

 きょとんと紅の目を瞬かせるハーデスに対し、クロイスは「新しい宗教勧誘? え? 高位神官のうちの娘が?」とぶつぶつとぼやき、指を鳴らして姿を消す。


「あっ、もう! お父様!」


 ぷりぷりとスイが怒った所で、さほど待たずしてクロイスがぱっと転移魔法で戻ってきた。


「まったく話が読めんが、とりあえず場所は変えよう。秘密の話はそこがいい」



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