2話
しかつめらしい表情を浮かべる色白の顔に、血を思わせる鮮やかな紅の目。
青白い髪の毛は逆立ちながらも首元を緩く流れる程には長さがあり、襟の立った黒衣の装いに幾何学模様の描かれた金色の頸垂帯を肩から下げた男の姿に、十兵衛は目を瞠った。上背のある彫りの深い顔立ちも含め、見たことのない装いだったからだ。
男のことを、自分のような存在――つまり人間達は、死神や魔神、死者の王や冥王と呼ぶという。男は自らを「死の律を司る者」と称していたが、それはつまり死を操れる人智を超越した神と同義なのではと気づき、思わず居住まいを正した。
懐刀を取られたままなのもここがどこかなのも何もかもが気になったが、己が身をわきまえ地に両手をつき深く叩頭する。神に出会うなど生まれて初めてのことだったので、果たしてこれが正しい敬意の表し方なのか分からず、けれども自身の最上を持ってその姿勢を示し続けた。
が、どうやら男にとっては不満だったらしい。深く嘆息し「頭を上げろ」と居丈高に言う。三拍ほど間を置いて頭をあげた十兵衛に、男は宙に浮いたまま器用に足を組んでみせた。
「お前のそれは、お前が崇める神に対するものだろう」
「申し訳ございません。私の知り得る範囲でしか礼を尽くすことが出来ず……」
「違う。そもそも私は神ではない」
きょとんと十兵衛は目を瞬かせる。男は一つ嘆息すると、「そもそも崇められるために喚んだわけでもない」とぼやきつつ、視線を合わせやすいよう高度を下げて十兵衛の目の前まで降りてきた。
「私の質問に答えてもらおう。お前は何故自ら死を選んだ」
「その……死の律、を司る貴方が与える命数に背いたから、腹を立てている、というわけですか」
「そうではない。確かに生きとし生けるものに定められた命数はあるが、自らの手で運命を変えるか自死を選ぶ事で容易に変わる。その点に関して、通常私がいちいち干渉することはない」
「……だが、貴方は確かに遮った」
男の片眉が、ぴくりと跳ね上がる。十兵衛は腹の内から沸々とわきあがる怒りを声に乗せ、鋭い目つきで男を睨んだ。
「私は――いや、俺は死なねばならなかった。あの時あの場で死ぬことが、贖いも込めた責務だったからだ。お前のせいで、志を同じくして果てた仲間に顔向けも出来ない!」
「……腹を立てていたのはお前の方だった、というわけか」
「当然だ!」
怒気も露わに立ち上がりながら吼えた十兵衛を、上背のある男は静かな目で見下ろした。
日本で崇める神ではないなら、否、崇めるのも腹立たしい相手に敬意を払う必要すらないとそれまでの畏まった態度をかなぐり捨て、十兵衛は憎悪の目で睨みつける。
「死が贖いか。分からんな。それは生きて果たせるものではないのか」
「何……?」
あまりのことに、十兵衛の頭に血が上る。忠之進達の死が無駄だとでも抜かすなら、絶対に斬ると言わんばかりに打刀の柄に手を置いた。
「お前には目も耳も口もある。他者と意思疎通ができる音も言葉もある。何故言葉を尽くさない。何故挽回の機会を求めない。何故許しを請う事すらも諦める」
「そんなことをせずとも、あの場での死がすべてを伝えてくれる!」
「骸が語るのは、お前が生を終えたことだけだ」
「違う!」
今度こそ怒りに任せて抜刀した十兵衛に、男は少しも動じた風を見せず険しい表情で睨んだ。
「死にざまで伝わるものもあるんだ! 侍ではないお前には分からないだけだ!」
「だからそれを説明しろと私は言っているんだ。何故自ら死を選ぶ」
「すでに言った通りだ馬鹿たれが!」
苛立たしげに叫ぶと、十兵衛は構えた打刀を自分へと向け、もう一度着物の合わせを引っ張り腹を露わにする。その突飛な行動に慌てたのは男の方だった。
「おい、お前な!」
「質問には答えた。俺は死ぬ! 殿に賜った懐刀でないのは口惜しいが、忠之進達にこれ以上遅れはとれん。お前、死体は必ずあの場に送れよ!」
「まだ私が理解出来ていないと言っているだろうが!」
言うや否や、男が十兵衛に向かって両手を翳した。瞬間、男の左手には十兵衛が持っていたはずの打刀が掴まれ、右手に金色の光が宿る。
「なっ……!」
「【その生に、よき結びを!】」
男の声に合わせて発生した幾何学模様の施された黄金の光の輪が、十兵衛を囲った。
輪は瞬時に十兵衛を縛り付けるように円を縮めたが、痛みも熱も何もなくすぐに消滅する。
「俺に、何をしたんだ」
呆然とした様子で目を瞬かせる十兵衛に、男はフン、と鼻を鳴らすと、威圧めいた態度で腕を組んだ。
「お前はこれより、現状定められている命数まで死ねん」
「はぁ!?」
「死の律の私が命じたからな。毒に侵されず病にもかからず、腹を切ろうが何をしようが絶対に命は尽きん。言わば寿命のある不死だ」
「っ!」
「付き合って貰おうか。自ら死を選ぶ者の心を、私が理解するその日まで!」
男の言葉を、最後まで十兵衛が聞くことはなかった。「その前にお前が死ねー!」と、勢いよく殴りかかったからだ。
だが、その渾身の一撃の結果に驚いたのは、男ではなく十兵衛の方だった。
顔面を吹っ飛ばす勢いで振りかぶった拳は、振り抜いた瞬間爆発でも起きたかのような風を纏い、轟音と共に男の背後にあった湖を波立たせる。
拳から空気砲のように放たれた衝撃波は湖を割り、対岸にあった森の木々を一直線に薙ぎ倒した。
「……なっ……」
「あー……」
「な、なん、なにがっ……!」
「言い忘れていたが」
十兵衛の一撃を身軽に躱した男が、いつの間にか手にしていた鞘に打刀を収め、土埃を払いながらしれっと言う。
「ここはお前の住む星ではなく、一つ下の次元にある惑星マーレだ。高次元領域に生きるお前の次元優位が発動することを、努々忘れるなよ」




