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冥王と侍【改訂版】  作者: 佐藤 亘
第二章
15/30

15話

「風呂入って着替えて」


 たまたま村で行き会ったアレンに世間話がてら「リンドブルムでオーウェン公爵に会ってくる」と話した十兵衛は、彼の鋭い指摘に固まった。


「風呂……えっ、風呂があるのかここは」

「村の裏手に、川の水を引いて溜められるようにしてる所があるんだ。そこに焼き石を突っ込むやつだけどね」


「公爵閣下に会うんだったら、確かに身嗜みは整えないとねぇ」と側にいたアイルークも苦笑する。


「すまない、俺は常識が欠けているようで……」

「それっぽい服がないか見繕ってみるよ。十兵衛さんはお風呂入っておいで。アレン、うちの風呂グッズ持って手伝ってあげて」

「はーい」

「ええ~、いいですよ。気にしないですよきっと」


「冒険者さん達が一張羅で来ても構わず会ってますよ」と朗らかに笑うスイに、アレンが「ダメッ!」と顔の前でバツ印を作る。


「スイ様! 十兵衛はカルナヴァーンを討った英雄だよ!? 知る人ぞ知る男になるんだよ!? そんな男がぼろっぼろの臭い状態でやってきたら名声が落ちるでしょ!」

「……ぼろっぼろの……臭い……」


 アレンのあまりにも素直な言葉に、十兵衛は多大なる衝撃を受けた。さめざめと両手で顔を覆った十兵衛だったが、「ほら行くよ!」と袖を引くアレンに連れられてあえなく風呂へと向かうのだった。





 連れられて行った場所にあったのは、小さな川の側に作られた石造りの露天風呂だった。普段は川の一部としてあるのか内部では小魚が泳いでおり、アレンが「ちょいとごめんよ~」と言いながら外の方へ追い出している。

 程近くに大木が枝葉を伸ばし、太い枝の一つに継ぎ接ぎされた大きな皮の敷布がかかっていた。細工がされているのか、四方に丸い鍋の底のようなものがついている。


「ここに焼き石をのせるわけか」

「そうそう。十兵衛も手伝って」


 アレンと二人がかりで川で濯ぎ、広げて露天風呂に沈める。川の境に石を重ね、溜池を作れば出来上がりだ。とはいえ焼き石がまだ来ていないので、敷布は水の張力に従ってぷかぷかと浮いている。


「おまたせ~」


 そうこうする内に、アイルークが鉄鍋を引きながら焼き石を持ってきた。隣にはハーデスがついており、彼の頭上にもいくつもの焼き石が浮いていた。


「事情を話したら皆が今日の分で暖めてたのを快く貸してくれてね。ハーデスさんが手伝ってくれたんだ」


 魔石の話から気落ちしているのか、黙したままのハーデスが小さく頷く。

 焼き石を放り込み程よい湯加減になったところで、湯桶を持ってきていたアレンが着物を脱いだ十兵衛に遠慮なく湯をかけた。細身ながらも筋肉が付き、何より傷跡の多い身体だ。自分とはあまりにもかけ離れたその様相に十兵衛の戦いの歴史を感じつつ、アレンは「これに座ってよ」と持ち込んだ木の椅子に座らせた。


「うち、薬草売りしててさ。トルピーも自家製なんだ。結構いい匂いするよ」

「とるぴぃ?」

「頭を洗う洗剤だよ。それも知らないの?」

「こらアレン」


「それはよくない言い方だよ」と窘めるアイルークに気づかされ、アレンは「ごめんな十兵衛」と素直に謝った。古いガラス瓶からとろりとした液体であるトルピーを手にとったアレンは、濡らした十兵衛の頭にそれをかけて、泡立たない事に驚いた。


「やば……全然泡立たない……」

「これは泡が立つものなのか?」

「普通はね。こりゃ重労働だ」


「世話をかける」と目を瞑りながら言う十兵衛に、「かけられます」とアレンは笑う。そんな時にアイルークから「しまった、髭剃りを忘れたな」という声が上がり、はた、と十兵衛が固まった。


「髭剃り……?」

「あぁ。身嗜みを整えるなら必要だろう?」

「えっ!? 剃る必要が!?」

「えっ!?」


 十兵衛の戸惑いに、アイルークも戸惑うように声を上げる。


「だって十兵衛さんのそれって、伸びっぱなしの無精髭でしょう?」

「ぶしょ……! こ、これでも苦労して伸ばしたんだが!? そうだ、オルドア殿も髭が生えていただろう!? オルドア殿も目上の方に会う時はあれを剃るのか!?」

「いや、村長のはふさふさだから整ってるけど……」

「十兵衛のは無精だよね、どう見ても」

「えーっ!」

「……そんなに、剃るのが嫌なのか」


 静かに見守っていたハーデスの問いに、十兵衛はもごもごと「箔というものが……」だの「侍は皆生やして……」だの呟く。そんな十兵衛に、「では後で戻せるように私が調節してやろうか」とハーデスは提案した。


「戻す?」

「毛根の死滅だ。あの巨大な毛虫にもやっただろう? その定義であれば私の方で再生も可能だからな」


「なるほど【死の律】だからか」と、十兵衛はハーデスの正体から推察して納得する。


「では……頼む。鼻から下だぞ。上は僧侶になるからな」

「分かった。下だな」


 言うや否や、ハーデスが指を鳴らした。

 アレンが「おお……」と驚いた声を上げたので、泡が入らないようにと目を瞑っていた十兵衛は自分の顔を確認するようにぺたぺたと触った。


「すごい、毛一つ無い。つるつるしている」


 十兵衛の賞賛に機嫌が上向いたのか、ハーデスが至極当然という風に笑みを浮かべた。

 それを目の当たりにしながら、唯一彼の真ん前に立っていたアレンは「確かに、毛一つ無ぇ……」と、十兵衛の鼻から下を眺めて乾いた笑いを零すのだった。

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