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冥王と侍【改訂版】  作者: 佐藤 亘
第一章
11/29

11話

 腐敗した死体をそのまま大きくしたようだ。カルナヴァーンを前にして、十兵衛はそんな感想を抱いた。

 四つ足の獣ではなく二本足で立つ相手な分まだやりようもあるだろうと、打刀を鞘に収めたまま構える。と、そこでふと視線を感じた。

 黄金に光り輝く障壁の向こう側で、スイが不安そうに十兵衛を見ていた。一瞬だけ視線をやり、顔はカルナヴァーンに向けたまま「大丈夫だ、スイ殿」と安心させるように告げる。


「ですが、あんな勢いで蹴り飛ばされて……!」

「何、ご覧の通りピンピンしている。一瞬意識は混濁したが、痛みは無い」

「そんなはずは……」


 切腹間際の状態でこちらに来た十兵衛は、非常に軽装である。胴体を守る当世具足は脱ぎ捨ててきたため、防具と言えるのは臑当と籠手ぐらいのものだった。

 正直な所、あの蹴りをくらって無事だったことに十兵衛自身も驚いてはいたのだ。


 ――ハーデスが何かやったんだろう。


 人智の及ばない事は、大体がハーデスのせいだ。そんな風に考えそれ以上の思考を止めた十兵衛は、「だからライラ殿は誰も傷つけていない」と念を押すように言った。


「剣士の身で儂の前に立つか」


 しばし目を眇めて十兵衛を眺めていたカルナヴァーンが、背負った大曲剣をおもむろに抜いた。

 棘が並ぶ刃先を見た十兵衛は、百足(むかで)の胴体のようにも思えるそれに目を瞠る。

「なんだ? 百足……?」と無意識に呟いた十兵衛に、カルナヴァーンは「儂の魔剣を知らんのか」と驚き哀れんだ。


「魔剣?」

金剛大百足(こんごうおおむかで)ベルデンドラ。お前の鉄剣よりも硬い装甲を持つ、大百足の素材で出来た魔剣だ」

「……これの名称は正しくは打刀だ。覚えておけ」


 自分の刀を侮られて、十兵衛はむっとする。「せっかく教えてやったというに」と呆れたように嘆息するカルナヴァーンと対照的に、その話を聞いたスイは顔色を失った。


「駄目……十兵衛さん、逃げて」

「スイ殿?」

「鉄の剣じゃ、絶対にカルナヴァーンに敵わない。だから!」

「……何事もやらんと分からん!」


 弾かれるように十兵衛は飛び出した。打刀の柄に手を置き、低い姿勢を保ちながら素早い速度で肉薄する。

 そんな侍の突貫に白けた目を向け「やらんでも分かる」とぼやきながら、カルナヴァーンは面倒くさそうにわざと一拍ずらす形で大曲剣を振り上げた確実に発生すると予想した隙を狙おうと思ったのだ。


 だが。


「なっ……!」


 カルナヴァーンは、その巨体を大きく傾かせた。

 左足の膝から下を失ったのだ。


「えっ!?」


 スイの眼前で、十兵衛がカルナヴァーンの股下に向かって身軽に滑り込む。続けざまに右足をも斬り落とした十兵衛は、すぐさま態勢を立て直し、抜き放った打刀を持って果敢にカルナヴァーンの背から首を狙いに行った。


「ちっ!」


 が、カルナヴァーンも伊達ではない。即座に大地に両手をつけ、距離を取る様に飛び上がる。

 膝下から失った足より血が吹き出たが、そこにしがみつく物があった。


「あれは……!」


 あまりの光景に、スイが声を上げた。

 カルナヴァーンの身体に巣食う蟲が、その身を伸ばして斬り落とされた足を拾ったのだ。

 やがて蟲同士で手を繋ぐように傷口を塞ぎ、まるで瘡蓋のように傷を覆う。


「一撃で決めんといかんようだな」


 落としたはずの両足で大地を踏みしめ大曲剣を構えたカルナヴァーンに対し、十兵衛が独り言ちた。

 手傷を負わされたカルナヴァーンもまた、十兵衛の予想を超える剣技にぎりりと歯を食いしばる。


「何故だ。何故斬れた」


 低い声で唸るようにして言うカルナヴァーンに、十兵衛が訝しげに片眉を上げた。

 カルナヴァーンは勝利を確信していた。【看破(ペネトレイト)】の魔法を使って打刀の素材を見極め、用心深く魔眼を使った確認の上で、十兵衛が何の変哲もない鉄剣を扱うただの剣士だと知っていたのだ。

 にも拘らず大きく予想が外れたことに対し、苛立ちに声を荒げる。

「儂の【身体硬化(プロテクション)】を破っただと!? ただの鉄剣が! 信じられるか!」


 その言葉に、思わずスイも同意した。

身体硬化(プロテクション)】と呼ばれる硬化魔法は、魔法や物理といった外からの攻撃を易々とは通さない。ただの鉄剣ではかすり傷すら与えられないのだ。とくに魔王麾下七閃将の面々は殆ど全員が会得していると言われており、彼らとまともに戦うならまず【身体硬化(プロテクション)】を打ち消す魔法を使える魔法使いを連れてくるか、同様の能力が籠った魔剣を用立てる必要があった。

 何より、本来魔法使いとして破格の実力を兼ね備えているカルナヴァーンは、その強靭さでも有名だった。己の魔力と技術で補完し、【身体硬化(プロテクション)】をさらに強力なものへと変えて使用していたのだ。

 そんな身体を、十兵衛はあっさりと一刀両断したのである。


「我が国が誇る究極の刀剣だ。ただの鉄と侮ってくれるなよ」


 カルナヴァーンの事情を知る由もない十兵衛が、またもむっとしながら苦言を呈す。

 それに対して「いやそうじゃなくて」と突っ込んだのはスイもカルナヴァーンもほぼ同時で、上空にいるハーデスだけが、三者三様の反応を静謐な面差しで見つめていた。


「もうよいわ」


 自身の言葉が微塵も理解されない事に苛ついたカルナヴァーンが、十兵衛に向けて手を翳す。


「業腹だが、斬れ味が良いのはよう分かった。であれば近づけさせんまで」

「……!」

「我が子らよ、疾く喰らいつくせ。一匹とは言わず、皆で仲良う分けて喰うといい」


 瞬間、宙を飛んでいた極小の蟲達が一斉に十兵衛へ向かった。村人達を魔物へ変化させた寄生虫の群れだ。


「うわっ!」


 一時の間もなく、寄生虫の群れが十兵衛を襲う。体の穴という穴から虫が入り内部から変えられ、十兵衛が魔物化してしまうとスイは最悪の事態に息を呑んだ。


 ところが。


「馬鹿なっ……! 何故寄生出来ん!?」


 寄生虫達は、十兵衛に集るも身体への侵入を果たせなかった。驚愕に目を瞠るカルナヴァーンの前で、十兵衛は「わーっ!」と蟲達を払うべく頭の傍で両手を振っていた。が、やがて触れもしないことに気が付き思わず目を瞬く。


「……ハーデス、何かしたか?」

「私か? いや、何もしていない」

「なら、なんで……」

()いて言うならした後だ」

「してるんじゃないか!」


「どういうことだ!」と怒鳴りつける十兵衛に対し、ハーデスは足を組んだ姿勢のまま嘆息する。


「切腹による自死を封じたアレだ。種類は様々だが、病は小さきものの寄生から始まる事が多いだろう? それを防ぐとなれば、此度も当てはまる」

「……奇しくも()()()()というわけか」

「何が奇しくもだ。お前達の常識に当てはめれば祝福にも値するだろうが」

「俺にとっては呪いだ! あと、いくら防がれるとはいえ目や耳の側で集られたら気が狂いそうだからなんとかしてくれ!」

「注文の多い奴だな。私は手を出さないと言って……」


 そこで、はた、とハーデスは動きを止めた。十兵衛を見下ろし目を眇め、彼に集る蟲達を注視するや「なるほど?」と独り言ちる。

 そうしておもむろに指を構え、パチンと軽快な音を鳴らした。

 瞬間、その音を合図に十兵衛を覆っていた蟲の一切が跡形もなく消滅する。

 絶句するカルナヴァーンとスイの前で、触れはしなかったものの生理的に覚えた痒みに十兵衛がぼりぼりと顔を掻いた。

 そんな彼の側に、上空から降りてきたハーデスが立つ。


「よく分かったな」と素直に目の前の侍を讃え、当の本人は「何の話だ」と眉を顰めた。

「あの蟲達だ。模倣生物(フェイカー)という。魂の込められていない、作られた生物だ」

「へぇ……」

「あれには寿命がないからな。私も手出しが出来たというわけだ」

「よく分からんが、つまりお前を働かせることが出来る、と」

「は?」


 打刀を構え直した十兵衛が、ちらりと横目でハーデスを見る。


「カルド村の皆にもライラ殿にも、お前は教えて貰っただろう。自ら死を選ぶ者の心を」

「…………」

「恩は返せ。出来る範囲で構わん」

「……譲歩して、お前を守る事ぐらいだ」

「上等!」


 案を受け入れた十兵衛に対し、ハーデスはふんと鼻を鳴らす。

 並び立った冥王と侍を、怒りに震える魔将が殺意を込めた目で睨みつけた。

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