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にくゑ-本編-  作者: 匿名希望
第一章 ふるさと
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帰り道

 授業が終わって、みんなで校舎を出る。

「そんじゃーの」

「また明日ね!」

 口々に声をかけ、皆それぞれの家路についてゆく。


 と、清音が梓の隣に並んで歩いてきた。

 夕暮れの川沿いの小道を、二人で並んで歩いていく。初夏の風が頬を撫でて、道端にはタンポポの綿毛が風に舞っている。空気は暖かく、どこからか青草の甘い匂いが漂ってくる。


 山の影がだいぶ長く伸びて、風はもう昼間の暖かさを失っている。水の流れる音が耳に心地よく響くのに、その水面を見ると、なぜか一滴も揺れていないように見える。流れているのに、じっと止まっている。不思議な光景である。


 しばらく沈黙が続く。清音は前だけを見つめて、歩く速さは全然変わらない。


 その横顔をちらちら盗み見るたび、梓の胸はざわざわする。美しい横顔。でもどこか近寄りがたい冷たさが漂っている。


「……この村、好き?」


 唐突に清音が口を開いた。


 黒い瞳が夕日を受けて、わずかに赤みを帯びている。その一瞬の美しさに、梓は言葉を失いかける。


「まだよくわからない。でも……静かで、いいなって思う」


 そう答えると、清音はかすかに微笑んだ。


 氷の表面にひびが走ったような、はかない笑顔。


 梓の胸の奥で、何かが大きく鳴る。母親を失った時には全然動かなかった心臓が、清音の笑顔にだけは激しく波打っている。頬が火照って、視線をそらすことができない。この感覚の名前を、まだ梓は知らない。でも確かに、初めて感じる甘い震え。


「あなたも、きっと気に入ると思う。この村は……来るべき人を選ぶから」


 その言葉は、冗談のようにも、予言のようにも聞こえた。

 何と返していいのかわからなくて、梓はただ頷いた。


 見上げると、空は群青色に染まって、雲一つなく広がっている。美しい夕空に、心が少しずつ温かくなっていくのを感じる。


 梓はそっとポケットからノートを取り出して、一行書きつけた。


 ――「清音の笑顔、氷が溶ける音に似ていた」


 鉛筆を走らせる手が、かすかに震えていることに気がつく。それは久しぶりに感じる、生きている実感の震え。


 この村で、本当に新しい生活が始まるのかもしれない。そんな希望が、胸の奥で静かに灯っていったのだった。



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