帰り道
授業が終わって、みんなで校舎を出る。
「そんじゃーの」
「また明日ね!」
口々に声をかけ、皆それぞれの家路についてゆく。
と、清音が梓の隣に並んで歩いてきた。
夕暮れの川沿いの小道を、二人で並んで歩いていく。初夏の風が頬を撫でて、道端にはタンポポの綿毛が風に舞っている。空気は暖かく、どこからか青草の甘い匂いが漂ってくる。
山の影がだいぶ長く伸びて、風はもう昼間の暖かさを失っている。水の流れる音が耳に心地よく響くのに、その水面を見ると、なぜか一滴も揺れていないように見える。流れているのに、じっと止まっている。不思議な光景である。
しばらく沈黙が続く。清音は前だけを見つめて、歩く速さは全然変わらない。
その横顔をちらちら盗み見るたび、梓の胸はざわざわする。美しい横顔。でもどこか近寄りがたい冷たさが漂っている。
「……この村、好き?」
唐突に清音が口を開いた。
黒い瞳が夕日を受けて、わずかに赤みを帯びている。その一瞬の美しさに、梓は言葉を失いかける。
「まだよくわからない。でも……静かで、いいなって思う」
そう答えると、清音はかすかに微笑んだ。
氷の表面にひびが走ったような、はかない笑顔。
梓の胸の奥で、何かが大きく鳴る。母親を失った時には全然動かなかった心臓が、清音の笑顔にだけは激しく波打っている。頬が火照って、視線をそらすことができない。この感覚の名前を、まだ梓は知らない。でも確かに、初めて感じる甘い震え。
「あなたも、きっと気に入ると思う。この村は……来るべき人を選ぶから」
その言葉は、冗談のようにも、予言のようにも聞こえた。
何と返していいのかわからなくて、梓はただ頷いた。
見上げると、空は群青色に染まって、雲一つなく広がっている。美しい夕空に、心が少しずつ温かくなっていくのを感じる。
梓はそっとポケットからノートを取り出して、一行書きつけた。
――「清音の笑顔、氷が溶ける音に似ていた」
鉛筆を走らせる手が、かすかに震えていることに気がつく。それは久しぶりに感じる、生きている実感の震え。
この村で、本当に新しい生活が始まるのかもしれない。そんな希望が、胸の奥で静かに灯っていったのだった。